第12話『皐月さんと距離を置くべきだと思ったんです』

 皐月さつきと一緒に登校をしなくなってから数日が経ち、その間に────というかより正確には初日から、代わりにという表現は怒られてしまうかもしれないが金霧かねきり先輩がオレの隣を歩くようになっていた。

 

「そろそろ、遠夜とおやくんが抱いていた皐月さんへの想いは薄れてきた頃合いでしょうか?」

「馬鹿言うなよ」

「あはは、残念です」


 皐月と話す時間は極端に減り、先輩にはああ言ったけど内心では「もう脈が無いんじゃないか」と諦めようとしている自分が生まれていた。

 

「……ねえ、遠夜くん」

「ん?」

「遠夜くんはどうして、私と仲良くしてくれるんですか?結構、酷い事言ってますよ、私」

「失恋すれば良いって?」

「そうです」

「まぁ、それはお互い様だろ。オレだって、先輩に皐月の事相談するの、結構酷いことしてるって自覚はあるからさ」

「ならしないでください」

「そっちが、オレの恋の成就を願ってくれたらな」

「……ほんと、酷い人です」


 分かってる。

 人として、かなり酷い事をしている自覚はある。

 だけど、それでもオレには金霧先輩しか頼れる人がいないから────つい、甘えてしまう。


「なら、約束してください。お詫びの約束を」

「約束?」

「遠夜くんが告白して、成功しても失敗してもです。どちらの結果になっても……私に1日あなたの時間をください」


 オレを見上げる先輩の目は、オレの返答を分かっているかのようなそんな諦めたような目をしていた。

 だから躊躇う事なく首を横に振れる。


「成功したら先輩と2人はちょっとな」

「ふふっ、そういうと思ってましたよ。なら、他のお願いを考えておきます」

「叶えられる範囲で頼むぞ」

「ええ」


 それなら少しだけ頑張りましょう────そう言った先輩は、少し前にも見た、本心を隠す笑顔を浮かべていた。


                   *


 放課後、先輩に連れられて体育館のステージに行くと、栗本くりもと藤村ふじむらが快く迎え入れてくれた。

 ここは演劇部の活動場所で、明らかに事前にオレたちが来ることが分かっていたように椅子が2脚置かれていた。


「屋上来ないと思ったら、あいつらに接触してたのか?」

「いえ、クラスのお友達が演劇部の部長さんで────少し相談をしただけです」

「相談……内容は聞かない方が良いか」

「ええ、その方が良いと思いますよ」


 藪蛇は突かない方針を決め、演劇部の活動に視線を向ける。

 男子より女子の方が圧倒的に多く、その面では安心した。

 もう1つ、途中入部にも関わらず皐月が部に馴染めている様子で、やはり栗本と藤村の存在は大きかったみたいで、それも不安は解消されたと言っても良いだろう。


「私は皐月さんが演劇部に入る事は遠夜くんにとってもいい機会だと思っていました。その話ってしましたっけ?」

「いいや」

「では……遠夜くんは、子どもの頃から想い人が傍に居た、居続けたんですよね?」

「ああ」


 発声練習を始めたタイミングで先輩が話し始めたので、皐月の耳に届く前にかき消されるオレたちの声。

 それを分かっていて、先輩はそんな話を続ける。


「大体はそういう想いは、時が経てば消えてしまいます。関わらないけど一目惚れしてた、とか、違う学校に進学した、とか────理由は様々ですが、関りが消えれば想いが消えてしまう。強い想いでなければより早く」

「たまたまその機会がオレに訪れなかったから皐月のことを好きなままだったって事か?」

「常に傍にいたのも要因でしょうね。皐月さん以外を異性として見る事が無かった。だから、他に選択肢が生まれるはずもなく、ただ一途に皐月さんの事を想い続けている……一度皐月さんと距離を置くべきだと思ったんです」

「野球選手を目指しているやつが勉強を放棄するのと一緒か?」

「ええ、そういうことです」


 だから野球と離れた自分に何が残っているのか、野球選手として活躍できなかったらどうするのか、引退した後どうするのか……そもそも野球選手を目指すのは今の自分の本心なのか。

 自分を見つめ直す時間が必要だと、そういう事を金霧先輩は言いたいのだろう。


「ですがそれでもあなたは皐月さんの事が好きなんですよね?」

「ああ、その気持ちは変わってない」

「……遠夜くんはそうでも、皐月さんは────」


 先輩の言葉が止まると同時に発声練習が終わり、夏の大会に向けての練習が始まる。

 皐月もキャストとして劇に出るようで、台本片手に台詞を言いながらの動きの指導を受けている。

 

「なあ先輩、さっき何言いかけたんだよ」

「はて、忘れてしまいました」

「おい」

「さ、そろそろ帰りましょうか」


 誤魔化す為に言った事だと思ったけど本当に先輩は立ち上がり、部長にお礼を言って出て行こうとする。

 さすがに1人で残るのは気まずい為、先輩の後を追った。





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