第8話 浄土真宗だっけ?

 ボクは優柔不断で気が弱い。そしてそんな自分が嫌いである。


 いきなり話しかけてきた御婦人と話して遅刻してしまうくらいには優柔不断なのだ。知り合いに話しかけられても、ウジウジしてまともに会話なんてできない。


 偶然手に入れた今の地位に固執しているだけの小さい女。それがボク。


 スクールカーストなんて気にせずに生きたいと思っていた。誰相手でも堂々として喋りたいと思っていた。


 でもそんな願いも、ボクの弱い心にかかれば遠い夢になる。話しかけられたらオロオロして、同意を求められたら笑ってごまかす。自分の意見なんて何一つ言わなくて、とにかく現状維持。そんな小さい女。


此方こなたって、本当に変わってるよね」麻中あさなかさんが悪気なく言う。「変人ってやつ? それとも狂人?」

「どっちでもないと思うよ」変人ではあるだろう。「あのさ……読書中だから、あんまり話しかけないで」

「なるほどねぇ……で、好きな人って誰なの?」

「人の話聞いてる?」


 聞いてないと思う。


「ああ、そういえばさぁ……」急に話題が変わる。麻中あさなかさんは突然彼方かなたさんに興味をなくして、「変わってるといえばさぁ……後ろの席のやつも変わってるよね」


 後ろの席に生徒はたくさんいます。どの人間を指しているかわからないです。


 ともあれ突然話題がそれて、彼方かなたさんは小さくため息をついた。それからまた読書に戻っていた。


 本当に麻中あさなかさんは話題がコロコロ変わる。かと思いきや執着してきたりして……よくわからん人だ。


「名前も変わってたよねぇ……なんだっけ。極楽浄土みたいな名前だったよね」全然違います。「あれ……? 浄土真宗だっけ?」


 違います。いや……彼は浄土真宗なのだろうか。そもそも浄土真宗ってなんだっけ……? 親鸞? 鑑真? 法然? いつもゴチャ混ぜになってしまう。


 取り巻きの1人が答える。


楽楽らくらくくんでしょ?」そう……たしかそんな名前だった。「楽楽らくらく洒洒しゃしゃ


 それが彼のフルネーム。さっきボクを助けてくれたメガネの男子だ。


 ボク自身もちょっと変わった本名を持っているので、謎の親近感がある。楽楽らくらく洒洒しゃしゃ


 まぁボクの場合は本名を晒すつもりはない。彼のように堂々と本名を名乗る度胸がないのだ。


 彼方かなたさんと楽楽らくらくくん。双方ともに変わった名前で、孤立気味で……それでいて堂々としている。1人でいても孤独感がなくて、自我が強くて……


 ボクとの違いはなんだろう。なんでボクは……彼ら彼女らのようになれないのだろう。


「彼も顔は悪くないんだけどねぇ……」麻中あさなかさんは声量を落とすことなく言う。楽楽らくらくくんに聞こえるかどうか……微妙な距離だな。「変わり者だし、普通じゃないし……恋人とかはないよねぇ」


 まだ恋人の話が続いていたらしい。もう終わったのだと思っていた。


 しかし楽楽らくらくくんが恋人か……全然想像できない。無骨そうだし、無口そうだし……デート風景なんてものがまったく想像できない。


 彼もボクなんかとは恋人になりたくないだろうし……ムダな妄想ですね。ため息がでる。


「彼もコンタクトとかにすれば良いのにね。今どきメガネとかダサいし」良く似合っていると思うけれど。「メガネを外したらイケメンだと思うんだけどなぁ……もったいないね」


 実はボクは……家ではメガネをかけていたりする。だけれど麻中あさなかさんが文句を言ってくるので、面倒だけれどコンタクトを着用しているのだ。


 とにかく……麻中あさなかさんの興味は楽楽らくらくくんに移ったようだった。


「同級生に敬語ってのもどうなの? おかしいよね。距離感を作ってるのかなぁ……変なの」


 ボクも敬語で喋りたい。そっちのほうが気が楽だから。


 ……


 楽楽らくらく洒洒しゃしゃ、か……

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