第8話『脈無しじゃないですか?』

 金霧かなきり先輩と下校をした日からあっという間に土日が過ぎ月曜日の朝。

 登校中、皐月さつきが「放課後なんだけどさ」と話し始めた。


「暫く────というか、これからかな。一緒に帰れなくなると思う」

「えっ、どうしたんだよ」

「金曜日の夜2人と話してね、私も演劇部に入ろうかなって」


 有り得ない話じゃ無かった。

 仲の良い友達2人が同じ部活に入っているから、何かのきっかけで興味を持ち抵抗感なく入部を決める事は珍しい話じゃない。

 

「今日の放課後見学に行くの」

「良いんじゃないか?途中入部って人間関係が怖くて諦めるってパターンをよく聞くけど、その点は問題ないし。今なら1年も入ったばっかだから、その辺も気が楽だろ」


 皐月も1年も変な気を遣わずに接する事が出来るベストなタイミングだと思う。

 これがもう少し後なら年齢は上だけどキャリア的には後輩みたいな、仕事場でも扱いに困る存在になる事は想像が容易い。


「……」

「皐月?」

「え、あ、うん!遠夜ならそう言うと思ったよ!」


 会話の流れを考えればおかしなことを言っているけど、放課後の事を思い緊張しているのかもしれない。

 ここは幼馴染として上手く緊張を解してやらないと。


「あんまり男子に話したく無いだろうけどさ、オレには経験が無いから聞きたいんだけど、お泊り会って何をするんだ?」

「え、えっとねー、お話ししたりお菓子食べたりゲームしたり、かな。家の中じゃやれることは限られてくるから、大体いつも同じ流れだね」

「……お話って、やっぱりクラスの男子の悪口大会とか開かれるのか?」

「やっぱりって……男子が思ってるよりも女子って陰で悪口とか言ってないからね」


 それは多分、皐月の周囲にそういう事をする人間が集まらないだけだと思うぞ。

 藤村も栗本もどちらかと言えば正面から不満を言ってくる性格をしているからな。

 それから他愛もない話をして放課後の事から皐月の意識を逸らしながら登校を終え、藤村と栗本の下へ行く皐月を見送り席に座る。

 放課後に一緒に帰るという当たり前の時間が無くなり寂しさを覚えるが、皐月が決めた事なら止める理由は無いし、素直に応援する事も出来る。

 ただ、やっぱり気になるのはタイミング。

 金曜日に金霧先輩とオレが一緒に帰ったのを気にしての決断だったとしたら……。


               *


「遠夜くんのこと、監禁してもいいですか?」

「いいわけなだろ」


 昼休みの屋上で、金曜日に言った通り先輩がいたので、皐月の事を相談してみたところ、さっきの言葉が返ってきたのだ。

 一体、オレの話をどう聞いたらそんな思考に至ったのか、理解できなかった。


「冗談ですよ。まさか久しぶりに一緒に過ごす昼休みで最初に出てきた話題が、敵の事だなんて思って無かったから驚いただけです」

「敵って……」

「まぁこれはその事とは関係なしに、ただの先輩って立場で言えば────脈無しじゃないですか?」

「うっ」

「言うまでも無い事ですが、もし、皐月さんが遠夜くんの事を好きならこのタイミングであなたと居る時間を減らすとは考え辛いです。私の事を気にする素振りも無く、不機嫌な様子も無い。誰が見て聞いても脈無しと判断すると思いますよ」

「……やっぱそうだよな」

 

 先輩の言っている事がどれも正論で返す言葉も無い。

 皐月はオレの事を幼馴染としか思っていない……元から可能性が高かった片思い状態が濃厚となってしまったという訳だ。


「ええ、そう思うのが一般的です。ですが……」


 言いかけて言葉を止めた先輩の表情は少しだけ辛そうだった。


「先輩?」

「いえ、なんでもありません」

「なんでもないって顔じゃないだろ」

「ふふっ、私を心配してくれるのは嬉しいですけど、今は逆効果ですよ」


 先輩の言葉の意味が分からず首を傾げていると予鈴が鳴り響き、「ばいばい」と手を振って先輩は屋上を後にしてしまった。



 

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