三十八話 太陽

 空雅を店でバイトさせる時に、あの時の少年だけど余計なこと言うな。って釘刺した時に、意味深なこと言っていたんだよな。


 確か……「それはご両親にもよろしく伝えないとね」あの時は、未成年だしバイトの許可かと思って深く考えていなかった。


 今考えてみれば、顔見知りだったからだったのだろう。しかも、ちゃんと色々と把握している。


 我が親ながら、とても怖いと思えた。それはそれとして、一番大事なことがある。それは空雅の笑顔と、優しい心だ。


 話が終わって、俺は帰ることになった。帰り際に俺はご両親に頭を下げて、大事なことを伝えた。


「お願いがあります」


「なんでしょうか?」


「今日のことは、ご子息には伝えないで頂きたいです」


「どうしてかしら」


 俺がそう言うと微笑んでくれて、少し不思議そうにしていた。それでも俺は、とても大事なことだから目を見て伝える。


「繊細なので、変に気を使わせたくないです。もし本人が言う時は、また俺も伺います」


「分かりました。あの子のこと、よろしくお願いします」


「はい、こちらこそ。ありがとうございました」


 正直殴られる覚悟で、来たんだが……。俺は再度頭を下げて、玄関から出て車に乗って適当な場所に車を停めた。


 そこで俺は項垂れてしまって、こんな感情のままで運転したら危ないだろ。空雅のご両親がいい人で良かった。


 空雅の両親って感じの、優しくて温かい人たちだった。否定されなくて良かった……受け入れて貰えて良かった。


「マジで……良かった」


 これで家族のことであいつが、苦しむことも悲しむこともない。空雅のことも大切だが、ほんとは自分が一番不安だった。


 そんな時に、空雅から三人で撮った写真が送られてきた。自然と流れていく涙が、自分がどれだけ不安だったか分かった。


 それはそれとして、これ見よがしに三人で遊園地ですか……仲良さそうにしやがって、マジで苛立ってしまう。


「あー、ほんと俺って了見が狭い」


 思わずため息をつく……自分でも不思議なぐらいに、好きなのだと自覚する。こんなに好きになった人なんて、今までいなくて混乱している。


 こんなのあいつに絶対に見せられない。カッコ悪いとこは、絶対に見せたくない。大人の余裕を見せたいが、いつも出来ていないような気がする。


 バレンタインが終わって空雅を、不覚にも傷つけてしまった。全て俺が、元カノの写真を処分することを忘れていたから起きてしまった出来事だった。


「写真の処分の仕方が分からなくて、置きっぱにしてたからな」


 教師になって県外に行って帰ってきた時に、実家の部屋で見つけて処分しようと思ってた。


 そしてそのまま、完全に記憶から消去していた。そのせいであんなに傷つくとは、思いもしなかった。


 空雅は彼女とかいなかったと思うが、確かに好きな人の元カノとか気になるよな。好きな人か、そう思ったら少し嬉しくなった。


 それはそれとして、もう二度とあんな顔は絶対にさせない。俺は写真を適当に処分して、綺麗さっぱり痕跡を無くした。


 元々、完全に忘れてたぐらいだしな。そう思っていると、静香から着信があった。めんどくせーと思ったが、電話に出るといきなり理不尽に怒られた。


「私の電話には、さっさと出なさい」


「用がないなら、切るぞ」


「いいから、来なさいよ。今日、子供達と出かけるんだけど。旦那が来れなくなって、荷物持ちとして来なさい」


 はあ……何で貴重な休みの日に、静香と出かけなくちゃいけないんだよ。と思いつつ、俺は黙って従うしかない。


 何故なら、悪魔とは違って子供たちは天使だからだ。俺のことマジで慕ってくれていて、悪魔の血を引いているとは思えない。


 旦那の血が優秀なんだろうな……物腰柔らかな敏腕弁護士だもんな、そりゃあ優秀なはずだわ。


 何でこんな血も涙もない悪魔と、結婚したのかマジで分からない。俺の中で、七不思議の一つだと思っている。


 そんなこと言ったら、ガン殴りして来そうだから黙っておこう。それに旦那は、悪魔の悪口を言うと本気で怒ってくるからな。


 大型スーパーの屋上の子供の遊び場で、子供たちが遊んでいるのを二人で見守っていた。そんな時に、世間話の感じで興味なさそうに聞いてきた。


「そういえば、新田くんとは付き合ったの?」


「ああ、やっとな」


 静香には早い段階でバレて、ちょこちょこ弄られている。俺が本気なのがウケるのか、度々弄ってくる。


 すると急にいきなり、完全な嫌味を子供に笑顔で手を振りながら言ってくる。こいつマジで、いつか締めようか。


「あんたみたいな奴に、捕まったあの子が不憫だわ」


「うっせ。俺でも驚くくらいに、好きなんだよな」


「……惚気うざい」


「自分で聞いたくせに」


 そんな感じでいつものように、罵り合っていた。すると、更にこいつは意味の分からない可笑しなことを言い出す。


「もし、あの子が他に好きな人ができたらどうするのかしら」


「そんなことないと思うが、あいつが離れたくても離すつもりないから」


「……あんたがそこまで執着するなんて、余程のことね」


 普通に冗談と言いたいが、半分本心でもある。そんなこと絶対にありえないが、もしそんなことがあったらどんな行動に出るか自分でも分からない。


 ただこの日の光景のせいで、またもや空雅を傷つけることになるとは思いもしなかった。


 次の日。学校に行くと何故か、生徒たちから遠巻きに見られていた。何やらこっちを見て、噂をしているようだった。


 不思議には思っていたが、特に気にすることもなく教室に向かう。すると机に突っ伏している空雅が目に入った。


 心配になって話しかけようとしたら、前の席にいた女子生徒に声をかけられる。


「先生! 舞浜先生とは、どんな関係なんですか?」


「はあ? 静香? なんで、急に」


「先生と舞浜先生が、子供と歩いているのを目撃した人がいるんですよ」

「……はあ、見られてたか」


 あーなるほどな……だから、生徒たちに見られていたのか。空雅の方を見ると、明らかに傷ついている顔をしている。


 くそっ……また、不可抗力とはいえ傷つけてしまった。もう二度と、あんな顔させたくないし見たくない。


 そう思ったからちゃんと、誰でもない空雅だけには分かって欲しいから。俺は深呼吸をして、大きな声で言い放つ。


「俺と静香は従姉弟だよ!」


「従姉弟? はあ!」


 俺言葉を聞くなり空雅は、驚いた顔で立ち上がった。良かった……驚いてはいるが、もう傷ついた顔をしていない。


 クラスメイトたちから、一斉に見られたせいで顔が真っ赤になって座った。マジで可愛すぎて、今すぐ抱きしめたい。


 俺はその衝動をグッと抑え込んで、空雅の不安を無くすためたら何でもする。そう思って、大きな声で叫んだ。


「あんなんのと結婚しなくちゃいけないなら、俺は絶対に結婚しない!」


「せ、先生。そこまで言わなくても」


「いや……あの悪魔とは例え、従姉弟じゃなかったとしても絶対にありえない」


 すると、教室の扉の方から変な殺気を感じた。怖かったが、ゆっくりと見ると鬼の形相をした静香がこっちを睨んでいた。


「五十嵐秋也くーん。そこまで言うのかな?」


「はあ? うっせーよ! てめえーのせいで、あらぬ疑いをかけられてこっちは迷惑してんだよ!」


「はあ? 何よそれ! 勝手に被害者面しないでくれませんかね!」


「んだよ! それ! こっちはてめえのせいで、蕁麻疹出るようになったんだぞ!」


 こいつのせいで、空雅が傷つくし俺は気色の悪い誤解を生む。最悪すぎる、マジで俺の平穏な教師生活を脅かしやがって。


 そんな感じで、生徒たちの前だということを忘れて喧嘩していた。静香の後ろから、殺気を感じて見ると怖い顔をした教頭がいた。


「お二人とも、前にも言いましたよね。教育者として、生徒のお手本になってくださいね。ちょっとお話がありますので来てください」


「はい、すみませんでした……」


「はい、以後気をつけます」


「皆さんは、自習していて下さいね」


 職員室に連れて行かれて、みっちりと一時間ぐらい説教をされた。怖くて顔を見ることが出来なかった。


 でも怒られている時に考えていたのは、空雅のことだった。良かった……傷ついていなくて。


 あいつが傷つくことは、俺が傷つくよりも辛くて苦しいことだから。まあ話を聞いていなくて、更に怒られてしまったのはまた別の話。


 お昼の時間になったから、指導室に行くとまだ空雅は来てないようだった。何となくそわそわして、椅子やソファに座ったり立ち上がったりをしていた。


 そんな時に人影が扉の向こうに見えたから、俺が向かうと空雅がいた。俺はドアが開くなり空雅を思いっきり抱きしめていた。


 すると空雅は優しく頭を撫でてくれた。その体温が温もりが、俺の不安を消し去ってくれる。


「秋也、だいじょ」


「空雅、待ってた」


「分かったから、入れ」


 柔らかく微笑んで、一緒に指導室へと入っていく。空雅がソファに無言で座ると、その隣に座って肩に頭を預けた。


「秋也、落ち着いたか」


「ああ、空雅……その」


「舞浜のことなら、大丈夫だ。その……信じてるからな」


 信じてるか……あんなに、傷ついた顔してたのに。こいつはやっぱ、俺にとって太陽のような輝かしい存在だよ。


 俺の汚いとこも、綺麗なとこも全部受け止めてくれる。だから、たまに年下だということを忘れてしまいそうになる。


 俺は空雅を抱きしめて自然と、触れるだけのキスをした。そしてお互いの顔を見つめて微笑んで、お互いの頬を触る。


 しっかりと熱が籠っていて、胸の高鳴りが聞こえてきた。この触れ合いだけで、俺たちはとても満ち足りた気持ちになれる。


 これからも、この笑顔を必死に守っていく。恋ってつくづく、幸せになれるものだと改めて実感した。

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