第7話 適当に言った

 クラスの真ん中には、いつも人が多い。そこに夢野ゆめの聖人まさと麻中あさなかよもぎがいるからだ。


 その少し隣にボクの席があって……たまにボクにも話題が振られる程度である。

 

 でも……なぜだか今日はボクを中心に人が集まってきてしまっている。理由は簡単。麻中あさなかさんがそこにいたから。


「そういえばさ」麻中あさなかさんがボクの机に腰掛けて、取り巻きに声をかける。「みんな、好きな人とかいるの? というか恋人は?」


 その声に反応して、取り巻きたちが話し始める。


「私はいないよー」

「俺も」

「昔だけど、いたことはあるよ」

「片思い中だね」

「残念ながら……いるんだなそれが」


 各人それぞれの青春を謳歌しているようだ。恋人がいたりいなかったり、片思いをしていたり失恋の記憶があったり……彼ら彼女らの青春は色あせていないようだ。


「ふーん……」麻中あさなかさんが言う。「みんな青春してるんだねぇ……」


 麻中あさなかさんも青春していると思うけれど。ボクと比べて、だけれど。


 しかし麻中あさなかさんは……本当に恋の話が好きだよな。こうやって全体に問いかけたことは初めてのようだが、結構な割合で恋の話をしている。


此方こなたは?」


 麻中あさなかさんが次に話しかけたのは……少し後ろの席の女子だった。


 黒髪ロングのクールビューティー。メガネが似合いそうな知的な表情。スラッとした体型に長い手足。モデルみたいな美人……それが彼女である。


 彼方かなた此方こなた、というあっちこっち飛んでいきそうな名前をしている彼女は、ゆっくりと目線だけを麻中あさなかさんに向けた。いつも通り読書中だったらしい。


「……なに?」


 相変わらず低めで落ち着いた声だった。それだけで若干の威圧感があるが、麻中あさなかさんはまったく気にしない。


此方こなたは好きな人、いるの?」

「いるよ」なんとも意外な返答だった。「教えられないけど」

「へぇ……誰?」

「……教えられないって言ったでしょ……」人の話を聞かないのは麻中あさなかさんの短所であり、長所だ。「とくにあなたには教えられない。すぐに噂が広がるから」


 それな。麻中あさなかさんに喋ったら、今日中に学校全体に伝わっている。その確信がある。


 ともあれ、


「なに読んでるの?」すぐに話題が変わるのも、麻中あさなかさんの短所であり長所だ。「またエッチな本?」

「そう」本当にいつも通りな人だな……「面白いよ。読んでみる?」

「……学校でそんなの読んでたら、怒られるよ」

「バレなかったら怒られない」そりゃそうだろうけど……「それに、エッチな本を読むことは悪いことじゃない。別に校則違反でもない」

「……そうなの?」

「知らない。適当に言った」


 なんだそりゃ……相変わらずよくわからない人だ……


 とにかく……これが彼方かなた此方こなたという人物なのである。

 本人曰くお笑い芸人みたい名前で……この見た目でエッチな本をずっと読んでいる。しかもシモネタが好きという……人は見かけによらないという言葉の実体験として辞書に載せたいくらいの人物である。


 このクラスでカーストなんて興味ないと構えているのが彼女である。とはいえ話しかけられたら返答もするし、見た目も良い。

 

 だが性格が適当すぎるので、孤立していたのだ。ずっと学校でエッチな本を読んでいるような人に話しかけるのは麻中あさなかさんくらいである。


 そんで……麻中あさなかさんと対等に話せる女子も彼方かなたさんくらいのものだ。


 まぁ彼方かなたさんから話しかけてくることはまずないので、2人が衝突することもないのだけれど。


 そんな人物が彼方かなた此方こなた。変人の美少女。


 ボクが勝手に憧れている人物だったりする。

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