四十話 痩せ我慢
完全にこいつの好みは、把握してるし。弁当に入れられそうなものもあるしな。俺は何となく、寂しくなって手を軽く握ってみる。
すると秋也はこっちを見て、優しく微笑んで強く繋いできた。その体温が温もりが、段々と全身に回ってくる。
空いている手で俺は自分の顔を隠して、自分でも分かるぐらいに真っ赤になる。くそ……こういう雰囲気になれない。
なんていうか、こそばゆくてむず痒い。それでも、フワッとした感じのこの関係が嬉しいから。
言葉には、上手く表す事が出来ないが……。秋也の真っ直ぐな笑顔を見ると、心が満たされていくような気がする。
「デザートでも、食べないか」
「おう、何があんだ? アイスがいい」
「アイス……んと、桃があるぞ」
「それいいな」
必要以上にくっついてくる秋也に、終始ドキドキしていた。そんな中、アイスを注文してお店の人に一瞬変な顔をされた。
しかし、高級なお店なだけあって直ぐに笑顔になっていた。やっぱ男同士って、変に思われてしまうのだろうか。
あの学校では普通になりつつあって、完全に忘れていた。世間一般的には、可笑しいものなんだよな。
隣で鼻歌を歌っている秋也を見て、ふと思ってしまう。こいつは男同士ってことに関して、思ってないのだろうか。
俺は自分でもどうなのか、分かっていなかった。でも秋也は元々、女性が好きだろうから。それなのに、男である俺とかって意味が分からない。
別にこいつの俺に対しての気持ちは、恥ずかしいぐらいに真っ直ぐなものだから。でも不安になってしまうのは、俺がそれだけ秋也のことが好きだからなんだろうな。
「ほら、デザート来たぞ。ほい、あーん」
「あー」
「素直だな。美味いか」
「ああ、美味い」
口いっぱいに広がる桃の香りと、冷たいアイスがとても美味しい。確かに美味いが、何とも言えない気持ちになってしまう。
「何、考えてんだ」
「別に……なんて、言うか……いや、何でもない」
「そこで止められると、気になるじゃないか」
優しい瞳で見つめられて、頭を撫でられた。俺はたったそれだけのことで、不安や恐怖が薄れていくような気がした。
俺は撫でている手に自分の手を重ねて、目を真っ直ぐに見つめる。俺を見つめるその瞳が、いつもよりも綺麗に見えた。
「言っただろ? 隠すなとは言わないが、相談はしてくれ」
「今はまだ、言わないでおく。でも、いつか聞いてくれるか」
「ああ、もちろんだ」
優しく微笑んでくれて、抱きしめてくれた。心配してくれているのも分かったから、俺は力強く抱きしめ返す。
やっぱ秋也といると、言葉に現せないような不安や恐怖がなくなっていく。暖かくて優しくて、何とも言えない幸福感が胸に溢れていく。
恥ずかしくてまだ、言葉に出すことはできない。でも……いつか、この気持ちを自分の言葉で言えるようになりたい。
気がつくと支払いが済んでいたようだった。ちくちょー……このスマートさが、カッコよくて腹が立つな。
デザートを食べて、俺たちは店を後にする。手から伝わってくる体温が、いつもよりも暖かく感じた。
俺を助手席に乗せて手を離したが、俺は離したくなかった。すると駐車場だったが、秋也は優しく抱きしめてくれた。
「空雅、どこか行きたいとこあるか」
「秋也の行きたいとこ」
「……はあ、もうマジで可愛い」
そう耳元で甘い声を囁かれて、俺はますます離れたくなくなってしまう。耳元で囁かれると、体が急激に熱くなっていくような気がした。
それと同時に秋也が俺を、真っ直ぐに見つめている。その瞳が光り輝いていて、目を逸らすことが出来なかった。
「あき……や」
「空雅……」
そのまま顎をクイっと、持ち上げられた。端正な顔が近づいてきて、俺は静かに目を閉じる。
優しく触れるだけのキスをして、直ぐに離れてしまう。俺の目を見て頭を撫でて、俺を座り直してドアを締める。
足りないのにな……なんて考えている自分が、とてつもなく恥ずかしくなる。我に返ってみて、人に見られるかもしれなかった。
それなのに、運転席に座って鼻歌を歌っている秋也を見る。甘い雰囲気になっても、直ぐに元通りになる。
たまにこいつの考えていることが、分からなくて混乱してしまう。俺が色々と考えている間に、車は既に発進されていた。
「どこに、向かってんだよ」
「遊園地」
「何で、急に」
「何となく」
そう言って嬉しそうに微笑んでいるから、まあいいやと納得する。こいつの行きたいことに行くのが、俺にとっては嬉しいから。
そんなことを考えていると、高速に乗ったようだった。結構遠いとこだから、時間がかかるんだよな。
チラッと横を見ると、嬉しそうにしている秋也が目に入る。その横顔がいつにも増して、輝いて見えている。
恋は盲目と聞いたことがあるが、自分にも当てはまるとは思いもしなかった。俺がそう思って見つめていると、遊園地の駐車場に車が停まった。
「着いたぞ」
「おう……」
されるがままに、手を引かれて歩き出した。いつもなら、恥ずかしくて離してしまう。でも今は、この熱を手放したくない。
それでも、周りから変な目で見られている。俺の足がすくんでいると、気がついたように強く手を繋いでくれる。
「お化け屋敷が、有名らしいぞ」
「あー、この前。遼馬と朝陽の三人できた時に、朝陽が怖がって入れなかったんだよな」
「そうなのか……行ってみるか」
「おう!」
お化け屋敷か、行ったことないから楽しみだ。そう思った少し前の自分が、信じれないぐらいに雰囲気が怖かった。
朝陽が必要以上に怖がっていて、外観を見ることも出来なかったんだよな。そのため、こんなに怖い見た目をしてるとは思いもしなかった。
蜘蛛の巣や、おどろおどろしい雰囲気はもちろんだが……それ以上に、中から聞こえてくる悲鳴が非常に怖かった。
これは朝陽が怖がるの分かるわ。顔に出にくい遼馬も怖がっているように見えたし。これはヤバいよな。
「怖いのか」
「はあ? 何言ってんだよ。怖い訳ねーだろ」
「そっか、じゃあ入ろう」
でも今更言えねー……だって、嬉しそうに俺の手を引いていくこいつを見ながら思う。それにこいつとなら、どこへでも行けるような気がする。
絶対に言葉には出すことは、出来ないが……。手から伝わってくる体温が、恐怖と不安を無くしてくれる。
自分たちの番になって、俺たちは腕を組みながら中に入っていく。俺が若干、怯えていると秋也に言われた。
「怖いなら、途中で出てもいいんだぞ」
「怖かねーよ」
「その割には、ちゃんとくっついてんな」
「こ、これは……秋也が怖いんじゃないかと思って」
「あー、はいはい」
ちくしょー……完全にバレてやがんな。この余裕が腹たつな……と思ったが、実は若干秋也の手汗がいつもよりも多いことに気がつく。
こいつも怖いのかな……そう思うと、ずっとニコニコしてる意味も分かってきた。そう思うと少し、この痩せ我慢が可愛く思えてきた。
お化けが怖がらせてきて、かなり怖かった。それでも隣に秋也がいてくれるから、半減させてくれる。
何とか無事にゴール出来て、俺たちに何とも言えない満足感が出てくる。それだけじゃなくて、もっと一緒にいたいと思ってしまう。
ダメだ……自分でも驚くくらいに、欲深くなってきている。段々と着々と、戻れなくなってきている。
「次何、乗りたい?」
「ジェットコースター」
「……あー、他ので」
「俺、誕生日」
「……分かりました」
ジェットコースターに乗りたいと言ったら、顔色が悪くなったから苦手だと分かった。ハロウィンの時に、誕生日だからって言うこと聞いたから。
俺の誕生日の時は、完全に言うことを聞いてもらうことにする。そうしないと、腹の虫が収まらないからな。
俺は項垂れている秋也の手を引いて、乗り場まで動く。やっぱ、ゴールデンウィークだから混んでるな。
「寒くないか?」
「ああ、大丈夫だ」
「そっか、ならよかった」
そんなこと、心配しなくていいのに……と思いつつ、どんなことでも俺のことを考えてくれるのは嬉しい。
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