第七章 バレンタイン

三十話 手作り

 バレンタインが近くなって、俺はチョコを作るか迷っていた。別に女子ではないし、作る必要もない。


 分かってるんだが……気がつくと、俺は大量の板チョコを買っていた。でもな……美味しいって言ってほしい。


 今まで食事は作っていたが、お菓子は作ったことなかった。そのため色々と、雑誌などを本屋で見ていた。


「はあ……どんなのがいいのか」


「あら、空雅くんじゃない」


「秋也のお母さん」


 そこで話しかけられたのは、秋也のお母さんだった。それから俺は正直に、チョコを作りたいことを伝えた。


 すると、職人さんに教えてもらうことが決まった。俺にとっては有難い申し出だったから、素直に甘えることにした。


「ここにあるオーブンとか、使っていいからね」


「はい、ありがとうございます」


「いいのよ。秋也のためなんでしょ」


「……はい」


 そう聞かれて俺は嬉しくなってしまって、素直に答えてしまう。不思議だな……うちの母さんと、違うタイプなのに素直に従ってしまう。


 秋也のためなのもあるが、純粋にお菓子作りが楽しいと思うようになった。将来、ケーキを作る職人になるのを悪くないかもしれない。


 小学生の時に秋也に食べさせてもらっていたように、俺も色んな人の嬉しそうな笑顔が見たいなと思った。


 それからは放課後に、秋也に内緒で作りにきていた。勉強も大事だが、俺にとっては大事な時間だった。


「また、帰るのか」


「ああ、親戚の都合でな」


「ほう……この前は、おばさんが具合悪くて。その前は、親戚の子供の面倒だったか」


「ああ、忙しんだ」


 悪いとは思いつつも、俺はその場の苦し紛れの嘘で誤魔化す。多分、俺が嘘ついているのに気がついている。


 それでもいつもの優しい笑顔で、頭を撫でてくれる。それだけで俺は、少し寂しさが紛れてしまう。


 秋也との時間が減ってしまったが、それでも誰かのために作るのは楽しかった。しかもそれが、他でもない秋也のためだから。


「どうだい。上手くいってるかい?」


「はい、しかし……重大な問題が」


「おばさんで、よければ聞くよ」


「どれを作ればいいのか、分かりません」


 この道三十年の職人さんに教えてもらい、色んなチョコを作ってみた。ガトーショコラや、クッキー他にもたくさんだ。


 しかしどれも楽しくて、気がつくと大量に作ってしまう。その結果、どれを作ればいいのか分からずに振り出しに戻ってしまう。


 俺がそんなふうに悩んでいると、お母さんが優しい笑顔で言ってくれる。やっぱ、親子だな慰める時の顔が似てる。


「お菓子作りに関わらず、料理に大事なものは何か知ってるかい?」


「相手を思って作ること……ですかね」


「ふふっ……あの子がお熱なのも分かるね。一番大事なのは愛情だよ。空雅くんは既に持っているから心配しないでいいんだよ」


「はいっ! ありがとうございます!」


 俺は頭を下げて気持ちを新たに、お菓子作りを再開する。俺は色々と考えた結果、チョコブラウニーとラム酒入りのチョコレートカヌレを作ることにした。


 有難いことに職人さんもいて、材料もある程度なら使っていいと言われていた。そのため、俺が買えないラム酒をもらうことができた。


 お酒好きなあいつには、ピッタリだと思った。あいつの喜ぶ顔が浮かんできて、俺はいつも以上に頑張ることが出来た。


「眠い……ラッピングに時間がかかった」


 お菓子を作ることしか頭になくて、包装をどうするか考えていなかった。そのため当日になって、小学六年の妹の明日香に包装をもらうことにした。


「えー! なんで、お兄ちゃんにあげないといけないの?」


「悪いな、作るだけ作って忘れていたんだ」


「もうっ、爪が甘いよ。ていうか、お兄ちゃんが作るのね。確かに、美味いけど」


「あははは……余ったチョコあげただろ」


「分かったよ。はいこれ、彼女さん喜んでくれるといいね」


 明日香から包装をもらって、ラッピングをした。彼女さんか……悪気ないし、そう思うのは当然だよな。


 でも……やめやめ! 朝から辛気臭くなるのは、よくない! それに、あいつも言ってたじゃないか。


 何があっても認めてもらうって、その言葉を俺が信じなくてどうする。それにまだまだ、先は長いんだ。


 反対もされてないうちから、その時のことを考えてどうする。とにかく今は、秋也に喜んでもらうことを考えるんだ。


 そう気持ちを切り替えて、欠伸をしながら教室に到着した。すると陸の机の上に、大量にあるチョコを見つけた。


「これ、全て陸宛てか! すげー、なあなあ少しくれよ」


「えっ? 僕じゃなくて、としくんでしょ?」


 まじで陸は、おもろいな。まだ俊幸の方が人気あると思ってんかよ。しゃがみ込んでいる俊幸の肩に、手を置きながら笑ってこう言ってやった。


「ご愁傷様……ぷっ、最高におもろい!」


「くそっ……怒るに怒れない」


「えっ! なんで?」


 その後に九条が来て、俺と同じようにいじっていた。しかしいつもの通りに、鈍感な陸に振り回されている俊幸を見てクラス中からの哀れみの目線が送られていた。


 そこで俺の腹が鳴ってしまう。そういえば、お菓子のことしか考えていなくて朝ごはん食べてなかったな。


「チョコもらっていいかな? モテモテの俊幸くん」


「……はあ……勝手にしろ」


「んじゃ、いただきま〜す。にがっ」


 モテモテくんから了承をもらって、食べてみたが苦かった。俺も甘いのは得意な方じゃないが、流石にこれはと思った。


 しかし陸にはこの苦さがちょうどいいらしく、俺が冗談で味覚がおかしいと言った。すると、教室の後ろの扉から殺気を感じた。


 思わず、小さな悲鳴を上げてしまった。多分、このチョコを作った陸のファンクラブの連中の一人だろう。


「こっちは、ホワイトチョコだよ」


「どれどれ、美味い」


 そんな調子ですごい勢いで、チョコを頬張っていく。そこに教室の後ろ側の扉が開いて、何やら怒っている様子の秋也がいた。


 するとそのまま俺の腕を掴んでこう言った。こいつ、何怒ってんだよ。でもお菓子渡せるなと思って嬉しかった。


「新田クーン、なあに食べてるのかな?」


「ん? はにって、しょこ」


「生徒指導室に来なさい。とても重要で大事なお話があります」


 そう言ってそのまま、生徒指導室に連れて行かれた。行くなりいきなり、壁ドンをされた。近くで真っ直ぐに見られたものだから、急に恥ずかしくなってしまった。


「で? 誰にもらったんだよ」


「は? 何を」


「とぼけんな。チョコだよ」


「何勘違いしてるか知らんが、あれは陸がもらったチョコだよ。たくさんあったから、もらった」


 俺がそう言うと、みるみるうちに顔を真っ赤にして俺の肩に頭を乗ってけていた。こいつ、また変なこと考えてたんだな。


 そう思って優しく頭を、ポンポンと撫でてみた。すると、急に顔を上げて優しくキスをしてきた。


 そこで俺は首に腕を回そうとしたが、チャイムが鳴り響く。そこで我に返った俺たちは、目を合わせて笑い合った。


 それからすっかり、元気になった秋也と教室に向かうために指導室を後にしようとする。そこで俺は、無言でお菓子の入った箱を渡す。


「これは……」


「俺が作った。食べていいぞ」


 はあ……俺のバカ、もう少し渡し方があるだろ。なんでちょっと、上から目線で渡してんだよ。


 もうちょっと可愛く出来ないのかよ。無理だわ、絶対に無理だわ。笑われる未来しか見えない。


 するとその場で包装を綺麗に剥がし始めて、中身を見て優しく微笑んでいた。その笑顔が綺麗で、俺は思わず見惚れてしまう。


「これ酒入ってんだろ。後で食うわ」


「おう、なんで分かるんだ」


「――――ケーキ屋の息子の感」


「そういうもんか」


 俺はちょっと疑問に思ったが、信じることにした。だって、あまりにも胸がドキドキしてそれどころじゃなかった。


 それ以上に授業が始まる時間だったから、俺たちは急いで教室へと向かう。一時限目が、秋也の授業で助かった。


 お昼休みに俺は指導室に呼ばれて、弁当を二つ持って向かう。今日はいつもよりも、豪華な弁当にしたから喜んでくれるだろう。


「秋也、来たぞ」


「おう、座って。寒いだろ、毛布。準備したから」


 俺が着くなり俺を椅子に座られせて、毛布までかけてくれた。そこまでする必要あるのだろうか。

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