第11話『もし付き合い始めたら遠慮なく言ってくださいね』

 数分前、遠夜とおやくんが皐月さつきさんのお友達に声を掛けられた時まで、僅かではありますが時間を戻します。

 私の方を見て固まる1人の女子生徒の存在に気が付き、全てを理解しました。

 あの2人が遠夜くんに声を掛けたのは、私と彼女────皐月さんだけで話をする状況を作りだす為だったのだと。

 敢えて声を掛けず無視する事も出来ましたが、折角の機会ですので遠夜くんの好きな相手について知りたいという好奇心に負け、話し掛ける事にしました。


「私に、何か用事があるんですよね?」

「いえ────……はい」


 煮え切らない態度を不思議に思いましたが元々で人と会話をするのが苦手な子なんだろうと判断し、取り敢えず誰かに会話を聞かれにくい屋上へと移動しました。

 

「ここなら誰にも話を聞かれる事は無いでしょう────それで、お友達に協力してもらってまでの用件は一体なんでしょうか」


 大方遠夜くん絡みですよね、とは敢えて言わない。

 

「その事なんですけど……実は、私はただ桃歌ももかちゃんとあおいちゃんが話してこいって言うから────失礼な言い方になるんですけど、先輩に用事なんてないんです」


 これは……どちらでしょうか。

 照れ隠しという可能性もありますし、確かにあの2人は皐月さんが遠夜くんの事を好きだと気付いている、または思い込んでいる節がありますから、お節介で無理矢理この状況を作った可能性も十分考えられます。

 寧ろ、用事が無いと言い切った事を考えれば後者の線が濃厚と思って良いでしょう。

 そうすれば、私が声を掛けた時の煮え切らない態度にも説明がつきます。


「ごめんなさい、私がちゃんと断っていれば……」

「大丈夫ですよ。友達思いの良い方たちですね、羨ましいです」

「ありがとうございます」

 

 そこから、本当に話す事は無いようで、時計を確認するだけで口を開かなくなった皐月さん。

 一応、話していたという事に出来る時間が経過するまではここに居るつもりなんでしょう。


「お友達が────という事でしたが、こういう話をしてきなさいという指示は無かったのですか?お答えできる事であれば、ちゃんとお答えしますよ」


 一瞬躊躇う表情を見せ、少し考えた後、意思を決めたようで私と視線を合わせてくれました。


「なら、1つだけ」

「はい、どうぞ」

「遠夜と付き合ってるんですか?」


 ようやく出てきた彼の話題。

 皐月さんの表情は興味がある────というものではなく、心配そうな表情を浮かべていて、それを私は『自分の好きな相手が他の子と付き合っているかもしれないという心配』。そう捉えました。

 この考えを結論付ける為に敢えて含みのある言葉をつけて答える事にしました。 


「いいえ、私と遠夜くんはそういう関係にはありません……今はまだ、ですが」


 今はまだ────この文言を正しく受け取れば動揺が表に出て来るはず……と、そう思ったのですが、私の予想は大きく外れました。


「そうですか、安心しました。あ、もし付き合い始めたら遠慮なく言ってくださいね。遠夜、きっと恥ずかしがって私に教えてくれないと思うので」

「……え?」

「自分の彼氏の近くに他の女の子が居るのはあまり気分が良くないと思うので……明日からでも遠夜とは別々に登校しますよ?」


 皐月さんは動揺を一切見せず、心配そうな顔そのままに、そう言いました。

 心配してたのは────私の気持ちだったんです。

 つまり、皐月さんは遠夜くんの事を1人の異性とは見ておらず、本当にただの幼馴染として見ているという事になります。

 正直私も心の奥底で皐月さんのお友達同様、皐月さんは遠夜くんの事が好きだと思っていました……思い込んでいたのです。

 ですが、目の前の少女からはそれが感じ取れません。


「い、いえ、お気になさらず……まだ私たちはお付き合いしていないので」

「先輩、後輩だからって気を遣わなくて良いですよ。乗り気じゃなかったけど、先輩の気持ちが聞けて良かったです。あっ、本当に大丈夫ですよ。遠夜から聞いたか分かりませんが最近部活に入ったので友達が増えたので、朝一緒に登校出来る人もいるんです」

「そ、そうですか」

「はい!だから明日から、どうぞ遠夜と一緒に登校してください」


 遠夜には先輩の事を伏せて伝えておきますから────そう言い残して、皐月さんは「今日はごめんなさい、さようなら」とお辞儀をした後、屋上を後にした。

 屋上に残された私は、素直に喜ぶべきかどうか悩みながらも、スマホに先程から届いている通知を確認して、遠夜くんが私を探していることを知り、急いで笑顔を作って屋上を後にしました。


「皐月さん……本当に……」

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