三十四話 好きなんだよ

 でも空雅は違う、俺の内面を見てくれている……と思う。じゃなきゃ、大変な家事とかやってはくれないだろう。


 俺もいい加減、覚悟決めないとな……とは思いつつ、悟に相談しても結局何も分からなかった。


 あいつが悪いんじゃなくて、俺が意気地無しなだけ。俺がため息をついて、グラスに残っている強めの酒を飲む。


「ハイペースだな。大丈夫か」


「あー、なんか。最近、酔いたくて……酔わないと不安なんだ」


「相当なのな……そこまでなのか……でも、酒はやめろ。身も心も滅ぼすからな」


「……分かってるが、キツいんだよ。好きすぎて」


「……はあ、惚気乙」


 結局、結論が出ないままにその日はお開きになった。今思えば、あの時ちゃんと莉緒の気持ちを聞いておけば良かったと後悔することになった。


 文化祭当日になって、空雅を連れ回すことに成功する。たこ焼きや焼きそばを、美味しそうに頬張る空雅が可愛かった。


「ほい、あーん」


「自分で食べれる!」


「あー、はいはい」


 そしてついに本番の時。若干というか、かなり変な目で見られたが……俺は射的を頑張っていたが、一向に落ちる気配がなかった。


 そんな時だった。後ろで腕を組んで見ていた空雅が、舌打ちをして銃を奪った。そして職人の目で、準備を始める。


 どこから出したのか、ハンドクリームをコルクに塗っていた。あまりの迫力に戸惑った俺は、話しかけるが怒られてしまった。


「あの、新田さん……」


「煩い……気が散る」


「あっ……はい」


 俺は緊張感が漂う中、引き金を引く空雅を見守る。見事命中して箱は落下すると、遠巻きに見ていた連中に拍手されていた。


 それと同時に、俺は恥ずかしさと嬉しさが混じり合っていた。恐らく空雅はあの箱の中身を知らない。


 それなのに、俺のために頑張ってくれた。意味や中身を知っていたら、絶対にあんなに真剣にはなってくれないだろうから。


「すごっ……」


「あの景品、中々落ちなくて。難攻不落と呼ばれているのに、名人か」


 そんな会話が聞こえてきて、こいつは胸を張って喜んでいた。それが可愛すぎて、顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまった。


 すると何も考えていない店番をしていた三年に箱を渡されていた。空雅が包装紙を破こうとしたから、慌てて大声を出して箱を奪った。


「ちょっ! ここで開けんな!」


「はあ? 俺が落としたんだから、見る権利あるだろ!」


「うぐっ……ど正論を……とにかく、ここではダメだ」


 俺は周りからの奇異な目に、晒されるのが耐えきれなくなった。そのため、四階の立ち入り禁止のところまで連れて行った。


 そこでお揃いのネックレスを付け合った。笑われてしまったが、それでも付けてくれたから嬉しかった。


 劇をする前の空雅の様子が可笑しかったが、もう既に着替え終わっていた。そのため莉緒にお願いして、探してもらった。


 莉緒は舞台袖に来たが空雅の姿がなく、俺は不思議に思って聞いてみる。


「莉緒、新田は?」


「あー、トイレに行ってから来るって……」


 なんとなく莉緒の様子が可笑しかったが、空雅のことしか頭になかった。この時、無理にでも探しに行くべきだったと後悔することになる。


 劇の最中も俺の頭の中は、空雅のことしかなかった。いつになっても見に来ない、空雅のことが気になっていた。


 最後らへんに客席の後ろの方に、辛そうにしている空雅を見つけた。俺はもう既に着替えだけは、済ませていた。


 空雅のことが気になったから、行こうとしたら莉緒に呼び止められた。正直、空雅の方が大事だから聞きたくなかった。


「秋也! 新田くんのことで、話がある」


「ちっ……なんだよ」


「……ここじゃ、ちょっと」


 空雅のことと言われたら、聞かないわけにはいかない。そのため、誰も来ない場所に連れて行った。


 道中もずっと黙っている莉緒に、段々とイライラしてきた。だから、俺はつい大声で怒鳴ってしまった。


「おい! 黙ってないで、早く要件を言え」


「そんなに、あの子のことが好きか……」


「好きだが、お前には関係ないだろ」


 そう言うと莉緒は突然、泣き出してしまった。俺はよく分からずに、オドオドしていると思いもよらないことを言われた。


「……き、なんだよ。俺は初めて会った時から、俺はお前が好きなんだよ」


「は? なんで」


「……お前は嫌だろうが、一目惚れだよ。それに、他の奴には心開かないのに……俺や悟には笑っていただろ……そんなん、諦めきれないだろ」


 衝撃だった……マジかよ。悟の時も驚いたが、莉緒もだったのか。嫌われるよりは、好かれていた方が嬉しい。


 素直にそう思うが、友情だと思っていたのは俺の方だけだったのか。それにしても全然気が付かなかった。


 そうか、こいつは役者だから上手く隠していたんだろうな。待て……それと空雅の件がどう重なるんだよ。


「お前、もしかして……空雅に何か言ったのか」


「……ごめん」


「答えになってないだろ!」


 莉緒は謝っていたが、全くもって答えになっていない。俺は怒りで我を忘れて、両腕を掴んで睨みつけていた。


「……俺の方が先に、秋也のこと好きだった。なのに、男で生徒のお前なんだよ……って言った。でも、直ぐに謝ったんだけど……」


「ざけんなよ……」


「えっ……」


「ふざけんな。謝って済む問題じゃねーよ」


 そう淡々と冷たい目で告げて、背を向けて歩き出す。そして顔を見ると、殴りそうになるから見ずに告げた。


「もう二度と、その面見せんじゃねー」


 後ろから啜り泣く声が聞こえたが、俺は構わずにその場を後にする。その後必死に空雅を探すと、校舎裏で泣いているのを発見した。


「ここじゃ誰が聞いてるか分からないから、ちょっと抜け出そう」


 強引に車に乗せてとりあえず、当てもなく走らせた。海まで近いようだったから、海まで走らせて車を停車させる。


 聞いても莉緒のことを庇っているのか、言いたくないようだった。どうしてお前は、そんなに優しいんだよ。


 俺は両手首を掴んで無理矢理に、俺の方を見せた。辛くて涙が溢れていて、相当に無理しているのは明白だった。


「俺だって、分かんねーよ! 好きだって思ったのも、一緒にいたいって思ったのも! 五十嵐以外いなくて……誰かと、話していると胸が痛くなるのも……他にいなくて」


「自惚れじゃなくて俺のこと、好きってことでいいのか」


「そうだよ! 好きなんだよ……俺は、お前が!」


 俺は嬉しすぎて気がつくと、口を口で塞いでいた。頭と腰を支えて、優しく強く抱きしめた。


 空雅は混乱していたようだが、それでも首に腕を回してくれた。必死になっている空雅が可愛くて、もっと欲が出てきてしまう。


 いつも以上に伝わってくる体温と、鼓動が俺と同じようにドキドキしているのが分かった。


「いがら……」


「好きだ、空雅。順番がおかしかったが、俺と付き合ってほしい」


「ああ……いいよ」


 了承されたのが、嬉しくて舌を入れた。空雅のことを大事にしながら、完全に本能のままに舌を入れて掻き回す。


 本気でやったからか、空雅の体がビクンと跳ねた。俺は我に返って、力が入らなくなった体を支えた。


「はあ……はあ……」


「ごめん、抑えられなくて」


「今、何が……」


 あまりにも可愛くて、ヤバかった。我に返らなかったら、マジで手を出すとこだった。現時点で、かなりアウトなのに……。


 空雅は莉緒のことを気にしているようで、少し焼いてしまった。こんな時に、他の奴のこと考えるな。


 それでもこいつは、優しいから無視できないんだろうな。まあそんなとこが、本気で好きなんだが。


「ダメだろ。逃げずに話し合えって、お前が言ったんだろ。友達は、一生もんなんだろ」


「……確かにそう言ったけど……。頭では分かっていても、許せないこともある」


 空雅の言っていることは、間違いなく正論だった。俺がそう思っていると、見上げられて目を見て言われた。


 上目遣いが可愛くて、つい目を逸らしてしまいそうになる。それをグッと堪えて、俺は真剣に話を聞くことにした。


「これから何かある度に、そうやって友達遠ざけていくのは違うだろ!」


「……分かっているよ。でも、今は時間が欲しい。それに、空雅と一緒にいる方が大事だ」


 分かっていても、理解できないんだ。確かに言い方は良くなかったが、莉緒だって悪いだろ。


 世界一優しくて繊細で努力している空雅を、何も知らないで否定した。そんなの許せるはずないだろ。


 でもちょっと頭に血が昇っていたとはいえ、完全に言い過ぎた自覚はある。少し時間をくれれば、向き合えると思う。


 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、違う話題に変えてくれた。ほんとなんで、こんなに優しいんだよ。


「この、ネックレスの意味について教えろ」


「んー、まあ……このネックレスを取ったカップルは、幸せになれるっていうジンクスがあるんだよ」


「……恥ずかし」


「煩いな……だから、言いたくなかったんだよ」

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