第2話

 女の子の部屋はどことなく甘い香りがするのかと思っていた。スティックタイプのルームフレグランスを玄関に置いている女性が登場するドラマを見たせいかもしれない。でも萌の玄関に立つと、枯れた草の臭いが鼻をくすぐった。見慣れた白いスニーカーや緑のヒールがきれいに並べられている。部屋に行くまでの通路には虫かごが四つあり、わさわさとカマキリたちが動いていた。反射的に息を止めた。

「紹介するね、右上のかごのオオカマキリがカオリ、その下のかごのハラビロカマキリがフミオ、左上のオオカマキリがケンゾー、その下のコカマキリがジュエリー、です!」

 コカマキリだけ名前の趣向が違うね、という言葉が喉を越して口の中まで出てきたけど飲み込んだ。名前にケチをつけて喧嘩にでもなったら半年記念日が台無しだ。

「みんな大事に育ててるんだね。さすが萌だね」

「それほどでもないよ。あっ、ゆうちゃんごめん。カオリたちのご飯の時間だからちょっと部屋で待っててくれる?」

 萌は四つの虫かごを積みあげて抱え、スニーカーを履いて出て行った。いつもこの時間にカマキリの餌を取りに行くことは前に聞いたことがあった。

 女の子の部屋に取り残されてしまった。ベッドの向かいにある白い棚に目がいく。あの中にいつも来ている服とか……、下着が入っているのかな。邪念を振り払おうとしてもずっと頭の中で漂い続けている。でも棚の中を覗くなんてことはしない。今日は半年記念日なんだから。

「ただいまー」

 おかえり、と玄関を見ると、カタッカタッと萌の抱える虫かごが騒がしくなっていた。

「今日は元気なバッタが多かったからちょっとだけうるさいかも。でもすぐに食べちゃうから気にしないで」

 萌は虫かごの前で四つん這いになり、顎を床につけて覗き込んでいる。カマキリたちにひれ伏せているようにしか見えなかった。

「ほら! 食べた食べた! ゆうちゃん見て!」

 カマキリの捕食シーンなんて見たくないけど、萌の機嫌を損ねるわけにはいかない。息を止めてから虫かごを覗くと、確かカオリだったようなカマキリが棘のついたカマをバッタに食い込ませている。枝切りばさみのような口を忙しなく動かしてバッタの首あたりをバリバリと音が出そうなほど嚙み砕いている。表面が砕けると黒い中身が見えてしまい、僕は鳩尾のあたりが熱くなった。

「萌、ごめん。僕やっぱりきついかも……」

「ごめんねゆうちゃん! 大丈夫?」

 萌は機嫌を損ねるどころか僕のことを心配してくれた。もっと正直になってもいいのかもしれない。

「わたしたちもご飯食べよ! ハンバーグ作るね!」

「僕も作るよ」

「ゆうちゃん気分悪くなっちゃったからそこで休んでて!」

 萌はなんて優しいんだ。キッチンにかけていたエプロンを器用に結んでいる。この後ろ姿は十年後見ていたいな。

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