二十九話 結婚できない

 早いもので年が明けた。俺は寒くて布団から出れなくて、どうしたものかと思っていた。特にやることもないからな。


 今日は一日暇だから、何をしようかと悩んでいた。両親から年末年始ぐらい、家のことしなくていいと言われたからだ。


 そんな時だった。スマホが鳴り響く、なんだよ……こんな時に、めんどくさいなと思って見てみると秋也からの着信だった。


「もしもし」


「今、家か?」


「ああ、そうだ」


「これから出れるか? 初詣行こうぜ」


 ということで俺は秋也に寒い中、呼ばれて家から出る。すると雪が舞っていて、そりゃあ寒いはずだわと納得した。


 家の前には秋也の車が止まっていて、俺は息を出して手を温めた。まあ秋也が会いたいって言うから、仕方なく行ってやることにするか。


 助手席に乗り込んで、シートベルトを閉める。視線を感じて隣を見ると、ニコニコ笑顔の秋也と目が合った。


「おはよう。あけましておめでとう」


「お、おはよう。おめでとう」


 くそっ……こいつは、年始早々光り輝いている。思わず俺は目を逸らしてしまうが、構わずに車を発進させる。


「寒くないか?」


「大丈夫」


「そのセーター、気に入ったのか」


「ああ。若干大きいが、まあ着てやる」


 クリスマスに、着せてもらったセーターをそのままもらうことになった。高校生の時に着ていたやつで、今は着てないらしい。


 でも洗い時が分からないんだよな。セーターは洗う時、やり方をしっかりしないと縮むし。それに秋也の匂いがなくなるのは、嫌だからちゃんと考えないとな。


 俺がそんなことを思いつつ、ボーと外の景色を見ていた。するといつの間にか、神社の駐車場に到着していた。


「着いたぞ。ほら、マフラー」


「いいよ」


「風邪ひいたら困るだろ」


「分かった」


 俺は素直にマフラーを首に巻いてもらって、嬉しそうにしているこいつの顔を見る。こんなことで元気になるとか、変わってんな。


 まあでも、そんなこいつを見て嬉しくなる自分も可笑しいと思うが。手を引かれるままに、神社の方に向かう。


 思っていたよりも人が多くて、逸れそうに何度もなった。その度に、手を繋いでいて良かったと思った。


「他の奴に見られてもいいのか」


「いいよ。今は、教師と生徒じゃないだろ」


 そう言って微笑んでいて、今は恋人だからって……。言いたいんだろうな。俺だって、堂々と付き合いんだよな。


 でも教師と生徒である前に、男同士だから……。それでも今日ぐらいは、欲張ってもいいよな。


 そう思っていつもよりも、強く指を絡めて繋いだ。最初は少し、驚いたような表情を浮かべていた。


 それでも、直ぐに手をより一層強く繋いできた。手から伝わってくる体温が、いつもよりも強く感じることが出来た。


「何願うんだ」


「内緒」


 俺が並んでいる時に、聞いてみると微笑みながらそう言われた。そんな顔でそんな風に言われたら、何も言えなくなってしまう。


 こいつ、絶対わざとだろ。でもな、その笑顔が可愛くて好きとか言えないよな。自分たちの番になって、俺たちはお参りをする。


 ――――秋也がずっと隣で笑っていてくれますように。


 少し恥ずかしいが、俺が望むのはこれだけだ。あいつが泣くとこ、見たくないから。笑っていてほしいから。


 そう思って隣の秋也を見ると、俺を見て優しく微笑んでいた。俺は急に恥ずかしくなって、走り出してしまう。


 すると直ぐに俺の後ろを追いかけてきて、腕を掴まれて引っ張られた。すると、目の前を子供達が走っていってしまう。


「急に走るなよ。危ないだろ」


「ああ……わり」


 そう言うと優しく手を引かれて、おみくじを買いに行った。おみくじには【未来に幸福あり】と書いてあって、今で十分幸せなんだけどなと思った。


 こっそりと秋也のおみくじを見てみると、そこには【自我を抑えれば大吉】って書いてあった。


「自我?」


「簡単に言うと、やりたいことを抑えるってことだ」


 流石の俺でもそれぐらい分かるわ。何を押さえ込む必要があるのか、不思議に思っただけだ。


 よく分からんがこいつは、俺と同じで溜め込むタイプだしな。そう思って俺は目を見て、思ったままに口にする。


「いいじゃん、我慢しなくて。俺ができることは協力するぜ」


「ほんと、お前って心臓に悪い」


「はあ? どういう意味だよ」


「可愛すぎってこと」


「かわっ……男だし、言われても嬉しくない」


 ほんとこいつは、俺のどこが可愛いんだよ。でも、こいつに可愛いって言われるのは嬉しくないわけじゃない。


 でも人前では止めてほしい。俺がそう思っていると、陸と俊幸が人前で抱きついているのを発見した。


「陸に俊幸、お前ら少しは周りを気にしろ! 公共の場で!」


「あー、空雅か」


「先生も、あけましておめでとうございます」


 こいつ……まじで腹立つな。陸はいいとして、俊幸はまじで嫌な奴。俺は思わず、ため息をついた。


 何故か秋也は俺を見ながら、微笑んできた。俺はその笑顔を直視できずに目を逸らしてしまった。


 またもや、バカップルが抱きついていた。しかも結婚とかのワードが聞こえてきて、こいつらは……。


 そう思っていると、俺に秋也が聞いてきた。こいつもほんと、可笑しい奴だなと思ってしまった。


 それでもそんな奴を、好きな俺も大概なんだけどな。結婚なんて、男同士で出来るはずないだろう。


「お前も結婚したいか?」


「はあ? 何言ってんだよ。男同士で結婚できないだろ」


「はあ……俺は時々お前が男前すぎて嫌になる」


 何言ってんだよ……男前なのは、お前の方だろ。絶対に言葉には出さないが、俺よりも秋也の方がカッコいいだろ。


 いつまでもイチャイチャしているバカップルを、残して俺たちは適当にブラブラすることになった。


 そこで甘酒を見つけた秋也が、飲もうとしたから俺は思わず奪った。こいつ、車で来たのに何飲もうとしてんだよ。


「飲みたいなら、貰えばいいだろ」


「運転するんだから、飲んじゃダメだろ」


「甘酒は大丈夫だ」


「そうなのか? じゃあ、俺も飲む」


 甘酒を飲んだことなかったから、飲んでみた。正直美味しさが分からなかったが、同じく飲んでいる秋也を見ると頭がぼやあとしてきた。


 そして何故だか、抱きつきたくなったから後ろから抱きついた。突然のことだったから、秋也が驚いていた。


 その顔が面白くて、更にイタズラしたくなった。直ぐに引き離されて、おでこに手を置かれた。


 その手が冷たくて気持ちよくて、思わず手を重ねた。すると、急に肩を抱かれて歩き始める。


「ったく、甘酒で酔うって」


「あき……や、歩けない」


「はあ……しっかりと、捕まっておけよ」


 そう言って軽々と俺を持ち上げて、謂わゆるお姫様抱っこをされた。普段の俺なら、完全に拒否していた。


 しかしその時の俺は、なんとなく甘えたくて仕方がなかった。後から思い出して、恥ずかしすぎて秋也の顔を見ることが出来なかった。


 それでもやっぱ、こいつにされることは全て嬉しいと思える。そう思った自分が一番、恥ずかしかった。

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