第7話 勇者レオンの墓標

 ざくざく。さくさく


 雪道を歩く俺たちの足元でそんな音が響き渡り、おそらくは新雪なのだろう、まだ誰も踏んでいない雪を踏む快感を少し味わいながら俺達(2人は一応武器の状態になってもらっている)は


 近くの町に足を踏み入れていた。


「誰だ?!……おやその身なり、冒険者様ですか?すみませんがギルドカードを拝見致しますね」


「コレですか?……あ、手渡しでも?」


「はいはい……えっと、……えぇ?!あの伝説のグリム様でいらっしゃいますか?!」


 おっと、そうか俺は今は伝説級の冒険者になっているんだっけ?


 衛兵はとびきり驚いたあと、咳払いして顔を少し赤らめて


「ほ、本物?!ですか!さ、サインなどは……」


 え?俺のサインとか居る?と思わず言いかけるが……まあファンの期待に応えてあげるのも強きものの役目だろうと考えて


「良いですよ!……え?でも紙とかって」


「こちらにお願い致します!!」


 ちゃんと持ってるんだ。と言うか俺がいた時は紙なんて滅多に使えないものだったからある意味新鮮だなぁ


 等ということを思いながら俺はサインをする


『グリム様、あたしたちの身体にもサインを書いてくださっても良いのですよ?』


『そうですぅ、ぜひ!』


 それは要らないと言うか、やらないよ?……いやでも武器に自分の銘を彫るのは良くあることな気がするけど……いやでもなんか嫌だな


 ◇◇


 俺は町の中に入り、色んな意味で驚いた


 まず誰も悲しい、暗い表情のやつが居ない。その顔には幾重にも幸福が記されている

 その顔を見ていて、レオンが描いた夢物語を俺はふと思い出していた


 ◇


「俺はさ、人々が些細なことだろうけど……みんな笑顔……とまでは行かなくても半笑い程度でいいから……心に余裕ができていて欲しいんだ!」


「どうした急に?」


「いや、俺が勇者になったのはさ……誰かの不幸な顔をなるべく減らせるようにしたいって願ったからなんだよ!……へへへ夢物語だろう?」


「いや?と言うか完全に無くしたいとかでは無いんだな?」


「みんな笑顔しかないのはディストピア以外の何物でもないじゃん」


「それもそうか」


 ◇◇



 あの頃の話を思い出すとなんとも幼稚な……それでいて何処か中学生の頃の話を思い出してしまうな……って


「そうじゃん!レオンのやつ何しようとしたんだよ?!俺をこんな僻地に吹き飛ばしやがって!」


 俺は慌てて近くのギルドに向かう。まあギルドカードに描かれているシンボルの場所が流石にギルドなのぐらいは俺でもわかる


 ギルドに向かう道すがら出会う奴がみんな涙を浮かべていることを考えると、おそらくいいことでもあったに違いない


 そんなどうでもいいことを振り払って俺はギルドの扉を開け


「……あのーすいません…………皆さんは何を泣いていらっしゃるのですか?」


 俺は思わず唖然とした。


 四方八方にいるのは屈強な冒険者達のはず、それらが皆こぞって泣いているのだ


 何か嫌な予感がする。


 心臓が妙にドクドクと脈打つ

 こんな事は久しぶりだ

 俺は近くのギルドの職員さんにたずねることにした


「あの?皆さんなぜ泣いていらっしゃるのですか?」


 ◇◇◇







 ──────「死んだって……嘘だろう?なあ…………」




 俺はギルドで聞いた情報が信じられず、唖然としながら再び町の外に赴く


「いやいや、奴が死ぬわけ」


 あいつの妙に寂しそうな表情。何故か手渡されたギルドカード

 懐かしむような、悲しいような笑み

 手切れ金のように渡されたお金


「そんな……わけ……」


 墓標でのあいつの言葉


「そん……な」


 俺は深くため息を吐き出す。

 深く


 深く深く


 深く深く深く


 深く深く深く深く



「ーーーーッ!アイツ……分かっていやがったのか……?!」


 俺は突然思い出したかのように、手紙を取り出す。

 そうだ、なんで忘れていたんだ?この手紙……絶対に大事なものなのに


 俺は奴が最後にくれた手紙を開き、中の文字を読む


 そこには







「…………アイツ………………らしいなぁ……ホント……」


 手紙にはこう、書かれていた


『お前に俺の死に顔は見せない事にした。そうすればお前は誰一人としてクラスメイトの死に顔をその目で見ていないことになるだろ?

 ────本当はさ分かってたんだよ……俺の命の灯火がそう長くないってことぐらいな。


 ────勇者レオンの最期をお前に見せたくなかった……それは親友としての俺からのひとつの願いだ……俺の死に顔をお前が見てしまったら、お前もこっちに来てしまうかもしれないと思ったからだぜ?


 ─────俺はお前には、俺たちのような物語を紡げなかった哀れな奴らにはなって欲しくないんだ……いいか?君は『持たざる者』だ。異世界のルールは君には適応されていない……


 ─────ま、そういうことでな……俺たちの叶えられなかった物語の紡ぎ手はお前に託したわ!さてと……まあ書くことも特にないし……この先の物語に俺たちクラスメイトはいない。……だから安心して好きなように物語を展開していけ!

 ……いいか?ハーレムだけは作るなよ?マジで後悔するからな


 そんじゃあな、あばよ!────お前の最高の親友「獅子道」より』


 紙には魔法陣が描かれていた。


 それには忘却の魔法がかけられていたのだろう


 俺はその手紙をぐしゃりと握りつぶし、それから再び見直す


「……ったく………それぐらい、言葉で伝えてくれよ…………既に手遅れだっつーの」


 俺は新雪が積もった丘の上で、一人その手紙を破いてバラバラと投げ捨てる


 紙は降り積もる雪に紛れ、やがて見えなくなって行く






 ◇◇



「…………さてと、アイツの言いたいことは全部受け取ったわ……マジであいつ泣くとこだけは俺に見せなかったからなぁ……はあ」


『……グリム様……』


『グリム様ぁ……』


 俺は心配そうに眺める2人を抱き寄せると、腰と背中に担ぎ


「さてと……まあそういう訳で、今からは後腐れのない物語を初められるって訳だ!」


 ぶっきらぼうにそう叫ぶと走り出した





 雪はその足跡を深く白いベールの中に隠し


 彼らの歩みを優しく見守っているのであった










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