第15話 お断りしま……

 すでに帰りのホームルームが終わったのか、教師はいなかった。


 教室には多くの生徒が残っていた。帰りの支度は終わっている様子だが、その場から動けなくなっているようだった。


 教室の中を見るだけで、空気がピリピリしているのが伝わってきた。思わずツバを飲み込んで、冷や汗が1つ額を伝った。


 無理やり息を吐き出す。振り上げるでもない拳を握ってしまって、自分が緊張していることに気がついた。


 夢野ゆめのくんが教室に入ると、数人が彼に視線を向けた。なにやら彼に助けを求めているような視線だった。


 さて騒ぎの中心は……やはりというかなんというか麻中あさなかさんだった。麻中あさなかさんは集団で、とある場所に集まっていた。誰かを取り囲むような、そんな状態だった。


「ねぇ……クラス目標、知らないの?」麻中あさなかさんは教室の後方で、誰かに対して話していた。「団結、だって決めたよね。力を合わせればできないことはないって、話し合ったよね?」


 たしかに話し合った。夢野ゆめのくんや麻中あさなかさんの巨大なグループの内部だけで話し合っていた。


 もちろん黙っていたボクに文句を言う資格はないけれど。


「だから一緒のチームになってよ。クイズ大会のやつ。クラスのみんなは参加するって言ってるんだよ? アンタさえ参加してくれたら団結できるのに……」


 ……参加しない人もいると思うけど……そもそもボクがクイズ大会に参加するっていうのを麻中あさなかさんは知らないはずだけれど。


 わかっている。麻中あさなかさんの言うに、ボクは含まれていない。


 しかし……いったい、誰と話しているのだろう……? 誰をクイズ大会のチームに引き込もうとしているのだろう?


 麻中あさなかさんの話し相手は言う。


「クラスの和を乱していることは謝りますが……私は団体戦というものが苦手です。私がチームに入っても邪魔をするだけでしょう」

「邪魔とか、そんな話じゃなくてさ……参加することに意味があるんだよ。みんな一緒にやることに意味があるの」


 意味が……あるのだろうか。わからない。ボクにはわからない。


 麻中あさなかさんはイライラした様子で、


「なんで入ってくれないの? いるだけでいいんだよ。一緒にみんなでやろうよ」

「私は1人が好きなので」ボクも1人が好きだ。たぶん。「残念ながらご縁がなかったということで」

「……」麻中あさなかさん……だいぶ頭にきてるな……いつものことか。「アンタさ……そんなんじゃ友達できないのも当然だよ? みんなで協力して成し遂げて……それが重要なんじゃないの?」

「成し遂げることは重要です。ですがそれは個人も団体も同じことです」


 1人で成し遂げようが団体で成し遂げようが同じ。

 ただ扱う能力が違うだけ。


「そもそもさ……なんで敬語なの? アタシたち同い年じゃん? おかしくない?」

「これが喋りやすいからですよ。コミュニケーションは成立しているのだから問題ないでしょう?」

「問題あるとかじゃなくてさ……変だよ」

「変、とは?」

「みんなそんなことしてないじゃん」


 だからってしてはいけないというルールはないけれど。


 しかし確かに……同じ年齢の相手に敬語を使う人間は少ない気がする。少なくとも学校では珍しい。ボクは彼以外に見たことがない。


「ふむ……」彼は少し考えて、「つまり、僕が敬語を使わないほうが円滑にコミュニケーションができるんですか?」

「そりゃ……そうでしょ」

「わかった。努力してみる」明らかに喋り慣れていないタメ口だった。「こんな感じでいいですか……じゃなくて、こんな感じでいい?」

「……なにアンタ……調子狂う……」どうやら……彼は相当な変人らしい。「まぁ、いいけど……」

「ありがとう」


 急にカタコトみたいな発音になってる。本当に敬語でしか喋ってこなかったらしい。


 麻中あさなかさんは前かがみになって、


「とにかく……その調子でクイズ大会もお願いね。チームに加えとくから」

「それはお断りしま……お断りするよ」

「……だからなんで……!」麻中あさなかさんは机を叩いて、「なんでなの? チームに参加してくれるくらい、いいじゃん」


 確かに……いくら団体行動が苦手でもチームに所属するくらいはしても良いと思うが……


 それでも彼はチームに入るのは嫌だという。口調を変えることは受け入れたというのに。


「それは私のに反することだから……だよ」


 ……


 こだわりねぇ……


 なんか……面倒くさい人みたいだ……

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