三十一話 過保護

 しかもいつの間にか、座布団も置かれているし。前から思っていたが、こいつって過保護だよな。


 やっぱ俺のこと、子供か何かだと思ってんだろ。まあでも、嬉しそうに弁当を食べてるしいいか。


「美味いか」


「おう、今日はやたらと豪華だな」


「いつもより早く、目が覚めたから。おかげで眠い。ふわあ……」


 やばい……眠い。腹は減っていたが、それよりも眠気の方が優っていた。最近、ろくに寝ずにお菓子のことしか考えていなかったからな。


 それと毛布や暖房が効いているのもあって、俺は気がつくと完全に寝ていた。頭の下に何やら柔らかいようで、ゴツゴツしたものがあった。


「んー、硬い」


「悪かったな、仕方ないだろ」


「んー、あき……や」


 目を開けると、優しい瞳をした秋也と目があった。そこで俺は膝枕をされていることに気がついた。


 そのため俺は直ぐに起き上がったが、バランスを崩して倒れそうになった。しかし痛くなくて、目を開けるとソファに押し倒される形で守ってもらっていた。


「大丈夫か」


「あ、うん。だ……いじょうぶだ」


「そうか、なら良かった……」


 俺の無事を確認にしてから、直ぐに秋也は立ち上がった。そして何やら、顔を赤くして狼狽えていた。


 変な奴だなと思ったが、俺も恥ずかしかったから何も言わなかった。そして、腹がぐうと鳴ってしまったから弁当を食べ始める。


 自分で言うのもなんだが、今日も上手く出来たな。そう思って卵焼きを口にすると、咽せてしまった。


「ゴホッ……」


「大丈夫か?」


「わり……卵焼き、砂糖と塩の分量間違えたみたいだ」


「ああ、確かに。ちょっと、しょっぱかったな」


 そう言って普通に笑っていて、嬉しかったが心配になった。作った本人でさえ、食べれないのに……。


 自分が悪いから、あまり強く言えないが……。それでも自分の体の心配をしてほしい。そう思っていると、頭を撫でられた。


「どうした?」


「無理に食べなくていいからな。体悪くすんぞ」


「無理なんてしてない。空雅が作ったものは、何だって食べるさ」


 そんないい笑顔でそんなこと言うの、本気で止めてほしい。今直ぐに抱きつきたくなってしまう。


 こんなんじゃ、あの二人のこと言えないじゃないか。こいつって本当に、俺のこと甘やかしすぎだろ。


 俺は急いで残りの弁当を食べ、お茶を飲んでいた。そしたらこいつは、何も言わずにチョコブラウニーを食べていた。


 どうなのだろうかと、俺はチラチラと見ていた。すると不意に目があって、微笑まれたから思わず目を逸らしてしまう。


「美味いな。また作ってくれ」


「来年の今日な」


「……そうだな」


「何だよ。その煮え切らない答えは」


 何故か、嬉しそうにしているこいつの真意が分からずにいた。でも、その表情を見ると胸が熱くなってしまう。


 すると口元にチョコが運ばれてきたから、何も考えずに口にした。すると口いっぱいに広がる甘い味が、心を溶かしてくれるような気がした。


「俺も作ってみたんだけど、美味いか」


「ああ、お前にしては上出来だ」


「喜んでくれて、良かった」


 チョコみたいな甘い声で言うんじゃねーよ。チョコの味よりも俺のために、作ってくれたことに胸がいっぱいになってしまう。


 こいつはもう……ほんとにカッコよくて、基本的にズルいと改めて思った。でもそんなこいつが好きな自分はもう、色々と手遅れなのもしれない。


 そう思ってしばらく見つめ合った後に、気がつくとお互いの唇と優しく重ねていた。


 ここは学校だって分かっているが、それでもこの熱を手放すことは出来なかった。


 あの恥ずかしいバレンタインが、終わってから早いもので一週間が経過した。秋也は、風邪を引いてしまったようだった。


 最近咳してたから、喉飴だったりハチミツだったりを食べさせていた。しかしそれでも、風邪が酷くなってしまった。


「よしっ、行くか」


 俺は学校帰りにスーパーで、必要なものを揃えていた。休むぐらいなら、俺に電話やメールぐらいしろよな。


 こんな時に何も出来なくて、恋人とか言えないだろ。何も言わずに看病に向かっているが、大丈夫だろうか。


 俺はもらっていた合鍵で、部屋に入るとベッドで寝ている秋也を見つけた。おでこを触ってみると、相当熱くて苦しそうだった。


 俺が熱さまシートを貼っていると、寝言を呟いていた。それが可愛くて、更に甘やかしてしまいたくなる。


「くう……が」


「ここに、いるからな」


 俺は乱れている布団を掛け直して、お粥の準備をしてやる。こいつのことだから、ろくに食事とってないだろうから。


 冷蔵庫を開けると、作り置きしていたおかずがなくなっていた。ちゃんと食べてるなら、まあとりあえず大丈夫そうだな。


 お粥が完成したが、まだ起きそうになかった。そのため少し部屋が、散らかっていたから片付けを始める。


「これ……はあ、まあこいつも男だしな」


 ベッドの下にエロい本がたくさんあって、しかも全部巨乳ものだった。こいつも、我慢しいているのだろうか。


 それはそれとして、それをちゃんと本棚に戻しておく。嫌がらせのつもりだったが、自分でも酷いと思った。


 秋也を見てみると、熱が下がってきているようだった。俺は安堵の声を出して、もう一度掃除を始める。


 そこで本棚の横に、段ボールが置かれているのに気がついた。よくないと思いつつ、その中身が気になってしまった。


 ダンボールの上に埃が溜まっていて、しばらく開けていないのは直ぐに分かった。だからこそ気になってしまった。


「アルバム?」


 昔のアルバムか? 俺は一番上にあったアルバムを開けてみた。これ、多分元カノとのアルバムだな。


 そんなにいっぱい写真貼っていないが、それでも嬉しそうに笑っている。仕方ないことだって分かってる。


 こいつはカッコいいし、モテるのは分かる。俺よりも長く生きてるし、俺よりも人当たりもいい。


 だから彼女がいたことがあっても、可笑しくないことも分かってる。それでも涙が溢れて、止まらない。


「なんで……」


 だからこそなんで、男の俺なのだろうか。昔会ったことも、なんで隠していたかも明確な答えはくれない。


 信じたかったし、一緒にいたかったから。俺は現実から目を背けていたが、こんなの見せられたら嫌でも考えてしまう。


 自分で勝手に見ておいて、後悔してもどうしようもないだろ。するといつの間にか、近くに来ていた秋也にアルバムを取り上げられてしまう。


「何見てんだ」


「……別に」


「別にじゃないだろ。お前また、変な勘繰りしてんじゃないだろうな」


 そう言われて、俺はまともに顔を見ることが出来ずにいた。すると後ろから抱きしめられて、弱々しい声で呟かれる。


「お願いだから……お前に傷付かれるのが、一番苦しくて堪える」


「じゃあ、なんで! 隠そうとするんだよ!」


「えっ……見せる必要ないだろ」


 そうじゃないだろ……彼女がいたことがあっても、今は俺だけを見てくれればいい。こいつの嬉しそうな顔を見るだけで、俺はそれだけで嬉しいから。


 だけど不安になってしまって、自分でもダメだって分かってる。それでもどうすればいいのか、分からない……。


 俺がそう思っていると、急に前の方に来て再度抱きしめられた。こいつはズルい、本当にズルい。


 こいつの胸に抱かれているだけで、全部忘れてしまいそうになる。でも、それじゃ意味ないんだよな。


「空雅? だいじょ」


「大丈夫じゃない! ……なんで、俺のこと好きなんだよ」


「あのな、何思ってんだが知らないが……あまり可愛いこと言うなよな」


 そう言って頭を撫でてくれて、それだけで心が軽くなってしまう。いつもいつも、同じことの繰り返し。


 でも、それじゃダメなんだよ……。また同じことの繰り返しになって、また落ち込んで慰められて……。


「教えてくれよ。俺は自分が可愛いなんて思わないし。怖いんだ……俺はまだ子供で、秋也より経験も少ない。俺の何がいいんだよ」


「……あのさ、空雅。一度しか、言わないからよく聞いてな」


「ああ……」


 俺がそう言うと真剣な眼差しで、真っ直ぐに俺を見つめていた。そして俺を抱きしめる腕は、微かに震えていた。


 不安と怖いので俺は目を逸らしてしまいそうになるが、必死に堪えてちゃんと聞くことにした。


「俺は、今まで彼女は何人かいた。でも好きになったのは、空雅がガチで初めてなんだよ」


「好きでもないのに、付き合っていたのか」


「自分でも最低だったのは、分かっていたが……言い訳なんてしない。俺は昔から、他人に興味がなかった」

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