第5話 それは珍しいな

 一応ボクは、トップカーストに所属していることになっている。


 いや……というより麻中あさなかさんや夢野ゆめのくんの近くにいるだけだ。たまたま近くにいて目をかけてもらって、それだけでクラスの地位を築いている。

 本来ならカースト最底辺ロードまっしぐらなのだ。なのにボクは、いつの間にかトップカーストに所属している感じになっている。もちろんトップカーストの中じゃ最底辺だけれど。


 トップカーストに話しかけるのはトップカーストの人間だけ。こんな小さな教室にもくだらない秩序みたいなものがあって、多くの人がそれに逆らえない。


 だけれど……極稀にいるのだ。そんなカースト制度なんて興味がない……そんな人物が。


 この教室には2人ほどいる。カーストに興味を示さない変わり者が。


 今回話しかけてきたのは、そのうち1人だ。


「こちら、数学の課題です」同級生にも敬語の彼は、プリントを一枚差し出して、「次の時間までに集めておいたほうが良いんじゃないですか? 麻中あさなか学級委員長」


 学級委員長……そういえば麻中あさなかさんは学級委員長だった。いつもまったく仕事をしていないので、忘れていた。


 いつも課題なんてまともに集めていない。授業中になって集めて、授業の進行を遅らせているのだ。教員もそれを認めている節があるし、変わることはないのだと思っていた。


 そんな中、彼は突然プリントを差し出していた。教員の指示通り、先にプリントを集めておいたほうが良いと言い始めた。


「え……」突然の来訪者に、麻中あさなかさんも一瞬だけ驚いたようだ。「あ、ああ……そういえば集めとけって言われてたっけ……」


 本当に忘れていたようだ。今までもサボっていたのではなく、忘れていたのだろうか。


 ともあれ麻中あさなかさんはボクの体から手を離して、


「忘れてたよ。ありがとう」麻中あさなかさんは彼の手からプリントを受け取ってから、「プリント集まるよー。数学の課題だってさ」


 そうクラス中に呼びかけた。


 その呼びかけに応じて、クラス中がプリントを取り出し始める。あっという間に麻中あさなかさんはクラスメイトに囲まれて、ボクの遠くに行ってしまった。


 これでクラスの注目はボクから離れた。次の時間に提出するプリントに話題を持っていかれたようだった。


「……」


 助けてくれた、のだろうか。ボクが麻中あさなかさんに絡まれることをよく思っていないことを見抜いて、話題を変えてくれたのだろうか。


 実際に彼が現れてボクは助かった。話題がボクからそれて、麻中あさなかさんもボクに興味をなくしたようだった。


 彼の真意がどうであれ、助けられたことに変わりはない。ならば……お礼を言わないといけないだろう。


 教室の中から彼の姿を探す。一気に人が集まってきたので一瞬見失ったが、すぐに見つけることができた。


 お礼を言おうと一歩踏み出したときだった。


「授業を始めるぞ」数学教師が教室に入ってきて、「……なんだ? そんなに集まって、どうかしたのか?」

「課題のプリント集めてまーす」


 麻中あさなかさんが元気に言って、


「おお……それは珍しいな」数学教師も驚いたようだ。「いつも授業中に集めることになるんだがな……」

「たまにはアタシだってまじめにやりますよ」

「そうかそうか。これからもまじめに頼むぞ」


 そんな会話を終えて、授業が始まる。


 結果としてボクは……彼にお礼を言うタイミングを逸してしまった。授業が始まったら席を立つタイミングもない。時間が経てば、さらに話しかけづらくなる。


 そのまま数学の授業が終わった。終わってしまった。ボクがボーッとしているうちに、あっという間に終わってしまった。


 そして、思った。


 課題のプリント出すの忘れた。

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