第2話『ねえ、皐月となにかあった?』

 皐月さつきのジョークセンスの無さに頭を抱えながら登校して数時間後の昼休み。

 いつものように独占状態の屋上へと昇り、ベンチに腰を下ろす。春だから新入生が興味本位で何人かいると思われたが、今年の彼らはそういう事に興味が無いのかそれともデメリットが多い屋上での食事をよしとしないのかは分からないけど、去年に引き続き屋上には誰も居ないし、来ない。


「いただきます」


 母親の作った弁当を適当に選んだアニメを流しながら食べる。長時間静かな空間に身を置いていないから静かな時間というのがどうにも居心地が悪く、食い入るようには視ないがそれでも何かしら音を流していたくなる。

 時にはそれは配信者の作った動画だったり、音楽だったり、ラジオだったりもする。今日は偶々SNSで気になるアニメを見つけたので流している。

 そんな貸し切り上映会の様な屋上の扉が突如開き、来客が訪れた。


「やっほ」

「珍しいな」

「珍しいっていうか初めてだね。私が昼休みに屋上に来るのも、黒峰くろみねくんとこうして2人だけで話すのも」


 皐月の友達でクラスメイトでもある藤村ふじむらあおいはオレの隣に座ると手に持っていた近くのコンビニのロゴが入った買い物袋からメロンパンを取り出した。

 どうやら藤村もここで食事をするみたいで、本人がどこで食べようと本人の自由で、この殺風景で静かな屋上に知り合いがいれば隣に座るのも自然な事は分かる。だけど先程藤村本人の口から出たように2人で話す機会なんて今日まで一度も無く、皐月の友達として、皐月やもう一人の友人の栗本くりもと桃歌ももかの両方か片方がいる時にしか話した事が無い。

 だからどうしても多少仲が良くても緊張してしまう。

 

「2人は?」


 当然ここでは皐月と栗本を指す。


「教室で食べてるよ。ちょっと部活の後輩の相談乗ってくるとか適当言って出てきた」

「栗本と同じ部活なんだから絶対バレるだろ、その嘘」

「残念、栗本もグルだから」


 2人は同じクラスで同じ部活に所属している間柄。だから『───ちゃんの相談乗ってくる』と藤村が言った事に対して栗本が適切な反応をすれば皐月はまんまと信じてしまうという事。 

 それ自体は理解する事は容易いけど、そんな事をしてまでここに来た理由が分からない。だからそのまま藤村に聞いてみると────何故そんな事を聞いてくるの?と言いたいような、そんな表情を浮かべた


「わざわざ口裏合わせてここに来てるんだから答えは分かってるでしょ。黒峰くんとお話をする為に来たんだよ」

「ああ、悪い。そういう意味じゃ無いんだ、それは分かってる。そうじゃなくて、わざわざ昼休みに声を掛けてきた理由が知りたいんだ。教室じゃ駄目だったのか?」

「それも考えれば分かる事でしょ。さっきも言ったけど、皐月を騙すような事をしてまでしてここに来たんだからさ」

「……教室じゃ駄目────というより、皐月には知られたく無い事か?」

「そうそう、そういう事」


 だから皐月に嘘を吐いた。

 皐月に聞かれても良い内容なら教室で話すし、不特定多数に聞かれるのが嫌ならここに皐月と栗本と一緒に来るし、1人で来るにしてもオレに話があると言って来れば良いだけ。皐月に嘘を吐く必要があるのは皐月に聞かせられず、オレと会っていた事も隠したいから。


「悪いけどオレは皐月に対する不平不満を言う掲示板みたいな存在じゃないからな」

「あるわけないでしょ、不平不満なんて」


 『あってもあんたには言わない』、その言葉が藤村から出ないだけで皐月の幼馴染として少し安心した。

 

「じゃあまさかとは思うけどオレにこくは────」

「でも、皐月の事っていうのは合ってる」


 ジョークをスルーされ皐月のセンスをとやかく言えないのかもしれないと自信が持てなくなったのは置いておいて、藤村の見た事の無い真剣な表情にこちらも自然と姿勢を正して聞く体勢になる。


「ねえ、皐月となにかあった?」

「いや、なにもないな」


 『なにかあった?』と聞かれる時、大体が『喧嘩したの?』とか『告白した?それともされた?』の2パターンだが、前者は今までに一度も無い事で、後者は生憎と無い。


「本当?」

「なにも無いから今日も一緒に登校してきただろ」

「まっ、そうだよね。やっぱり、皐月自身の問題か」

「問題?」

「最近さ、皐月がちょっと遠慮してるっていうか、少しだけ黒峰くんと距離を置いてる気がするの」


 そう言われ、朝の会話を思い出した。


「あいつも年頃の女の子だからな、周りから勘違いされたくないんだろ。そんなような事朝も言ってたし。後はオレの事を気遣ってるっぽかったな。もしオレに好きな人が出来たら迷惑掛けちゃうって」


 オレの話を聞いて何を感じたのか、菓子パンで糖分を補給しながら頭を回転させているように目を閉じ集中し、1分ほど経って、メロンパンを食べ終わり同時に目を開いた。


「なるほどね」


 なにに対しての『なるほどね』かは分からないけど、どこか納得したように2、3度頷き、袋から新たにチョココロネを取り出した。


「ありがと、なんとなく皐月の気持ちが分かったよ」

「教えてくれたりはしないんだよな?」

「ごめんだけど、そうだね。これは教えられない。でも────なんだかなぁ」


 チョココロネを一気に口の中に入れ、頭を抱える藤村。その行動の意味が分からず、せめて喉に詰まらせないよう見守るしかない。

 やがて全て飲み込むと、今度は空を見上げた。


「それが良い事だって思ってたんだけど……間違ってたのかなぁ」

「藤村?」

「……忘れて。今日私と話した事も全部ね」

「善処はするが無理だと思うぞ」

「じゃあ、誰にも言わないで。分かった?」

「ああ、分かった」


 結局その後藤村は特に何を話すでもなく屋上を去り、オレは残った弁当を見ていたアニメを再開させながら口に運んだのだった。

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