三十七話 覚悟

 そこで自分の中で空雅が、どれほど大きな存在だったのかが再認識出来た。はあ……好き過ぎて、抑えが効かなくなってくる。


 真っ直ぐに俺を見てくれて、見た目だけじゃなくてちゃんと内面を見てくれる。それが俺にとってどれだけ、嬉しくて尊い存在か。


「大事にするよ、絶対に。何があっても」


「そうかい……あまり、重たくないようにね」


「……気をつけます」


 空雅のことが好きだから、大事にすると決めた。それから俺の作ったチーズケーキを、食べさせた。


 喜んでくれたようで良かった。相変わらず、ツンデレで可愛かった。それはそれとして、怖くて避けていた過去のことがバレてしまった。


 怒ってはいたが、本気ではなかったと思う。それが可愛くて、つい甘やかしたくなってしまった。


 一緒に初詣に行きたくて誘ったが、煩悩がただ増えただけだった。それと同時に、もう少し鍛えようと思った。


 だからこそ、このままでは良くないと思う。俺の誕生日の時、曇りもない眼差しで俺の家に行くと言ってくれていた。


 俺は去年も担任だったから、ご両親とは顔を何度も合わせてた。空雅のご両親だから、必要以上に気をつけていた。


 信用されているのは嬉しいが、それでも罪悪感しかなかった。そのため、俺は一つの決断をすることにした。


 元旦が過ぎて冬休みが終わってから、少ししてから俺はとある用事で新田家を訪れていた。


「今日は、いきなりのことで迷惑をかけてしまって」


「いいのよ。それで、空雅のことでお話って?」


「何かやらかしたのか? まあでも、あの子も息抜きは必要だからな」


 空雅のことで、相談があると言ってご両親に話をしに来た。空雅は星野と斎藤に頼んで、遊びに行っている。


 俺は今日、付き合っていることを報告することに決めた。大事なことだから、未成年だってこともあるし。


 これは完全に俺の自己満足でしかないことも分かっている。それでも俺は、ちゃんと伝えたいと思った。


 強がっていても、歳相応の弱さもある。俺は空雅とこれからも、一緒にいたいから。そう思って、俺は土下座をした。


「先生? どうされたのですか?」


「そうですよ。頭を上げて下さい」


 俺は深呼吸してちゃんと目を見て、しっかりと言うことにした。空雅の悲しむ顔だけは、見たくないから。


「俺と……ご子息は付き合ってます。本当はこんなことよくないと分かっております。それでも、大事にしたいんです」


「えっ? 付き合ってる? 母さん、知ってたか?」


「……顔を上げて下さい」


 そう言われて罵倒されてもいいから、俺はゆっくりと顔を上げた。怖かったが俺は顔を上げる。


 顔を見てみると、驚いているお父さん。そして空雅とそっくりな優しい微笑みを、浮かべるお母さんがいた。


 思っていた反応と違って、俺は若干の戸惑いを隠せずにいた。どうしようと思っていると、お母さんが口を開いた。


「気が付いてましたよ。五十嵐先生は隠していましたが。空雅は分かりやすいので、先生を見る目が輝いていたので」


 どうしよう、嬉しすぎる。こんな時によくないと分かりつつ、俺は嬉しすぎて顔が真っ赤になっている。


 俺たちがそんな話をしている横で、お父さんが右往左往している様子が見えた。こんな時にほんとに良くないが、その表情が空雅に似ていて可愛く見えた。


 ほんと自分でも完全に、不謹慎だという認識はあった。付き合っていることを知っていて、家に上げてくれて話を聞いてくれる。


 空雅が優しいのはこのご両親が、育ててくれたからだと分かった。それはそれとして、俺はもう一度顔を見てしっかりと想いを告げることにした。


「交際を認めてほしいです。今日はそのことを、お伝えしに来ました」


「私は別に反対じゃないわよ。あなたは?」


「俺も反対はしないが、これから辛いと思う」


 優しいな……普通こんなこと言われたら、殴られても可笑しくないと思う。もし逆の立場だったら、こんなに冷静な判断は出来ないと思う。


 やっぱ空雅の底知れぬ優しさは、このご両親からの遺伝なんだろうな。ヤバい、今すぐに空雅に会いたくなってきた。


 そのことは一旦頭の片隅に追いやることにして、俺はもう一度ご両親の目を見て真っ直ぐに伝えることにした。


「空雅が傷つくことは絶対にしないです。お恥ずかしいお話ですが、俺はこの年になるまで恋をしたことがなかったんです」


「変なことを聞くようだが、何故息子なんでしょうか」


「私たちが言うのは可笑しいと思いますが……空雅はいい子です。いつもわがまま一つ言わないで努力しています」


 そこで分かってしまった。ご両親も空雅も不器用で、弱音を吐き出すことが出来ないのだと。


 それと同時に、俺は何があっても空雅を傷つけないようにしないとなと思った。あいつは本当に辛くなるまで、弱音を吐かない。


 そのせいでいつも、我慢の限界まで溜まってから吐き出す。その頃には、もう既に心が悲鳴を上げているのに。


 そんな状態でも強がっていて、ほんの少しの優しさで涙が溢れしまう。会えなかったこの約十年間。


 あいつはどうやってその感情を、押さえ込んでいたのだろうか。きっと一人で押し殺して、なんとかやり切っていたのだろう。


「先生、大丈夫でしょうか」


「あっ……大丈夫です」


 あいつのことを考えていたら、自然と涙が出てきたしまった。俺は慌てて涙を拭って、もう一度目を見て想いを伝えた。


「不思議なんですよ。いつも去勢を張って、強がっています。それなのに、誰よりも繊細で脆くて……でも誰よりも、優しいんです」


「よく見てくれているんですね」


「お恥ずかしい話。親である僕たちには、弱い部分を見せてくれなくなりました」


 そこで気が付いたが、ご両親はとても辛そうにしていた。俺はダメだな……いつも、空雅に優しさと勇気をもらってる。


 俺がこうして先生をやっているのも、まだ幼かった空雅のおかげだ。考えてみたら今だけじゃなくて、あの頃からあの無償の優しさに助けられてきたんだ。


「言ってました。いつも自分のために、頑張ってくれているから困らせたくないって」


「そんな……そうだったんですね」


「先生にそんな話をするってことは、信頼しているんですね」


 そう言ってくれて、俺はほんとに嬉しかった。俺も両親が共働きだったから、空雅の気持ちは分かっているつもりだ。


「俺と空雅は似ているんですよ。境遇も気持ちを言えない不器用なとこも。だから分かります。大切だからこそ、伝えられないんですよ」


「……あの子は、真っ直ぐに育ってくれました」


「……ずっと後悔してたんですよ。お兄ちゃんを、無理にさせていたんじゃないかって」


 そんなことないと思う。だってあいつは、いつも兄弟のことを話す時楽しそうだから。俺やご両親にはない、愛がそこにある。


 だからこそ、辛くて逃げ出したくなる。俺もそうだったから、分かってしまう。そんな時にいつも、元気をくれる。


 俺があいつといて満たされるように、俺の存在があいつにとってかけがえのない存在であってほしい。


「無理なんてしてないと思います。俺にも空雅の一つ上の妹がいるんですが、歳が離れているのでよくお世話をしていました」


「大変だったでしょう」


「はい、正直。何度も嫌になりました。でもそんな時に、俺と同じように悩んでいる少年に出会ったんです」


 そこまで言って俺はもう一度、ご両親の方を見て微笑む。俺はあの時を思い出して、優しい気持ちになっていた。


「その少年は色んなことを話してくれました。学校でのことや、友達のこと。そして大事な家族のことを」


「もしかして……その少年って」


「はい、幼い頃の空雅でした。今と変わらずに、繊細で優しくていい子です。俺は空雅のおかげで、こうして教師をすることが出来ているんです」


 俺はそう言って再度優しく微笑んだ。これは嘘偽りない俺の本心だ。もし会うことがなかったら、今でも燻ってよくない方向に行っていただろう。


 今こうして笑っていられるのも、全部幼い頃と今の空雅がいてくれたから。俺は空雅と出会えたことが、人生で一番の幸運だ。


 今の俺のほとんど、全てと言って間違いないだろう。俺がそう思っていると、予想とは違い斜め上の回答が返ってきた。


「あー、先生がケーキのお兄さんだったのね」


「ケーキのお兄さんですか?」


「そういえば、空雅がよく言っていたな。優しくてケーキをくれるお兄さんがいるって」


 そんなこと話していたのか。考えてみたら、小さい子が両親に何も言わずにケーキ貰うことないよな。


 空雅って昔から真面目だったからな。言っていて可笑しくはないが、ケーキのお兄ちゃんって表現……。


 あまりにも可愛すぎて正直、かなりニヤけてしまった。俺は気を取り直して、咳払いをして頭を下げた。


「高校生の時とはいえ、勝手にすみませんでした」


「いえいえ! とんでもないですよ。私たちの方こそ、何度もお店に伺ったのですが。お母様とは、お話したんですよ」


「えっ! そうなんですか? 母からは何も聞いてないです」


 俺が知らないとこで、お袋が空雅のお母さんと話していたとは。通りで話が速かったわけだ。

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