第6話 受け取らせてみせるからね

 僕が数学の課題を提出し忘れたことなんてどうでも良い。あとから提出すれば良いし、場合によっては提出しなくたって問題ない。今までまじめに提出していたのだから、1つくらい提出しなくても大丈夫だろう。


 問題は彼に対するお礼だ。早いところお礼を言わないと……


 ボクを助けてくれた彼は、教室の後ろ側……窓際の席に座っていた。頬杖をついて目をつぶって……眠っているのだろうか?


 眠っているのを起こすのは良くないだろうか……しかしこれ以上間隔が開くと、結局お礼を言いそびれそうではある。


 いろいろ考えているうちに、


「で、つばさつばさが好きな人って誰なの?」不意に麻中あさなかさんが話題を戻してきた。「このクラスにいる? それとも先輩? 後輩? 先生だったりするの?」


 なんで彼女は……こんなにもボクの恋に興味があるのだろう。ボクが誰に恋をしていても彼女には関係ないだろうに。自分で恋をしておいてくださいよ。


 さて、どう返答したものかと困っていると……


「やめろよ。困ってるだろ」明るい声が割って入ってきた。「そうやってグイグイ行けるのはよもぎの良いところだけど……悪いところでもあるんだぞ」


 よもぎ麻中あさなかよもぎ。相変わらず美味しそうな名前である。


 ともあれ、麻中あさなかさんは会話に割って入ってきた人物の名前を呼ぶ。


聖人まさと……」


夢野ゆめの聖人まさと。このクラスの事実上のリーダーである。


 背が高くて派手でイケメンで……勉強もできるしスポーツも得意。友達も多いし信頼も厚い。そんな完璧超人……に見える人物だ。


 夢野ゆめのくんが努力家なことなんて見ていればわかる。気づいていない人も多いみたいだが……彼が努力しているのをボクは知っている。

 

 だから彼の能力が高いことに嫉妬なんてない。むしろ、もっと評価されてほしいくらいである。


 こうやって私のことも助けてくれるし……夢野ゆめのくんがいなかったらクラスは崩壊しているかもしれない。


「ごめんなつばさ夢野ゆめのくんは白い歯を見せて、「悪気はないんだ。許してやってくれ」

「……」悪気がないから嫌なのだけれど……「う、うん……私は……大丈夫だよ……」

「そっか、ありがとう。つばさは優しいな」


 優柔不断なだけである。今の地位を失いたくないだけである。


 成り行きの偶然とはいえ、今の僕はトップカーストにいる。その地位を失いたくないだけ。だから……適当に媚びへつらって笑っている。


 最低な人間だ。別にトップカーストの人たちを批判しているわけじゃない。その肩書に乗っかっているだけの自分が許せないだけである。


よもぎ夢野ゆめのくんは麻中あさなかさんに言う。「お前も人の恋に首突っ込んでないで、自分の恋でも探せよ」

「だからアタシは聖人まさとが好きだって言ってるのにさー」

「だから俺は好きな人がいるんだって……」なんか意外だった。夢野ゆめのくんにも本命がいるらしい。「残念ながらよもぎの想いは受け取れないよ」

「受け取らせてみせるからね」こうやって自分の好意をさらけ出せるのは……素直に羨ましい。「聖人まさとが誰を好きなのか……それはわからないけど、必ずアタシに振り向かせてみせるから」

 

 なんとも一途なことである。本当に羨ましい。ボクにも……そんなに好きな人ができるのだろうか。


 しかし当の夢野ゆめのくんは、


「……別の人を探したほうが良いと思うけどな……」


 苦笑いでそんな事を言うのだった。

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