第八章 秋也の想い

三十三話 恋愛って難しい

 修学旅行から、帰って来てから色々と考えていた。俺は中学からの悪友の悟に、恋愛相談をするために約束を取り付けた。


 そこで指定された店が、オシャレなバーだった。まあ偏見はないが、此処っていわゆるゲイバーだよな。


 来たことないから知らなかったが、普通にキスとかしてるのがいる。別になんとも思わないが、なんか凄いなと思った。


「で? 恋愛相談って」


「俺さ、好きな奴いんだよ」


「俺一応、お前に失恋してるんだが」


「あー、すまんすまん」


「思ってないだろ」


 悟は大袈裟に泣き真似をしていたが、俺は全く興味を示さなかった。だってこいつはもう、俺に対しての感情とかないだろ。


 だってこいつ、普通に大学時代に恋人いたし。今だって、ずっとこっちを睨んでいる奴がいるし。


「まー……いいや、今俺恋人いるし」


「ふーん、どんな奴?」


「あそこで、こっち睨んでる奴」


 指さされた方向を見ると、こっちを見て睨んでいるイケメンがいた。やっぱそうかと……ふーんと、俺は興味なさげに見る。


「お前、興味ないだろ」


「ない」


「あっそ……じゃあ、俺帰るな」


「あー! ごめんって、ほら座って」


 俺が即答すると、間髪入れずに立ち上がろうとした。そのため、俺は直ぐに悟を引き留める。


 つい癖で怒らせてしまいそうになる。ダメだ……今日は空雅のことをどうするか、俺よりも恋愛に詳しい悟に聞くことにしたのだ。


「で? その好きな奴って?」


「名前は出さないでおくが、大久保の友人」


「……あー、そういうことね」


 大久保のことを出して、俺が高校教師だからなんとなく察してくれたみたいだった。驚いてはいたが、引いてはいないようだった。


「秋也はその子のどこが、好きなんだよ」


「全部だな。可愛いし、カッコいいし。家事全般得意だし、ツンツンしてると思ったらデレるし。後それから」


「分かった。もうその辺でいい」


 そう言う悟の顔は真っ赤になっていて、別にお前に言ったわけじゃないのに。変な奴だなと思っていると、今度は嬉しそうに微笑んでいた。


「基本人に興味のないお前が、そこまで本気なのは友達として嬉しいよ。そのまま、伝えたらいいじゃないか」


「でもな……相手は男だしな」


「お前、少しは隠せよ」


「まー、いいじゃん」


 俺が何も隠さずに言うと、周りが少しざわつくのを感じた。此処ってゲイバーだろ、別に普通じゃん。


 俺はそう思ったが、悟はため息をつきながら助言をしてくれる。こいつって、本当に優しいよなと思う。


「はあ……お前が思ってるほど、男同士は単純じゃないぞ」


「知ってる」


「ノンケのお前が、こっちに来るとはな」


「俺も驚いてるよ……人を好きになるって、辛いんだな」


「でもその分、幸せもあるんだ」


 知ってる……辛くて逃げ出したい時に、いつも隣で笑っていてくれる。たったそれだけで、どんなに救われるのか……。


「まあ、頑張れよ。同姓同士でも異性同士でも、恋愛は難しいだろ」


「ああ、そうだな……」


「その子が秋也のこと、好きな確証はあるのか」


「多分、間違いない。キスも拒まれないし」


 俺がそう言うとより深いため息をついて、グラスに残っていた酒を一気飲みしていた。俺は変なことを言った自覚はあるが、それでも自惚れではないと思う。


「……俺も大概だが、少しは自重しろ。周りの視線が痛い」


「いいだろ、別に」


 こんな風に相談はしているが、実の所高校卒業するまでは付き合うのは良くないと思っている。


 告白する気もなかったから、どうすればいいのか分からないんだよ。あいつといると、欲が出てきてもっと欲しくなる。


 気がつくと目で追っていて、四六時中考えている。今日だって、さっきまで一緒にいたしな。


 合鍵を渡したのだって、俺がいない時に来て雨の中待ってたりするからだし。そこまでしてくれる奴を、諦めるなんて俺には出来ない。


 でもな……あいつは一時期、大久保のことを思っていた。俺はそんなあいつをずっと、眺めていたから分かる。


 真実を知りたいが、今の俺にはそんなことを聞く勇気なんてない。今だけでなく、きっとこれからもないだろう。


「とにかく、その子の気持ちをしっかりとだな……頭痛い」


「ったく、変な飲み方するからだ」


「触るな。俺が連れていく」


 俺が倒れそうになっている悟に、肩を貸そうした。その時にさっきから、睨んでくるイケメンくんに静止された。


 怖っ……そんなに睨まなくても、取ったりしないのに。俺はそう思って、目を逸らしてしまう。


 そしてちびちびと、酒を飲み始める。すると舌打ちをして、悟をおんぶして会計を済ませて店を後にしたようだった。


 考えてみたら恋人が、どこまで話しているか知らんが……知らん奴と、仲良さそうに話していたら気分良くないよな。


「はあ……」


 俺もそこで酒がなくなったから、会計を済ませて店を後にした。タクシーを呼んでもらって、帰るとさっきまでいた空雅がいない。


 当たり前か……俺はその場に座り込んで、寂しいなと感じた。あいつはここに泊まりたいって言ってくれるが、そんなのいいはずがない。


 修学旅行の時もかなりヤバくて、我慢したのに……。あの時は自由行動を一緒に出来ないから、せめて一緒にいたかった。


 ただそれだけだったが、寝顔を見てしまったせいで欲が出た。唇に何度も触れては、ダメだと自分を諭す。


「……シャワーでも、浴びるか」


 そうやって一晩中、空雅に手を出さないようにした。かなりの苦行を強いられたが、自分で巻いた種だった。


 それに空雅を他の部屋に移動させるのは、絶対に嫌だった。あいつ気づいてないが、女子よりも男子にモテるんだよ。


 可愛いし気が効くし、意外と家庭的だしな。モテないはずがないんだよな。だから、俺みたいに変な気を起こす奴がいないとも言えないからな。


 あくまでもこれは、この無防備な無自覚を守るためだ。まあ、完全に俺が一番危ないんだが……。


 修学旅行はなんとか乗り越えたが、空雅の本心が知りたい。明らかに俺のことが、好きなのは明白だった。


「理由はなんだろか……」


 自分で言うのもなんだが、俺ってだいぶ子供なんだよな。星野への行動もそうだし、全てにおいて……。


 そんな俺を好きな理由は、顔以外であって欲しい。少し泣きたくなる自分とは裏腹に、悪酔いをしているようで頭が痛かった。


 俺は立ち上がってベッドに潜り込んで、俺は考えるのを放棄した。目が覚めるといつもの日常の繰り返し。


 いい加減腹を括って、空雅との仲をどうするか決めないとな。とにかく今は、隣でいられるだけで満足だわ。


 この学校の文化祭には、俺がいた頃にはなかった新しいジンクスが出来た。それは三年の教室で、催している射的がある。


 その的にネックレスがあり、それを落としたカップルは幸せになれるという。俺はそれが欲しかった。


 それは単純に建前で、ただ空雅と文化祭を回りたかった。高校の時に彼女もいたが、相手に言われたから回っただけだった。


 でも俺は空雅と回りたいと思った。昔の俺を知っている悟や莉緒からしてみれば、驚きだったに違いない。


 文化祭の準備の時に、高校を卒業して直ぐに俳優デビューした悪友の皇莉緒を呼んだ。しかし、俺以外に役者の才能がなかった。


 俺にあっても困るんだが、莉緒がそう言うのならそうなのだろう。今日はその莉緒に話があると言われて、会員制のバーに来ている。


「うへー、高そう」


「そりゃあな。ここは芸能人御用達だからな」


「まるで芸能人みたいだな」


「あのな……俺は芸能人なんだよ」


 そう言って結構強めのウィスキーを飲んでいる。その様子がいつもと違って、何か悩んでいるようだった。


 声をかけるべきなのか、でも俺には分からない仕事のことかもしれないし。俺がそんなことを考えていると、莉緒が口を開いた。


「新田くんだっけ? 好きなのか」


「ああ、好きだ。突然なんだよ」


「別に……」


 そう言って、黙って酒を飲んでそっぽを向いてしまう。変な奴だな……自分から聞いたくせに、泣きそうな面してるな。


 どうすればいいのだろうか。空雅になら抱きしめて頭撫でるのに、こいつにそんなこと出来ないからな。


「もう付き合ってるのか」


「まだだよ。相手は、歳離れてるし。卒業するまでは言わないつもり」


「……お前、マジで変わったよな。昔は取っ替え引っ替えだったのに」


「人聞きの悪い言い方するな。相手に泣かれて付き合って、相手から怒られて別れてただけだ」


 莉緒が笑いながら言ってくるものだから、若干イラっとしてツッコむ。まあ自分でも、最低なことしてた自覚はあるからな。


 あの頃は人を好きになるって、こんなに辛くてでも楽しいものだとは知らなかった。相手から告白されて、付き合っていただけ。


 しかも見た目だけで、俺のこと全く見てくれないから好きになんてあるはずもない。付き合う時も、付き合わないと死ぬとか喚いていたからだし。


 その上、俺が好意を見せないと怒られる。そんな奴のこと好きになるなんて、ありえないだろう。

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