二十七話 年寄りくさい
「あの、空雅くん? どったの」
「なんでもない。眠いから、気合い入れた」
「……分かったから、いきなりだとびっくりするから」
俺たちは手を洗って、指示通りに行動することになった。秋也は洗い物や、重たいものを運ぶ要員だった。
俺は職人さんに教えてもらって、生クリームを立てたりした。他にも筋がいいと褒められたので、飾り付けを任された。
自分でも言うの可笑しいが、素人の俺にさせていいのだろうか。飾りといったら、ケーキの花形だろ?
「君は秋也くんよりも、上手いよな」
「確かに、秋也くんは頭はいいが。ケーキというより、料理の才能がないからな」
「おやっさん、酷い!」
「あははは」
そんな感じで皆んないい関係性なのが、笑顔や会話から分かった。なんかいいな、こういうの……。
忙しくても誰もピリピリすることなく、優しく教えてくれた。
それから何時間も、手伝ってひと段落がついたようだった。すると、秋也のお母さんが俺に声をかけてくれた。
「空雅くん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
「肩の力抜いてくれて構わないよ。母親だと思っていいからね」
「はい、ありがとうございます」
俺は嬉しくて微笑んで頭を下げると、何やら喜んでいた。どうしたのかと思っていると、秋也に向けて言っていた。
「ほんと、この子いい子だね。お前には、もったいないよ」
「だろ? 自慢だからな」
「おまっ! やめろ! 恥ずかしい! あっ……すみません」
思わず大声で叫んでしまったが、直ぐに我に返って謝った。すると、周りからは笑い声が聞こえてきた。
俺と言うよりも秋也に対しての、ちくちく言葉が飛んでいた。それでもそれは、愛情がこもった言葉で本当にいい関係性なんだなと思った。
それからは休憩に入っていいよって、言われたから二階にある実家に連れて行かれた。少し緊張したが、秋也の部屋に案内された。
「その辺に座ってて、軽く用意してくるから」
「ああ、分かった」
俺は部屋の中を適当に見ていると、ドアが開いたから秋也かと思って声をかけようとした。
しかし入ってきたのは、優しい笑みを浮かべたお母さんだった。俺は頭を下げると、口を開いた。
「空雅くんは、秋也と付き合ってくれているのかな?」
「あっ……えっ……と」
「ああ、攻めてるわけじゃないよ。ただね、あの子は基本的に家族以外に心開かないんだよね。だけど、空雅くんには心底惚れているように見えたから」
そうなのか? よく分からないが、親がそう言うってことはそうなんだろ。どうしよう、嬉しすぎて泣きそう。
そしたらお母さんは、もう一度優しい瞳で教えてくれた。この親子はもう、やっぱ似ていてカッコいいなと思った。
「この部屋に、誰も連れてこなかったのよ。それだけ、貴方のことが大事なのね」
誰もってことは、皇さんや陸のお兄さんもか……。そのことを知って、俺は本当に嬉しかった。
真意は分からないが、それでも俺は秋也の真っ直ぐな想いを知ったから。真っ直ぐに目を見て、自分の想いを告げた。
「はい、付き合ってます。あっそれと、その……俺はあき、息子さんが本気で好きです」
「そうなのね。これからも、あの子のことよろしくね。泣かされたら、容赦なく言うんだよ。代わりにしめるから」
「はい、その時はお願いします!」
俺が笑顔でそう返すと、お母さんは笑って部屋を後にした。はあ……俺は帽子をとって、その場にしゃがみ込む。
そんなに分かりやすく秋也は、俺に惚れているのだろうか。嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちが交差していた。
そこで部屋のドアが開いて、今度こそお盆にケーキと飲み物を持った秋也が現れた。俺を見て不思議そうにしていた。
「どうした? 何かあったのか」
「な、なんでもない」
俺がそう言って膝立ちしたままで、そっぽを向いているとテーブルにお盆を置いた。そして、俺の両頬を触ってきた。
「熱はないようだけど、疲れたのか」
「……そんな感じだ」
はあ……こいつって、どうしてこうなんだろうか。いつでも、俺のことちゃんと見てくれている。
俺は真っ直ぐに目を見て、手の上に自分の手を重ねる。たったそれだけのことなのに、自分の心臓の音が早くなっているのが分かる。
気がつくと自然と俺たちは目を瞑って、お互いの口を優しく触れさせていた。しかし、俺は恥ずかしくなって離れた。
「ケーキ食べよっか」
「お、おう」
どうしよう……下の階にまだ皆んないるのに、こんなこと恥ずかしすぎる。俺がそう思って目を瞑って、顔を真っ赤にさせていた。
すると俺の前のテーブルに、チーズケーキとコーヒーが置かれた。その横に座って何も言わずに、フルーツタルトを食べていた。
その光景をまじまじと見つめていると、目があったから思わず目を逸らしてしまう。するといつもよりも、甘い声で耳元で囁かれた。
「食べないのか」
「……食べる」
顔を見るのが恥ずかしくて、さらに横を見て俺はチーズケーキを口に放り込む。美味いな……流石、プロが作っただけある。
ん? でもこの味、どこかで食べたような気がする。どこだっけ? あっ、そうだ……あのお兄さんの作ったのに似てるんだ。
というか俺、最近あのお兄さんのこと忘れてたのか? というよりも、秋也のことしか考えてなかった。
それだけ、俺の頭の中を占めているってことなんだろうな。そう思ったら、嬉しくなった。しかし、あいつはあのお兄さんじゃないって言ってたよな。
もしかしてこの店に、あのお兄さんがいるのかもな。いても可笑しくないが、今は別に会いたいって思わなくなった。
それも全部、秋也のおかげなんだよな。そう思って秋也を見つめると、優しく微笑んでくれた。
「美味いか」
「ああ、美味い」
「そうか……俺が作ったやつだから、喜んでくれてよかったよ」
「えっ……」
やっぱ、あの時のお兄さんが秋也なのか……。この味は間違いなく、あのお兄さんが作ってくれた味だ。
優しくて暖かくて、心に響いてくれる味。じゃあなんで、去年違うって言ったんだろうか。忘れてたのか……。
やめにしよう……こんなこと考えていても、どうしようにもないだろ。忘れてるなら、それでいいじゃないか。
大事なのは過去じゃなくて、今なんだから。そう思ったから、いつものように振る舞うようにした。
「まあ、お前にしては上出来だな」
「美味いって言ったじゃん!」
「そうだっけ?」
「えー! まあ、いいや」
今は前を向いて行くことが、一番大事なんだよな。休憩を終えた俺たちは、お店の前に店頭販売用の準備を手伝うように言われた。
俺たちはお店の前に出て、そういえば店名見てなかったと思った。そして見てみると、俺は驚愕して思わず声を出していた。
「はあ? やっぱ、この店なんじゃないか!」
「どうした? 空雅」
「あのさ、この際だから。ちゃんと聞くが、やっぱ会ったことあんだろ」
「何をいきなり」
俺がそう聞くと明らかに動揺して、変な汗をかいていた。そしてまたしても、下手な口笛を拭いていた。
ここで確信した。こいつ、忘れてないだろ。何があったか知らないが、俺と会ったことを隠した?
意味は分からないがなんか、無性に腹が立ってきた。それにしても、これ「あいまあー」じゃないのか?
夏休みの時、確かエメって言ってたし。俺がそう思って、秋也に聞いてみることにした。俺が睨んでいるものだから目を逸らしていたが。
「この店、なんて読むんだ」
「は? エメだけど」
「はあ? あいまあー、じゃないのかよ」
俺がそう言うと一瞬、フリーズしてため息をついて項垂れていた。そして直ぐに俺を見て、衝撃の真実を教えられる。
「フランス語でエメ! って読むんだよ! くそっ、頭痛くなってきた」
「フランス語! んなの、知るわけないだろ!」
「少しは調べろよ!」
大声でそんなことを喧嘩したが本人だと知り、嬉しくなって顔を赤らめていた。それはそれとして、俺は大事なことを聞くことにした。
「でもお前、違うって、去年言ってたじゃないか」
「あー、あれは……てへぺろ」
「それじゃ、誤魔化せないからな」
ったく、こいつのこと本気で信用して違うって思ってた俺がバカ見たいじゃないか。バカのは間違いないが、それでもなんかムカつく。
それと同時に、急に恥ずかしくなってきたな。フランス語だって、思うはずないだろ。自分の勘違いに気がついて、思わず口に出してしまう。
「くそ……恥ずかしくなったから、土に入りたくなった」
「それを言うなら、穴……な。入るなよ、お前はいつも暴走するんだから。少しは、大人を信じなさい」
「んだよ……年寄りくさい」
「んなっ! 俺って、年寄りくさい……」
そう言って本気で傷ついている秋也を見て、少しは反省しろよと思った。人のこと散々悩ませておいて、お咎めなしなわけないだろ。
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