第11話 好きなんだよね


 ボクが重い足取りで食堂に戻ると、麻中あさなかさんたちは食器を片付けている最中だった。どうやらもう食べ終わっていたようだ。


「あ……」その中でボクに気づいた夢野ゆめのくんが、「つばさ


 なんて返答して良いのか分からなくて、とりあえず頭を下げた。


「ご、ごめん……急に逃げ出しちゃって……」

「大丈夫だよそんなの。誰も気にしてない」麻中あさなかさんは気にしているだろうけど。「よもぎはあんなやつだから……つい踏み込み過ぎちゃうこともあるんだよ。悪気はないんだけど……こうやって人を傷つけちゃうこともあるんだ」

「だ、大丈夫だよ……私のほうこそ、麻中あさなかさんの厚意をムダにしちゃった……」


 そう……彼女に悪意はない。むしろ善意なのだろう。ボク……小心こごころつばさという人間を善意で助けようとしてくれていたのだろう。


 ボクが弱かったから受け取れなかったというだけ。


「昼食、どうする?」

「あ……まだ残ってるなら、食べる」


 そろそろ食べないと死んでしまう。


「それがいいと思う。最近……食欲なさそうだったからな。食べれるなら食べたほうがいい」

「……」そういえば、最近ロクに食べていない気がする。無理してでも食べなければ。「ありがとう……」

「1人で食べられる? 誰か必要なら……」

「ひ、1人で大丈夫……だと思う」

「じゃあ心配」そう言って、夢野ゆめのくんは麻中あさなかさんたちに向かって、「先に教室に戻っておいてくれ。俺は、もうちょっと食べていく」

  

 ……ボクのことを見張ってくれるらしい。そりゃそうか。たぶん今のボクは、酷い顔をしているのだろう。顔面蒼白って感じなんだろうな。


 麻中あさなかさんが冗談交じりに、


「なに聖人まさと。浮気?」

「そもそも付き合ってないだろ……」付き合ってしまえばよいのに。お似合いだと思う。「教室のほう、よろしく。勧誘も進めといてよ」

「ん。了解」


 そんな会話を終えて、麻中あさなかさんたちは食堂を出ていった。

 

 というわけで……人の少なくなった食堂にボクと夢野ゆめのくんだけが取り残された。


「ごめんなつばさ」こうして近くで見ると、本当にイケメンだな……「1人で食べたい気分かもしれないけど、ちょっと心配だから」

「……」この状況なら、しょうがないと思う。「私は大丈夫だから……」


 ボク程度に時間を割かせるのはもったいない。彼の時間は、もっと大切に使うべきだ。


「ちょっと小腹がすいちゃってね」引き下がるつもりはないようだ。「オムライスが食べたかったんだ。つばさのやつ、もらっていい?」

「……へ?」

「新しいのを奢るからさ。なにがいい?」


 ……なるほど。冷たくなったオムライスを食べてくれるということか。さらに新しいのまで奢ってくれるとは……なんというイケメン行動。


 しかし、そこまでしてもらうわけにはいかない。逆に申し訳なくて泣きそうだ。


「私が食べるよ……私が注文したんだから」

「俺、冷たいオムライス好きなんだよね」ウソ、だろうな。たぶん。「注文するから、待ってて」


 そう言って夢野ゆめのくんはオムライスの食券を一枚購入する。そしてそのまま食堂のおばさんと軽く世間話をして、ボクの席に戻ってきた。


「おまたせ。どうぞ」


 夢野ゆめのくんは新しいオムライスをボクの前において、冷めきったオムライスを自分の手元に置いた。


夢野ゆめのくん……」ボクは慌てて、「そっちを私が食べるから……」

「気にしなくていいよ。友達だろ」


 そう言って、夢野ゆめのくんはあっさりとオムライスを口に運んだ。ボクのせいで冷え切ったオムライスを。


 本来ならありがたい配慮なのだろう。クラスのイケメンにこんな行動をされたら惚れているかもしれない。


 でも……ボクにはそれが重荷なのだ。もちろん感謝はしているが、自分のオムライスくらい自分で処理したかった。


「食べなよ」夢野ゆめのくんが軽く……おそらく意識的に軽い口調で、「それとも、つばさも冷めたオムライスが好き? だったら付き合うけど」


 返答に困って、ボクは恐る恐るオムライスを口の中に入れた。


 熱々だった。味は……わからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る