四十三話 マーキング
「明日、自分からも言うよ」
「それがいいな。俺も隣にいるからな」
「うん……」
後ろから抱きしめられた状態で、振り向くと軽いキスをされた。すると今度は、首元にキスをされた。
吸い付いてきて、ちょっと痛かった。俺はどうすれば良いのか、分からなくて完全に身を任せていた。
「もっと、つけていいか」
「……えっと、何やってんだ」
「何って……マーキング」
耳元でそう呟かれて、俺は自分でも驚くくらいに変な声が出た。俺は思わず、口を手で塞いだ。
隣の部屋には樹がいて、時刻は既に日付が変わりそうになっていた。急に恥ずかしくなって、布団に潜り込んだ。
「空雅……」
「寝ろよ……明日も早いし」
「クスッ……そうだな」
俺がそっぽを向いて冷たく言ったが、優しく笑って頭を撫でてくれた。俺冷たくしたのに、なんでそんなに優しいんだよ。
俺が自己嫌悪に陥っていると、灯りが消された。秋也の様子が気になって、チラッと見てみた。
すると別方向を向いて寝ていたから、俺は寂しくなって布団に潜り込んだ。俺が来ても何も言わないから、寝てしまったと思った。
俺は後ろから抱きついて、背中を見つめる。はあ……何で俺って、こんなに素直に慣れないんだろう。
ため息をついていると、急に秋也に腕を掴まれて押し倒された。笑顔だったが、目が全くもって笑っていなかった。
「空雅、あんまり可愛いことしないで」
「おまっ! 起きて!」
「我慢、出来なくなるだろ」
秋也が完全に、余裕のない表情を浮かべていた。真っ直ぐに見てきたから、俺は何となく目を逸らしてしまう。
すると両頬を触られて、軽めのキスをされる。こいつのキスって、体がフワッとして変な感じがする。
今度は舌を絡めるキスをされて、また体がビクッとしたのが分かった。眠気と未だに慣れないキスで、気がつくと俺は寝てしまった。
カーテンの隙間から、入ってくる陽の光で目が覚めた。普段なら寒くて布団から出るのが、億劫になっている。
いつも以上に暖かくて、不思議に思って目を開ける。そこにはスヤスヤと眠る秋也の、寝顔が目に入る。
「……なん……あー、そうか」
「むにゃむにゃ……」
キスの後に眠くなって、寝てしまったのか……その寝顔がほんとに幸せそうで、よだれまで垂らしていた。
不覚にもその寝顔に可愛いと思って、キュンとしてしまった。起きて朝ご飯の、準備しないといけないのに……。
この寝顔を見たい方が、勝ってしまった。可愛すぎてずっと、見つめていられるような気がする。
「でもな……」
部屋の時計を見ると、七時になりそうだった。いつもなら不定期で、日曜日に仕事がある両親だが……。
今日は秋也がいるから、仕事を休みにしたらしい。そのため、別に起きなくても良いと思うが……。
完全に恥ずかしくなってきたから、離れようとした。しかしそこで気がつく、完全に秋也にホールドされていることに。
つーか、昨日……突如泊まることになった割には、色々と都合つけすぎだろ。昨日から、分かっていたことだが……。
まあ、良いか……。秋也の綺麗とは言えない、よだれを垂らしている顔を見て微笑む。しばらく見つめていると、ドアがノックされて妹の明日香の声が聞こえた。
「お兄ちゃん! 起きてる?」
「おっ、起きてるぞ!」
「そう? お母さんが、起こしてきて〜って」
「わ、分かった! 着替えるから、ちょっと待って!」
俺が完全に、テンパってそう答える。すると明日香は何も言わずに、階段を降りて行ったようだ。
俺は秋也に、優しく声をかけて起こす。修学旅行の時は、先生だから早く起きていた。だから、こんなに幸せそうな表情を浮かべているのを初めて見た。
「秋也、起きて」
「う〜ん……後、五分」
か、可愛い……眠そうに目を擦って、直ぐにまた寝てしまった。可愛すぎて、起こしたくない。
そのため起こすのは、忍びなかった。でも流石に、起こさないのは出来ないよな……。心を鬼にして起こすことにした。
「秋也! 起きろ!」
「う〜ん……何で、空雅がいるんだ?」
「寝ぼけてんのか? ここは、俺の部屋で朝食の時間だ」
「あー……そうか、泊まったのか」
そう言ってムクっと起きて、急に服を脱ぎ始める。俺はいきなりのことで、思わず後ろを向いてしまった。
「何、急に脱いでんだよ」
「はあ? パジャマで行くわけないだろ」
「まあ、そうなんだが……」
それは分かっているが、それでも裸を見るのは恥ずかしい。妙にこっちを見て、ニコニコしているし。
俺がため息をついていると、急に抱きついてきた。俺がいきなりのことで、驚いていてしまった。
すると秋也は、俺のパジャマのボタンを器用に外し始める。俺は直ぐに我に返って、はね退けて顔を見る。
「おいっ! 何、考えてんだ!」
「えー、良いじゃん。減るもんじゃないし」
「分かんないが! 何かが減る!」
俺は余裕の笑みを浮かべているこいつを、まともに見ることが出来なかった。俺が着替えを始めると、秋也も着替え始める。
リビングに向かい俺たちは、母さんの作った朝食を食べる。横に座っている秋也から、甘い視線を感じる。
「俺を見ずに食べろ」
「は〜い」
くそっ……マジで朝から、輝いている。イケメンはどの瞬間も、イケメンなのだと改めて思う。
絶対に口には出さないが……何か、腹が立つからな。今両親がテレビを、見ていて良かった……。恥ずかしすぎる。
弟と妹は遊びに行かせて、俺はたちは両親に向き合っている。俺が不安で緊張していると、そっと背中を摩ってくれた。
たったそれだけのことで、俺の心は不思議と落ち着きを取り戻す。深呼吸をして、俺は辿々しいが自分の気持ちを伝える。
「その……俺、秋也と高校卒業したら……一緒に住みたい」
「良いわよ」
「えっ? 良いのか……」
「ええ、昨日。秋也さんに、言われてたし」
確かに、そうなんだろうが……心配していないわけでもないと思うが、少しは疑問に思えよ。
つーか、その前に俺たちが付き合っていること。普通に気がついてるし、普通に受け入れているし。
あの学校にいるから、男同士が普通だと認識している。そう思っていたが、それが普通なのかもしれない。
一瞬そう思ってしまったが、絶対にそんなことない。俺は色々と疑問に思いつつ、それから二人で内見に向かうことになった。
「相変わらず、準備がいいな」
「空雅との部屋、早く決めたくて」
「なっ! 人前でやめろよ!」
内見にしているから、不動産会社のお姉さんに笑われてしまった。そう言って抱きついてくるから、俺の顔はきっと真っ赤になっているだろう。
こいつ少しは、恥じらいというものを持てよ……。恥ずかしいし、これ確実に関係性バレてないか。
同棲向きとか、ファミリー層向きとか言っているし。完全にバレているのに、秋也はどこ吹く風で気にしていない。
お姉さんも特に気にしていないというか、九条に見られる時の目線を感じる。俺の周りって、そんなんばっかかよ。
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