最終章 未来へ

四十二話 同棲

 早いもので、三年も後半に差し掛かった。俺は早々に料理の専門学校に合格した。そのため、いち早く俺はのんびりとしていた。


 しかし三年の担任って、俺が思っているよりも大変らしい。秋也との時間が、あまり取れなくなっていた。


 それでも俺は秋也が帰ってくる前に、家に上がって夜ご飯を作っていた。そういえば、同棲するって話から既に半年が過ぎているよな。


 俺がそう思っていると、玄関のドアが開いた。そして欠伸をしていて、いつもよりも疲れている秋也が入ってくる。


「おかえり、ご飯出来てるぞ」


「空雅……」


「おいっ、危ないぞ」


「空雅を充電させて」


 俺が顔を見て微笑むと、いつものように抱きついてくる。もう既に夏が終わり秋に差し掛かってきて、流石に夜は肌寒くなってきた。


 そのためか、秋也の体温が心地よくなってきた。しかも俺を充電するって、可愛いんですが……。


 大きな子供がいつものように、愛おしくなって頭を撫でてみる。すると俺に一層抱きついてくる。


 それが、可愛くてつい甘やかしてしまう。それから夕食を済ませて、ソファに身を寄せ合って座っていた。


「同棲なんだが、どんな部屋がいい?」


「どんなって、キッチンが充実していればいいよ」


「キッチンか……俺が決めていいか」


「おう、俺よくわかんないし」


 そこまで話して俺は、一つ疑問が浮かんでくる。こいつは既に、成人していて今年で三十歳になる。でも俺は高校を卒業するが、まだ未成年だ。


 家族に言った方がいいのだろうか……反対されるかもしれないが、この先絶対にぶつかることだから。


 俺は意を決して、不動産のホームページを見ている秋也に聞いてみることにした。


「俺未成年だし……親に言った方がいいのかな」


「空雅が言いたいなら、良いんじゃないか。でも、俺も一緒に行くのが前提だがな」


「一緒に行くのか?」


「ああ、ちゃんとご両親に挨拶しないとな」


 そう言って優しい笑みを浮かべて、笑っていてくれる。ただそれだけのことで、俺の緊張や恐怖は薄れていく。


 次の土曜日に俺たちは、両親に時間を作ってもらった。正直、少しは驚かれるかなと思っていた。


 それなのに思っていた反応と、違って俺は呆気に取られていた。しかも普通に親父のこと、お父さんって言ってお酒を注いでいるし。


「お父さん、どうぞ」


「ありがとうな……秋也くんも、飲んだらどうだ」


「ありがとうございます。でも、車ですし」


「泊まって行かれたら? 明日は、日曜日ですし」


 俺はその光景をただただ、見ているしか出来ない。人は驚くと、言葉も何も出てこないんだなと思った。


 それから秋也はとんとん拍子に、泊まって行くことが決まった。ご飯を食べて、お風呂にも入った。


 俺はその間も何も言えずに、ただただ黙っていることしか出来なかった。しかも両親だけでも、驚きなのに……。


「こんなイケメンが、お義兄さんなんて嬉しい!」


「兄ちゃん! こんなイケメンなんて聞いてない!」


 妹も弟も普通に受け入れているし、俺が可笑しいのだろうか。少しは疑問に思えよ……何だったんだよ。


 俺の不安や焦燥感は……まあ、普通に受け入れてくれるのは嬉しいが。それにしても、我が家族ながら順応性抜群だな……。


 母さんも完全に、最初から泊まらせる気満々だったし。だって俺の部屋に、布団が敷かれていたし。


 俺は何故かベッドに、座っている秋也の膝の上に座っていた。そんな状態で、後ろから抱きしめられていた。


「なあ、秋也」


「なんだ?」


「家に来たことあるだろ?」


「し、知らないよ〜」


 こいつ、隠すの下手だな。来たことないのに、トイレの位置とか知ってたじゃないか。しかもパジャマとか、ちゃんと準備していたし。


 俺の知らないとこで、両親と話していたのか? なんかよく分からないが、少しイラついてしまった。


 だから俺は立ち上がって、ベッドに押し倒した。そしてそのまま、脇腹をくすぐり始めた。秋也は本当に弱いようで、楽しくなってしまった。


「やめっ! くすぐったい!」


「やめない、ほらほら」


「何だよっ! もう降参!」


 俺がくすぐっていると、今度は逆に秋也に押し倒されてしまった。そして直ぐに、真面目な顔になった。


 いつものおちゃらけた顔も好きだが、この真面目に俺だけを見てくれる瞳も好きだ。秋也に頬を触られて、静かに目を閉じる。


 もう少しでくっつきそうな距離になった時に、ドアがノックされて弟の樹の声がした。


「兄ちゃん、彼氏さん。起きてる?」


「あー、起きてるぞ。ちょっと待て」


「空雅……」


「また後でな」


 少し不服そうにしている秋也を、跳ね除けて起き上がった。そしてドアを開けて、樹がキョトンとしていた。


「兄ちゃん、なんで顔赤いの?」


「クスッ」


「くそっ……笑うな!」


 樹に指摘されて初めて、自分の顔が真っ赤になっているのが分かった。その光景を見て、秋也が腹を抱えて笑っていた。


 俺はそんな秋也を、しっかりと睨みつけた。そして、咳払いをして樹に声をかけることにする。


「で? どうしたんだ?」


「うん。僕たち家族は、いつでも兄ちゃんの味方だから。それを言いたくて」


「樹……あんがとな」


「うんっ! おやすみ!」


 俺が樹の頭を撫でてやると、嬉しそうに自分の部屋に戻っていく。その姿を見送ってから、ドアを閉めて笑っていた。


 子供だと思っていたが、いつの間にか成長してるんだな。二つしか変わらないが、まるで子供の成長を見守る親みたいな気分になった。


 俺がそう思っていると、後ろから抱きしめられた。体温が急上昇していくのを感じて、俺は手を握ってみる。


「良い弟だな」


「当たり前だろ。自慢の弟だ」


「親バカらなぬ、兄バカだな」


「そうか? 当たり前だろ」


「バカなのは、否定しないんだな」


 何なんだよ。さっきから人のこと、バカって言いやがって。俺がそう思っていると、手を引かれてベッドに連れて行かれた。


 そしてさっきと同じように、後ろから抱きしめられていた。考えてみたら、俺こいつに関して……分からないことが、多いのかもしれない。


「秋也は兄弟とか、いんのか?」


「空雅の一つ上の妹がいるよ。言ってなかったか?」


「ふ〜ん」


「聞いてきたのに、興味なさそうだな」


 だって別に兄弟とかに、興味がないからな。まあ秋也の家族は、俺にとっては大事な人だけどな。


 それでも俺にとって、一番大事なのは秋也だから。俺がそう思っていると、より一層強く抱きしめられた。


「そういえば、親に同棲するって言ってなくねーか」


「あー、それなら空雅がトイレに行っている間に伝えた」


「……それで、なんて」


「息子を頼みますって」


 根回しがいいな……俺のために言ってくれたんだろうが、俺から言いたかったな……そう思って、少しムスッとしていた。


 すると耳元で囁かれて、変な声が出てしまった。耳に息かけるの、好きだよな……。こそばゆくて、変な感じがするんだが。

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