第4話 恋の病?

 目標がない人なんて多くいるだろう。夢がない人だっている。恋をしない人もいれば、勉強もしない人もいる。好きなことがない人もいる。


 ボクはどうだろう。やりたいことは……ないと言えばウソになる。好きなことだってあるし、恋をしたことだってある。


 それでもボクも青春とやらは色がない。きっとボクという人間は……とてつもなくつまらない人間なのだろう。


 適当に集団に所属して、適当に青春を過ごして、適当に生きていく。そんな人生が関の山なのだろう。


 別に悪いことじゃない。平凡でいい。今の築き上げた地位だって悪いわけじゃないのだ。


 そんな適当な言い訳をしながら、ボクはゆっくりと階段を上がる。


 授業中に入るのも目立って嫌なので、1限目が終わってから教室に入ろう。そうすれば静かに入室ができるだろう。


 そう思って、適当に時間を潰す。授業時間中に教室の外のいるのなんてはじめてのことなので、何をして良いのかわからない。それどころか先生に見つかったらどうしよう、とか怖い想像ばかりしてしまう。


 やはりボクに遅刻は合わない。優等生ぶっているわけではなくて、純粋にボクに合っていない。


 そうしていているうちに、1限目終了のチャイムが鳴った。そしてある程度生徒たちが教室から出て、にぎやかになり始めた。


 その流れに乗って、ボクは教室に入った。


 2年3組。ボクの教室。何度通っても慣れない、ボクの所属するクラス。


 ボクが扉を開けた瞬間、クラスの視線が一気に集まる……なんてことはなく、教室の中は平穏そのものだった。


 目立たなかったことに胸をなでおろしつつ、ボクは自分の机に向かった。


 そしてボクの机にカバンを置くと、


「あれ、つばさ……?」不意にボクの名前を呼ぶ声がした。「一限目、いなかったよね? どうしたの?」

麻中あさなかさん……」


 ボクに話しかけてきたのは……麻中あさなかよもぎという女子である。


 金髪でど派手で美人で、声が大きい女子。俗に言うトップカーストの中でも女王様気質である。男子からの人気は……非常に高い。


 こんなボクにも話しかけてくれるくらいの人物である。


「……ちょっと、いろいろあって……」

「なに? 寝坊?」麻中あさなかさんはボクの肩に手を回して、「つばさが寝坊なんて珍しいね」


 つばさ、というのがボクの名前……ではなかったりする。しかしボク自身がつばさと名乗っているので、多くの人はつばさが本名だと思っているだろう。


 ボクの本名はちょっと変わっていて……あんまり表に出したくないのだ。だからつばさという偽名を使っている。


「恋の病?」麻中あさなかさんはさらに突っ込んでくる。「好きな人ができて胸が苦しくて、眠れなかったの?」

「あ、ははは……」コミュ症のボクは、うまく会話を広げられない。「そ、そう、かも……?」

「へぇ、誰? 誰が好きなの? やっぱり聖人まさと?」夢野ゆめの聖人まさと……クラスの人気者だ。「直接伝えてあげようか?」

「え……、あ、いや……あの……そうじゃなくて……」

「違う人が好きなの?」

「えっと……」


 そもそも好きな人なんていない。最初に相槌を打ってしまったせいで、ややこしくなってしまった。


 ああ……なんでボクはこうも会話が下手なのだろう。せっかく向こうが話しかけてくれているというのに……


つばさっていっつもそうだよね。いつも何言ってるか分からなくて……会話してるとイライラする」じゃあ話しかけないでください……「もっとハッキリ喋りなよ。アタシたち友達でしょ? 遠慮しなくていいんだよ。もっともっと自己表現しなよ」


 遠慮しているわけじゃなくて……ただ会話が下手なだけなんです。


 ……それにしても自己表現か……ボクの苦手な事柄だな。


「ほら、勇気を出しなよ」悪気はないんだろうけど……目立ち始めてるんだよなぁ……「誰が好きなの? 手伝ってあげるからさ。声に出して言ってみて。みんなで協力すれば、できないことなんてないんだから」


 恋くらい1人でさせてくれ。いや、恋なんてしていないけれど。


 しかしマズい……この流れはマズい。ボクが最初にウソをついたせいなんだけれど……


 少しずつクラスの視線が集まり始めていた。クラスでもっとも目立つ女子の麻中あさなかさんが騒いでいるのだから当然だ。


 今日はやたらと絡まれる日だ。いつもなら、もっと平穏な日常だというのに……厄日なのだろうか。


 どうやって逃げよう。適当に告白して玉砕しようか。いや、それは相手に失礼だろう。きっと気を使わせてしまう。


 どうしよう。どうしよう。目の前の相手が遠く見える。麻中あさなかさんはボクの身を案じてくれている。それはわかっている。でも、ボクはそれを望んでいないのだ。


 なんか冷や汗が出てきた。視線が集まってきて、視界が歪んできた。今すぐ倒れそうだった。


 そんな瞬間だった。


「お取り込み中のところ、申し訳ありません」


 そんな落ち着いた声が聞こえてきた。

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