第九章 誕生日
三十九話 VIP
早いもので三年に進級して、ゴールデンウィーク前日になっていた。いつものように指導室で、お昼を食べて飲み物を飲んでいた。
それはいいんだが、何故かソファに座っている秋也の上に座っている。そしてニコニコ笑顔で、俺を後ろから抱きしめている。
「重たくないのか」
「ちょっと、重いけど大丈夫」
「だ……いじょぶじゃないだろ」
「そんなことよりも、三十日は空いてるか?」
そんなことって……それよりも、三十日ってことは俺の誕生日か。それって、まるでデートみたいな。
「デートに行こうと思うんだが、無理なら」
「行く! 何があっても、行く!」
「そ、そうか……朝、迎えに行くから」
「お、おう」
そういうことで当日になって、車でいつものように迎えに来た。そういえば、どこに行くんだろう。
聞こうと思ったが、鼻歌を歌いながらご機嫌だった。その横顔がカッコよくて、どうでもよくなってしまった。
そして何故か家に連れて行かれて、俺が面食らってしまった。気がつくと、スーツに着替えさせられていた。
ワイシャツとネクタイは、秋也のものだった。スーツは新品のもので、俺のサイズにぴったりだった。
しかも革靴まで準備されていて、俺は人は驚くと何も言えなくなってしまうのだと理解した。
車に乗せられてまた出発されて、そこで俺は我に返った。しかしまだ頭の中が整理出来ずにいて、思ったままを淡々と聞くことにした。
「あのさ……スーツは百歩譲っていいとして、靴のサイズまでよく分かるな」
「空雅のことなら、何でも分かるよ」
「……あっそ」
くそっ……そんなことを、よく恥ずかしげもなく言えるよな。それよりも、その言葉が表情がカッコよくてドキドキしてしまう。
こいつといると、嬉しくて楽しい。でも正直、心臓の鼓動がいつも早くなってしまって身が持たない。
つーか、どこに向かってんだ? 俺がそう思っていると、とあるお店の駐車場に停まった。
「ここに行くのか」
「ああ、そうだよ。行こう」
「お、おう」
あまりにも高そうというか、高校生が入っていいのか分からない格式の高そうなお店だった。
俺が車から降りるのを躊躇っていると、助手席のドアが開けられて手を差し伸べられた。その姿が誰よりも光り輝いていて、俺は素直にその手を掴んだ。
そしてそのまま、お店の中に入っていった。何やらお店の人と、話していて俺はキョロキョロと辺りを見渡す。
天井にはシャンデリアが吊るしてあって、なんていうか豪華だった。ただでさえ、語彙力がないのに更になくなってしまう。
「お連れ様は、未成年でしょうか?」
「はい、そうです」
「そうなると……あっ、失礼いたしました。VIP会員でしたので、問題ありませんでした。ご案内いたします」
VIP? は? すげー、こいつってたまに変に凄い時あるよな。俺がポケーとしていると、手を引かれて歩き出す。
緊張しすぎて自分でも分かるぐらいに、カクカクな動きをしていた。すると急に止まった秋也に、笑顔で頭を撫でられる。
「右手と右足が、一緒に出てんぞ」
「……ああ」
「そんな緊張しなくていいからな」
「うん……」
緊張よりも手を繋がれたままで、そんな甘い声で言われる方が恥ずかしくなってくる。おかげで、緊張は吹っ飛んだ。
しかしそれよりも、周りからの奇異な目の方が耐えきれない。俺は恥ずかしさのあまり、俯いていた。
そんな俺を聞いせずに、笑顔で歩いていく。仕方ないから。黙ってついて行くしかなくて個室に案内される。
秋也が何やら色々と案内されていたが、俺の頭の中には全くと言っていいほど入って細かった。
秋也は何やら色々と注文して、お店の人がお辞儀をした。俺もつられてお辞儀をしたら、笑顔でその場を後にする。
「空雅、そんなに顔真っ赤にして。どうしたんだ」
「するだろ……めっちゃ、見られてたし」
「そりゃあ、あんなにカクカクしてたらな」
そう言って笑っていて、それがキラキラしていて嬉しくなってしまう。それもあるが、完全に変というか九条に見られているような目線を感じた。
ふかふかのソファに、豪華なテーブル。高そうな絵画やアートまで飾ってあった。平凡な高校生が、来ていいとこなのだろうか。
それはそれとして、こいつって一体何者なんだよ。こんな高そうというか、確実に高級な店のVIP会員とか。
「つーか、お前。どこでどうやったら、こんな高級な店のVIPになれんだよ」
「いや、俺じゃないよ。VIPなのは、静香の旦那だよ」
「は? 舞浜?」
「ああ、あいつの旦那。弁護士だから」
そうなのか……あんま、深く詮索しないでおこう。VIPってこんな高級な店の、個室を使えるなんて凄いな。
「俺のために用意したのか」
「ああ、誕生日ぐらい空雅にゆっくりして欲しくて」
「つっ……俺はべ」
そこまで言って気がつくと、目の前には綺麗な顔があった。いつもとは違って、まるで獣のような瞳をしていた。
それが怖いというよりかは、ゾクリとしてしまった。目を離すことが出来ずに、そのまま目を瞑る。
頬を触られて腰を支えられて、舌を入れるキスをされる。俺は秋也のスーツを掴んで、必死にしがみつく。
秋也の瞳が俺を真っ直ぐに見ていて、このまま俺だけを見つめていて欲しいと思った。そんな時に、ドアがノックされる。
「失礼致します」
「……はい」
俺たちは我に返って、しっかりと座り直す。秋也は一瞬、嫌そうな顔していたが直ぐに他所行きの顔をする。
こいつって、凄いよな……やっぱ、大人なのだと実感する。次々と料理が運ばれてきて、美味そうだと見つめる。
俺はガン見しすぎて、ありえない大きさのお腹の音が鳴り響く。しかも個室だから、より一層大きく響いてしまった。
俺は恥ずかしくなって、顔を両手で覆って俯く。隣では肩を揺らして、笑いを我慢している秋也が目に入る。
コンニャロー、そんなに笑うな……そう思って見てみると、こっちを見て微笑んでいた。お店の人は、料理や飲み物を運び終わるとお辞儀をして個室を後にする。
「冷めないうちに、食べようぜ」
「ああ……そうだな」
俺たちは料理を小皿に移して、次々と口に運ぶ。美味っ! まじでこれもこれも、美味すぎて箸が止まらない。
「そんなに慌てなくても、足りなかったから頼むから」
「……こんなに美味いの初めて食べた」
「俺はいつも、これ以上に美味しいの食べてるぞ」
「そうなのか? なあ、そんなに美味いなら俺にも食わせろ」
俺がそう言うと何やら、考え込んで黙ってしまう。なんだ? 俺に食わせたくないぐらいに、美味いのか?
独り占めしたいぐらいなのか? それか、未成年の俺が食べれないのとか? 俺がそんなことを考えていると、耳元で甘い声で呟かれる。
「空雅の作った料理全般だよ。この世界で一番、愛情がこもっている」
「つっ……そうか」
こいつ……よくそんな恥ずかしいこと、素面で言えるよな。しかも、そんな爽やかな笑顔で……。
恥ずかしくなってしまって、俺は黙々と食べ始める。そんな俺を愛おしいものを、見るようなで見つめる。
何も食べずに見つめてくるものだから、腹減ってんじゃないと思った。そのため、俺は秋也の口元に料理を運ぶ。
「冷めんぞ。美味いか」
「……美味い」
「なら、良かった! 食べようぜ」
俺が笑いかけると、何故か秋也は顔を真っ赤にしていた。変なやつだなと思って、俺は再び食べ始める。
ひとしきり食べ終えて、俺たちは満足した。完璧に再現はできないと思うが、秋也が美味しいと言った料理を作ろうと思う。
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