四十四話 せっ……んせい

「家賃もそんなに高くないですし。立地もいいですよね」


「そうですね。お二人で住んでも、広々としています」


「ここがいいか? 空雅」


「あ、ああ。キッチンもいいしな」


 ということで新居が決まって、色々と手続きをした。審査なんかもあるらしく、決まり次第先に秋也が住むことになる。


 俺たちはとりあえず、家に帰ることになった。道中手を繋いできたから、恥ずかしかったが離すことは出来なかった。


 それからしばらくして、無事に審査が通った。そのため、今俺たちは秋也の部屋の片付けをしている。


「手伝ってもらって、悪いな」


「別に……俺がやりたいだけだし」


「そっか、さんきゅ」


 頭を撫でてくれて、甘い声でそう呟かれる。たったそれだけで、体温が上がって嬉しいと感じてしまう。


 片付けの段取りが終わって、いよいよ引っ越しの当日になり荷物の搬入も済んだ。俺たちは、新居で荷物を納めていた。


 二人で住むからからか、大きめの冷蔵庫を新調したようだった。そして何故か、洗濯機を新調したらしく乾燥機付きのやつだった。


 乾燥機か……楽になるが、俺がやってあげたいな。そう思って、聞いてみることにした。少しばかり不服だった。


「洗濯機、新しくしたんだな」


「おう、いいだろ。これで楽になるぞ」


「……俺がやってやりたかった」


「空雅、ありがとな。でも、これから何十年って一緒にいるんだから。空雅にばかり、負担かけられないだろ」


「そ、そうか……」


 何となくこれからも、一緒なんだと思っていた。それでも、言葉で言われるとかなり嬉しいと感じてしまう。


 こいつは平然とこんなことを言って、俺の不安なんかを消し去ってくれる。そういえば、元カノさんの写真処分したのだろうか?


 秋也の嬉しそうな表情を見て、そんなことどうでも良くなった。元カノのことなんて、どうでもいいか。


 大切なのは今隣にいるのが、俺であるということだ。そう思って顔を、チラッと見てみる。


 するとこっちを見て、微笑みながら抱きついてきた。ほんとこいつは、抱きつくの好きだよな。


「……んだよ」


「いやあ、新婚みたいだなって」


「……馬鹿言ってないで、片付けんぞ」


「ちぇっ……」


 俺がそう言うと、少し不服そうにしていた。そして離れて、自分の部屋に向かって片付け始める。


 素直になれない自分が、嫌になるが……それでも、そんな簡単な言葉で嬉しくなってしまう。


 自分でも驚くくらいに、顔が真っ赤になっているように感じる。俺はキッチンに、座り込んでため息をもらす。


「くそっ……こんな甘いのが、ずっと続くのかよ」


 この恥ずかしさに、耐えられる気がしない。しばらくそこに座り込んでいたが、考えないようにがむしゃらに片付けをする。


 引っ越しが無事に済んでから、早いもので卒業式の日になった。何か、怒涛の勢いで時が進んでいくな。


 俺はそう思って指導室に何となく、足を運ぶと鍵が空いていた。恐る恐るドアを開けると、そこにはソファに座っている秋也がいた。


「どうしたんだ」


「空雅こそ、何か忘れ物か?」


「別に……何となく」


「そうか……ここに座って」


 そう言われたから、俺は素直に隣に座ろうとした。しかし腕を引っ張られて、膝の上に座らせられた。


 こんなことして、何が楽しいのだろうか。そう思って顔を見てみると、嬉しそうにしていた。


 変な奴だなと思っていると、俺の首に息をかけてくる。いきなりのことで、俺の口から変な声が漏れ出る。


「……やめろ」


「ここでこうするのも、今日で終わりか」


「……そうだな。でも」


「これからは、家で出来るな」


 こいつは、俺の心が読めるのだろうか。俺だってここで過ごした三年間は、嫌なこともあった。


 それでもこいつと、過ごしたってだけで思い入れのある場所だから。そう思って秋也の手を見てみると、スーツ袖のボタンが取れそうになっているのに気がつく。


 俺は立ち上がって自分の鞄から、裁縫セットを取り出した。そして秋也の隣に座って、声をかける。


「スーツ、脱げ」


「いやんっ……空雅にそんな趣味が!」


「ちげーよ! ボタンが取れそうだから、縫ってやるっつーってんだよ!」


 大袈裟にふざけるこいつに、若干腹が立った。それでも強引に、スーツを脱がした。そして家庭科の成績だけ、五の俺は鼻歌まじりに縫い始める。


 秋也はそんな俺を見つめていて、その表情から甘い雰囲気を感じる。俺は無視をして急いで、ボタンを縫っていた。


 こいつは何やら考え込んでいて、真剣な表情をしていた。何を言うかと思えば、変なことを言い始める。


「先生って言われたことないな」


「何考えてんだ」


「だって、よくよく考えたら。卒業したら、ますます言わないだろ。一回ぐらい、呼んで欲しいなあ」


 そう言って瞳をうるうるとさせていて、それが可愛く見えている。そんな俺は完全に、重症なのだと自覚する。


 確かに、一度も先生って言ったことないかも。こいつには何度も、先生と言えと言われていた。


 でもそれは建前で、誰か周りにいる時だけだった。だから特に気にしてなかったが、一度ぐらいは呼んでやるべきかも。


 でもな……今更なんの羞恥プレイなのだろうと思った。それでも卒業してから言うよりも、まだ高校生の今ならまだいいのかも。


 それにそれだけのことで、こいつが喜ぶのなら言っても良いのかもなと思った。かなり恥ずかしくて、少し吃ってしまった。


「せっ……んせい」


「つっ……マジで、言ってくれるとは」


「おまっ! お前が言えって、言ったんだろうが!」


「可愛すぎてヤバい」


 そう言って、俺に抱きついてきた。その表情が、いつもよりも優しく見えた。そのせいか、俺は目を逸らすことが出来なかった。


 すると顎をクイっとされて、端正な顔が近づいてくる。俺が静かに目を閉じると、優しく触れるだけのキスをしてきた。


 こいつのキスって、やっぱ上手いよな。比べる対象がないから、分からないが……。俺はそう思って、目を開ける。


 余裕のなさそうな瞳を浮かべていて、その表情にドキリとしてしまう。秋也の目を見つめていると、にこりと笑っていてこう言われた。


「まあ、ここで止めとこう」


「な……んで」


「続きは今日、俺たちの家で」


「はあ? 今日なのかよ」


「ああ、異論は認めない」


 秋也の目が真剣に本気で言っていて、逆らうことが出来ないと思った。そんな真剣な、眼差しで見つめてくる。


 その目が優しかったが、どこか熱を帯びていた。その表情が頭から離れずに、卒業式の間も思い出していた。


 それ以上に、これからすることがどんなものなのか……。勝手に想像して、顔が真っ赤になっているのが分かった。


 卒業式が終わって、卒業生たちは昇降口のところで会話をしていた。俺は遼馬や朝陽と会話していたが、秋也と目が合った。


 優しく微笑んできたから、急に恥ずかしくなった。俺は全身が沸騰したような感覚に、なって教室に鞄を取りに行く。

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