第六章 クリスマス

二十六話 家族

「さむっ……今日は一段と冷え込むな」


 今日はクリスマスイブで、なんと秋也の実家のケーキ屋さんに手伝いに行くことに決まった。


 一ヶ月前のこと。いつものように、生徒指導室で期末試験の勉強を教えてもらっていた時のこと。いきなり秋也がこんなことを言い出した。


「クリスマスイブって、空いてるか」


「ああ、空いてる……それって」


 デートだと喜んでしまったが、こいつにはいつも振り回されるから。この前の皇さんの件もあるし、ぬか喜びはやめよう。


「どうせ、二人っきりじゃないんだろ」


「実家がケーキ屋だから、手伝いをして欲しくて……」


 そう言って、そっぽを向いた秋也の耳が真っ赤になっているのを見た。こいつはこいつで、色々と考えてくれているのが分かった。


 それが口実だってことは、流石の俺でも理解できた。恥ずかしかったから、気が付かない振りをして了承した。


「何を着れば……」


 昨日の夜。俺は一人で何を着ればいいのか、悩んでいた。いつもの通りでいいと思うが、一応クリスマスイブだし……。


 俺は一人でうーんと唸っていた。って……考えて見たら、女子じゃないんだから。それにデートじゃなくて、手伝いだし……。


 誕生日でもオシャレしなかったのに、クリスマスイブにはするのは可笑しいと思う。そんなことを一晩考えていたら、寝不足になってしまった。


「ふわあ……」


「にいちゃん、眠そうだね」


 俺がリビングでコーヒーを飲んでいると、中学三年の弟の樹に話しかけられた。何やら言いづらそうにしていたから、不思議に思っていると口を開いた。


「にいちゃんさ、先生と付き合ってるんだろ」


「……待て、どこまで知ってる」


 いきなりの思いもよらない弟の言葉に、飲んでいたコーヒーを少し溢してしまった。俺は内心焦りながら布巾で、拭きながら考えていた。


 樹は憶測で物事を言ってくるタイプじゃない。俺と違って頭も良くて、進学校を受験する予定だ。


 どこで知ったんだよ……俺がそう思っていると、樹は意を決したように言い出した。俺はそれを黙って聞くしかなかった。


「最近、にいちゃんさ……先生の話しかしてないじゃん。前はそんなこと言ってなかったから……」


「そんなに話していたか」


「うん……」


 俺たちの中に変な沈黙が流れ始めて、樹に気を使わせている。いつも元気いっぱいの弟に、こんな顔させちゃいけないだろ。


 受験生だし……何より、大事な弟だ。これ以上、心配をかけるわけにはいかない。俺は優しく微笑んで、精一杯の笑顔で返す。


「ああ、付き合ってる。母さんたちは、このこと……」


「知らないと思う……だけど、僕もにいちゃんが選んだ相手なら文句ないよ。にいちゃんは、いつも無理してるから」


「ありがとな……俺はこれから、出かけるから。ちゃんと食べろよ」


「あっ……うん。行ってらっしゃい」


 俺は弟の目を見る事が出来ずに、逃げるようにその場を後にする。コートを着て家を出て、まだ薄暗くて寒い外に出た。


 秋也が迎えに来るまで、まだ時間があったから扉に寄りかかるように座った。ちゃんと笑っていられただろうか……。


 両親と妹は、俺が十二も上の先生……しかも、男と付き合ってるって知ったらどう思うだろ。


 秋也が好きなこの気持ちに、嘘偽りはないが。それでももし、引かれてしまったら……ちょっとどころか、耐えられないかもしれない。


 樹にはお見通しだったのかもしれない。俺がいつも無理して笑っているのが……。辛くても悲しくても、俺は家族には見せたくない。


 心配させたくないんだよ……。俺は家ではお兄ちゃんだから。でも、あいつといる時は心から笑えるんだ。


 ――――今、無性に会いたい。


 俺がそう思っていると、いきなり抱きしめられた。直ぐに匂いと体温で、あいつだと分かった。


「空雅、風邪ひくぞ」


「あき……や」


「車に乗って」


 秋也に手を引かれて助手席に乗せられて、シートベルトをつけてくれる。ここまでが、最近の流れになってきている。


 運転席に座ったが寒いと思ったのか、俺に毛布をかけてくれる。こいつがかけてくれるのは、毛布だけじゃない。


 俺が辛いとか悲しいとか、言葉じゃ言い表せることじゃない感情を抱えている時。決まって何も言わずに、優しくしてくれる。


 なんでこいつって、こんなに優しいのだろうか……。俺が望んでいる時に、当たり前のように叶えてくれる。


 俺自身が思っているよりも、俺は五十嵐秋也が好きなんだ。だからこの想いを、関係性を誰にも否定されたくない。


「駐車場に着いたぞ。何かあったのか」


「な……んでもない」


「なんでもないって、顔してない。隠すなとは言わないが、少なくとも俺の前では強がらなくていい」


「もし……もしもの話だが……家族に俺たちの関係性を否定されたら、秋也はどうする」


 俺がそう聞くと、秋也は何やらうーんと考えていた。いきなりこんなこと聞かれたら、困るよな……。


 でも俺にとっては死活問題なんだよな。全てがうまくいって、誰からも祝福されて……なんて、難しいのも分かってる。


 それでも俺は、皆んなに祝福されるような恋愛がしたい。でもそれは他の誰でもない、秋也じゃないと意味がないんだ。


「俺は……そうだな。認めてくれなかったら、認めてもらえるまで。何度でも、土下座してでも空雅の隣にいる」


「あっ……俺は」


「いいよ、無理しないで。焦らなくていいんだ。ゆっくりで、少しずつでいいんだよ。俺たちなりのペースで」


 そう言って優しく抱き寄せてくれて、頭を撫でてくれる。こいつって、マジで凄いと思う……。


 俺の心の氷を簡単に溶かして、温めてくれる。今はその返答でいいかなと思ったから、笑顔でこう伝える。


「もう大丈夫だ。それよりも、行かなくていいのか」


「そうだな。行くか」


 俺が笑ったからなのか、秋也も嬉しそうにしていた。すると毛布をとって、車の後ろに置いた。


 俺たちはシートベルトを外して、車の外に出る。流石もう寒いなと思って、両腕を摩ると肩を抱き寄せてきた。


「寒いのか」


「ああ、でも。大丈夫」


 どんなに寒くても、隣にお前がいてくれるだけで暖かく感じてしまう。そんな恥ずかしいこと、言えるわけないがな。


 俺は秋也に手を引かれて、お店の裏口から入った。すると秋也は厨房の方にいる、お母さんだと思う人に声をかけた。


「母さん、手伝いに来たぞ」


「おかえり。その子? 教え子で手伝ってくれる子って」


「ああ、新田空雅だよ」


 こっちを見て微笑んでくれて、その笑顔がこいつにそっくりで親子だなと思った。俺は頭を下げて、挨拶をした。


「初めまして、新田空雅です。よろしくお願いします」


「ほんとにあんたの教え子かい? しっかりしてるじゃないか」


「ちょっ、どういう意味だよ」


「あんたの高校生の時よりも、しっかりしてていい子じゃないか」


 そんな感じのことを、口論している。なんか、この二人似ているなと思った。親子だから、当たり前か。


 そう思ってつい、笑ってしまう。それに気がついた秋也に、頭を撫でられた。こいつ、親の前でも同じ顔して笑いかけてくれるんだな。


 そう思ったら途端に、恥ずかしくなってしまった。俺は咳払いをして、手を退けて話をすることにした。


「あの、俺は何をしたら」


「そうだね、じゃあそこの更衣室で着替えてきておくれ。秋也、頼むよ」


「ああ、こっちだ」


 親の前でも気にせずに、左手を掴んでくる。払い退けるわけにもいかずに、右手で顔を覆ってしまう。


 更衣室に連れて行かれて、制服を用意してもらった。着替えようとすると、まじまじと見つめてくる。


「こっち、見んな」


「いいだろ、減るもんじゃないし」


「……いいから、早く着替えろ」


「へいへい」


 俺は胸の高鳴りを感じつつ、制服に身を包む。帽子を被っていると、急に後ろから肩を組まれてマスクをつけてきた。


 それぐらい自分で付けられるが、まあいいやと大人しく付けられた。こいつは、俺のこと子供だと思っているのだろうか。


「着替えたみたいだな、行くぞ」


「ああ……」


 くそっ……イケメンは何を着ても、イケメンってか。マジで光り輝いて見えるのは、俺の目が可笑しいからか。


 秋也の後ろについて行って、厨房に入る。そこで職人さんたちが、一人一人真剣にケーキ作りに勤しんでいた。


 俺って、ダメだな……。真剣に作っている人たちの側で、違うことに煩悩でいっぱいになっている。


 俺は自分の両頬を思いっきり、叩いて気合を入れた。すると秋也含め、その場にいた全員に変な目で見られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る