第16話 くだらないこと

 麻中あさなかさんと話しているのは……考えるまでもない。おそらく楽楽らくらくくんだ。


 彼のことは常々、変な人だと思っていた。だけれど孤独にも耐えられるほど強い人間なのだと思っていた。


 ……


 ただの面倒くさい人だった説が浮上してきた。


「……こだわり……?」麻中あさなかさんも面倒くさそうに、「なに? こだわりがあるの?」

「はい……じゃなくて、うん。敬語を使う使わないにはこだわりはないよ。僕が敬語のほうが喋りやすいだけだからね。だから……タメ口で喋れと言われたらそう、するよ」


 相変わらずカタコトだなぁ……ボクみたいな喋り方だ。


 楽楽らくらくくんは続ける。


「でも、麻中あさなかさんたちのチームに属するのは僕のこだわりに反する。だからチームには入れない」

「……こだわりって、なに?」

「それをあなたに告げると、あなたを傷つけることになり……なる。だから言いたくない」

「はぁ? 自分から言い出して?」

「……話しかけてきたのはそっちなのに……」それはそう。「とにかく、私はチームには入らないよ」

「納得できない」


 ……なんで麻中あさなかさんは……そんなにも楽楽らくらくくんにこだわるのだろう。本気でクラス全員を参加させようとしているのだろうか。


 と、ここで事態を見ていた夢野ゆめのくんが割って入る。途中までは2人で解決させるように見守っていたのだろうが、そろそろ限界らしい。


「待てよ。2人とも熱くなるなって」

「なってないよ……!」熱くなっている人は毎回そう言う。「こいつがわからず屋で頑固すぎるだけ」

「……似た者同士だな……」たしかに。頑固なのは麻中あさなかさんも同じだ。「とにかく落ち着けよ。ケンカしたって意味ないだろ」

「ケンカじゃない」ケンカだろうに。「私はただ……クラスみんなで仲良くしようとしてるだけじゃん。なのに……こいつがさ」


 仲良くしたくない人だっているということだ。


 きっとどちらも正しい。間違っているということはない。クラスみんなで団結したい麻中あさなかさんも正しいし、1人になりたい楽楽らくらくくんも正しい。

 

 ただ2人がというだけ。どちらも間違っていない。


 だが往々にして、人は正しさを求めたがる。本当に正しいかどうかなんて関係ない。自分が正しいと思うほうにつくのだ。


「そうだよ夢野ゆめのくん」取り巻きの女子が言う。「よもぎが正しいよ。楽楽らくらくが自分勝手すぎるだけ」

「そうそう」それは他の取り巻きにも伝染していく。「せっかくクラスの仲間なのに……参加するだけで団結できるんだよ? それにクラス全員で参加すればさすがに優勝できるでしょ」


 頭数だけ揃えたって意味ないと思うけれど。


 10人いようが100人いようが1000人いようが……烏合の衆では意味がないと思うけれど。


「……夢野ゆめのくん……!」取り巻きが詰め寄っていく。「夢野ゆめのくんからも言ってやってよ。それがクラスみんなの総意だし……ガツンと言ってやって」


 ボクは思っていないけれど。楽楽らくらくくんが1人でいたいのなら尊重しようと思っているけれど。


 でもこれがクラスというものだ。学校というものだ。カーストというものだ。どれだけ1人になりたくても関係ない。巻き込まれてしまえばそれまで。

 ボクはずっとその流れに流されてきた。逆らうという気力も起きず、巻き込まれ続けてきた。それでいいと思っていた。


「……それは……」


 夢野ゆめのくんの顔が曇る。


 きっと夢野ゆめのくんも楽楽らくらくくんの意見を尊重したいのだ。無理やりチームに加えることなんて望んでいないのだ。

 

 だけれど彼にはそれができない。優しくて平等な彼は、取り巻きたちの意見を無視できない。だって……どちらも間違っていないのだから。


 黙っている夢野ゆめのくんに、さらに追い打ちが入る。


「まさか夢野ゆめのくんも……楽楽らくらくの味方なの? そんなわけないよね?」彼はどっちの味方でもある。「こいつ、クラスの団結を乱してるんだよ? せっかくクラス目標が団結なのにさ……クラスみんなで大会に出場して優勝して、それで団結しようよ」


 ……


 この流れはマズイ。夢野ゆめのくんはどちらの意見にも賛同できない。彼は人の意見を尊重できる人間だから。


 だからこそ対立を鎮められない。協力を先導することはできても、争いを終わらせることはできないのだ。


 明らかに夢野ゆめのくんの顔がこわばっている。もちろん……この流れに乗ることは容易い。楽楽らくらくくんを犠牲にして、共通の敵にして団結を強めることは可能だ。


 だけれど……彼はそれをしないのだろう。


 優しい王の、唯一の弱点だ。


 この流れは誰に求められない。トップカーストに入った亀裂は修繕できない。クラスが崩壊するレベルの亀裂になるかもしれない。


 どうすれば良いのだろう……? わからない。ボクはただ呼吸を苦しくして立っていることしかできなかった。


 そんな緊迫した空気の中、


「……フフ……」不意に小さな笑い声が聞こえた。「くだらないこと言ってますね」

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