三十六話 敵わない
見えそうだったから、かなりヤバかった。見なくてよかったかも、我を忘れそうで少し自分でも怖かった。
「もうそろそろ、いいか」
「ああ、いいぞ」
「……なんで俺の上着」
「寒かったから」
こいつ……なんで、こんなに可愛いの? なんなの? マジで無自覚すぎて、心配になってくる。
あーダメだ……さっさと、治療して着替えよう。このままじゃ、マジで理性が機能しなくなりそう。
俺は無言で空雅の左足を持ち上げると、一呼吸置いてから大声で叫ばれた。
「お、おいっ! 何してんだ!」
「何って、消毒するには持ち上げないと。それとも、後ろ向きでやるか?」
「それは無理……」
「じゃあ続けるな」
ヤバい……完全に見えているから、ニヤニヤが止まらなかった。正直「こんなもの入れるな!」って、怒られると思っていた。
履いてくれた事実が嬉し過ぎて、ニヤニヤが更に止まらなくなってしまう、左足をソファの上に上げて、消毒をし始める。
色々とマズいかもしれないな……この素足の状態ってストッキングよりもエロくて、白い素足がとにかくヤバかった。
しかも消毒が少し痛いのか変な声が出ていて、ほんとに色々とマズい。さっさと終わらせて、空雅を着替えに行かせる。
「じゃあ着替えてくるな」
「ああ……早く着替えて来い」
着替えが、終わって車に乗って適当に走らせる。道中、空雅の様子がいつもと違ったから心配になった。
「俺が知らないお前がいるって思うと、胸が苦しくなるんだよ。歳の差もあるしさ、時々不安になってしまう」
俺は思わず抱きしめてしまう。分かるよ……俺だって同じだから。好きだから、不安にもなるし幸せになる。
常に相手のことを考えてしまって、ため息が出てしまう。それでも笑っていてくれれば、それだけで心が満たされていく。
空雅に会ってからいつも、知らない自分が生まれてくる。でもきっとこれは、最近出来たものじゃない。
今まで、こんなに好きな相手がいなかったから。俺は空雅の頭を撫でて、自分でも驚くくらいの弱々しい声で告げていた。
「俺だって、不安だから……こんなに好きになったの、空雅が初めてだから……いつだって、不安しかない」
「あき……や、俺」
「はあ……悪い……お前の前では、カッコ悪いとこ見せたくないのにな」
「カッコ悪くなんかない……」
あー、もう……ほんとはこんな、カッコ悪い自分見せたくない。でも他でもない、空雅がカッコ悪くないって言ってくれる。
ほんと、こいつは優し過ぎて時々不安になってくる。俺以外に、その無意識な優しさを見せないでくれ。
醜い独占欲を口に出せたら、どんなに楽なことか……泣いている顔を見せたくなくて、でも溢れてくる涙を抑え込むことが出来なかった。
空雅に優しく背中を摩ってもらって、少し落ち着いて涙が引いてきた。そこで、とあることが気になった。
そのため何気ないことのように、いつもの調子で聞いてみた。その時の俺を見つめる瞳が、キラキラしていた。
「遅くなるって親御さんには、伝えたのか?」
「ああ、秋也の家に行くって伝えたぞ」
「それで……なんて」
「五十嵐先生なら、大丈夫ね! って言ってた」
「……信用されているのは、嬉しいが……若干、罪悪感が……」
空雅を心配させまいと、つい若干と言ってしまった。罪悪感の塊しかないんだが……こいつは、俺のこと信じているし。
ご両親になんて言えばいいのか、分からないから罪悪感が増していく。はあ……いつかは、ほんとのこと言う時が来るよな。
いつまでも、こうして隠しておけるはずないからな。その時は何があっても、絶対にこいつが泣かないようにしないとな。
そう思って空雅を見ると、寒くなってきたのか両腕を摩っていた。俺は座席に、置いていた上着をかけた。
寒くなってきたから、毛布ぐらい用意しとくべきだな。明日にでも、毛布買いにいくか。風邪ひかれたら、困るからな。
そう思って見つめていたら、空雅のお腹の音が車内に響き渡る。なんかそれを聞いたら、お腹が空いたってことは元気な証拠だ。
そのため嬉しくなって、つい爆笑してしまう。俺はたまには、外食もいいかと思って提案してみる。
「折角だし、どこかに食べにいくか」
「いいな、どこでもいいぜ」
いや……待てよ。やっぱ、空雅の作ったもの食べたい。夜には帰ってしまう訳だし、もう少し二人でいたい。
「やっぱ、やめとこう」
「は? なんでだよ」
「なんでって……空雅の作ったのがいいに決まってんだろ」
「あっそ……何が食べたいんだよ」
運転していると、カレーの看板を見つけた。空雅の手作りなら何でもいいんだが、カレーなら時間かかるし。
一緒の時間をたくさん作れそうだから、カレーでいいか。別に何でもいいしな、と思い口に出した。
「う〜ん、カレーがいい」
「誕生日なのに、そんなんでいいのかよ」
「空雅が作った物なら、なんでも美味いだろ」
「つっ……材料ないから、スーパーに寄って」
「了解」
あー、マジで幸せを噛み締める。スーパーに寄って、買い物をして帰って料理を作ってもらう。
何なのこれ……まるで、新婚みたいで満ち足りた気持ちになった。これからも、この光景が日常であり続けたいと思えた。
クリスマスイブの日、完全に空雅の様子が可笑しかった。そのため俺は駐車場に車を停めて、話を聞くことにした。
「駐車場に着いたぞ。何かあったのか」
「な……んでもない」
め
「なんでもないって、顔してない。隠すなとは言わないが、少なくとも俺の前では強がらなくていい」
「もし……もしもの話だが……家族に俺たちの関係性を否定されたら、秋也はどうする」
空雅……そっか、そうだよな。俺だって不安になるんだから、気になってしまうよな。否定されたらか、特に考えていなかった。
付き合ってほしいと言ったことに、嘘偽りはないし後悔はない。そうだな……認められなかったらか……そんなの、答えは一つしかない。
「俺は……そうだな。認めてくれなかったら、認めてもらえるまで。何度でも、土下座してでも空雅の隣にいる」
「あっ……俺は」
「いいよ、無理しないで。焦らなくていいんだ。ゆっくりで、少しずつでいいんだよ。俺たちなりのペースで」
とにかくこの日は、空雅の不安を取り除くことが最優先事項だった。手伝いが終わって、空雅を部屋に招き入れる。
ケーキと飲み物を準備するために、台所に向かった。それから俺は一人で色々と考えていた。
ほんとは告白するつもりも、付き合うつもりもなかった。だって男同士とか、歳の差もあるから。
俺は別に偏見もないし、男女関係なく誰かを好きになるって素晴らしいことだと思うから。
「それでもな……流石にダメだよな」
一人で呟く声はいつもよりも弱々しく感じて、このままじゃダメだと改めて認識する。空雅は可愛い、いつも一生懸命だ。
その笑顔にその真っ直ぐさに、何度助けられてきただろう。俺が少しナーバスになっていると、お袋に声をかけられた。
「どうしたんだい?」
「あー、なんでもない」
「あのね……何年、あんたの親やってると思っているんだい。悩んでいるのなんて、見て直ぐに分かるよ」
そんなに分かりやすいのだろうか。これでも昔に比べて、顔に出さないように出来るようになったつもりだった。
特に空雅の前では、カッコいい大人でいたい。俺は堪らずにその場にしゃがみ込むと、お袋は何も言わずに背中を優しく叩いてくれた。
その優しさが暖かさが、やっぱ親って凄いやと思えた。空雅とは違うその暖かさが、俺の心の隙間を埋めてくれる。
俺は涙を拭って立ち上がって、お袋を見て笑った。するとお袋に背中を勢いのままに、叩かれた。
「痛っ!」
「あはは、痛いかい?」
「当たり前だろ。でも、ありがと」
よく分からないが、力強い応援をもらったような気がする。この歳になってもやっぱ、親っていいなって改めて思えた。
俺がそんな風にしんみり考えていたら、突然に変なことを言い出す。驚いてコーヒー、溢してしまったじゃないか。
「空雅くんと、付き合ってるのかい?」
「……なんで」
「見ていれば分かるさ。あんた、分かりやすいから」
「……マジか」
空雅の家族のことしか考えていなかったから、うちのこと完全に忘れていた。どうしようと思っていると、もう一度強く背中を叩かれた。
「痛っ!」
「お前には勿体無いぐらい、あの子は本当にいい子だ。泣かすんじゃないよ」
「分かってるよ。ほんと俺は、あいつに一生敵わないから」
空雅は俺にないものをたくさん持ってる。あいつにとっては、家事も全て自然とやることの一部だ。
凄いことなのに、当たり前のようにこなしている。ついつい俺はそれに甘えてしまう。今までいた彼女にも、させてなかったのに。
むしろ、パーソナルな部分に触れさせないようにしていた。まあ俺がだらしないのは、事実だが……。
「あんたと仲の良かった悟くんも、莉緒くんも家には入れなかっただろ。彼女がいても連れて来なかっただろ。だから、分かったんだよ」
「あー、そう言われれば……」
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