二十四話 用意周到

 それが一年も続くとか、その羞恥に耐えられるだろうか。しかしな……一年に一度の誕生日だし……。


 付き合って直ぐだしな……嬉しそうな表情を見るのは、好きだしな……やっぱ俺、こいつに一生勝てないような気がする。


「はあ……いいよ。但し、誰にも見せるなよ」


「ほんとか! じゃあ、この靴も履いてくれ!」


「靴って……」


 差し出されたのは、黒くてヒールがあるブーツだった。うるうるとした瞳で言われたため、仕方なく履いてみる。


 秋也の肩に支えてもらいながら履いてみた。思ったよりも、ヒールって辛いんだな。そう思って真っ直ぐに見ると、目の前に秋也の顔があった。


「どうした?」


「いや……なんでも」


 ヒールを履いたことにより、背丈が同じぐらいになってしまった。そのせいか、目線がかち合ってしまった。


 俺はつい目を逸らしてしまうが、直ぐに秋也はハイテンションで叫んだ。俺は引いた目で見つつ、ツッコむことにした。



「カメラ!」


「どっから出した!」


「九条から借りた」


 いつの間に借りたんだよ……こいつ、聞く前から取る気満々だっただろ。カメラの知識はないが、明らかにプロが使いそうなやつだった。


 普通にスマホのカメラでいいだろ……そこまで本格的に撮らなくても。そう思ったが、それを言える雰囲気じゃなかった。


 だって俺が呆然としている中、こいつは意気揚々とシャッターを押している。しかも色んなアングルから、撮っているみたいだった。


「なあ、流石にもういいだろ!」


「えー、まだ。足りない」


「あのな……つーか、お前写真に詳しいのか」


「九条に教えてもらった」


 九条からしかないのかよ……何かイラっとしてしまった。何気に仲良いよな……ちくしょー、九条に嫉妬する日が来るなんて。


 これじゃあいつの思う壺だろ……まさか、カメラ貸したの。それが狙いだったりして……流石にそれはないよな……。


 俺がそんなことを考えていると、スカートを捲ろうとしていた。すかさず、俺はその手を払いのける。


「何、考えてんだよ! この変態教師!」


「こんなスカート履いている奴に、変態呼ばわりされたくないな」


「うっ……お前が着ろって、言ったんだろうが」


「言ったけど……最終的に着たのは、空雅の意思じゃん」


「うっ……確かに、そうなんだけど!」


 しかたないだろ! あの捨てられた子犬のような瞳で、見つめられたら断りきれないんだよ!


 俺が葛藤していると、優しい笑みを浮かべていた。そんな表情されたら、拒めなくなってしまう。


 こいつ絶対分かってやってるよな……ほんとにタチが悪い大人だよな……分かってて、絆されている俺も俺だが……。


 流石にヒールがキツくなってきたような気がする。そう思って、ブーツを脱ごうとしたが上手く出来なかった。


 それどころか、バランスを崩して転びそうになった。すると、秋也に優しく抱きしめられて支えられていた。


「ヒールがキツイ」


「あー、そうだよな。いいよ、撮り終わったし脱げるか?」


「屈むと痛い」


「ほら、まずは左足から」


 器用に脱がしてくれたが、あまりにも手際が良かった。そのため、俺以外の誰かに同じことしてないよな……。


 そう思ってしまって、別にこいつも二十代後半なんだし……。元カノの一人や二人いても、どってことないって分かってる。


 頭では分かっていても、好きになるってこんなにしんどいものなんだな……。だってこいつ、無駄にキラキラしてるし……。


 女子にも人気あるし、そりゃあカッコいいから納得できるが……。知らないことばかりで不安になってしまう。


 それでも俺を見て優しく微笑んでくれているとことか、意外と子供っぽいとことか……。全部全部、誰にも見せたくないなと思ってしまった。


「空雅さん? どうしたんだ?」


「べ……別に」


 俺がピッタリとくっつくと、少し戸惑ったような表情を浮かべていた。それがなんだか可愛くて、もっと見たくなってしまった。


 今日はこのまま一緒にいたいと思ったから、思ったことをそのまま言ってみることにした。


「今日、泊まっていいか」


「……ダメだ」


「なんでだよ。明日も休みだろ」


「とにかく、ダメなもんはダメだ」


「……ケチ」


「あのな、そういう問題じゃないだろ」


 俺がそう言うとため息をついていたから、俺といたくないのだろうかと思ってしまった。じゃあどういう問題なんだよ……。


 俺はこのまま一緒にいたいのに…‥真意が分からなかったから、俺は話を変えることにした。


「夜まではいてもいいだろ」


「ああ、もちろんだ」


 拒否しないってことは、俺といたくない訳じゃないんだな。とりあえず、胸をそっと撫で下ろす。


 改めて、ニコニコ笑顔を浮かべているこいつを見てみる。吸血鬼って、こんなにカッコいいものなのか。


 俺の頭を撫でている笑顔が綺麗で、ドギマギしてしまう。つい目を逸らしてしまうが、それでも優しく撫でてくれている。


 慣れないなあ……この甘々な雰囲気に……。顔を胸に埋めて考えていると、秋也はまた顔を上げて何かを考えていた。


「どうしたんだ?」


「……俺を殺す気かよ」


「はあ? どういう意味だよ」


「少しは、自覚を持ってくれ」


 俺はこいつの言っている意味が分からなくて、混乱してしまう。落ち着いたみたいで、もう一度優しく抱きしめてくれた。


 俺も抱きしめ返して、あー幸せだなと漠然と思った。俺たちはしばらく何も言わないで、抱き合ったままだった。


 そしてしばらく経ってから、急に秋也が口を開いた。しかもまた、唐突に変なことを言い出す。


「外暗くなってきたし、夜景でも見に行くか」


「別にいいぜ。だけど、流石にこの格好はヤダ」


「なんで? 可愛いのに」


「絶対に嫌だ」


 俺が力一杯強くそう言うと、少し不服そうにしていた。俺はそんなこいつを無視して、着替えに行こうとすると急に腕を掴まれた。


 突然のことで驚いていると、急にしゃがんで俺の左足をまじまじと見つめる。変な奴だなと思っていると、黙ってどこかへ行ってしまった。


 行動の意味が分からずに呆然と立ち尽くしていると、何やら救急箱を持ってきた。そして、俺の腕を掴んでソファに連れて行かれ座らせられた。


「ストッキング、脱いで」


「……お前にそんな趣味があったとはな。流石に付き合いきれねーよ」


「そうじゃない! もう、靴擦れしてるから。薬塗るだけだ」


 あーなるほど……それならそうと早く言えよ。変なこと考えているのは、俺みたくなったじゃねーかよ。


 俺が恥ずかしくなってストッキングを脱ごうとすると、それを真正面からニコニコしながら見つめていた。


 それに気がついたが気にしなかったが、そういえば今スカートの下は……。今足上げると、見えるんじゃないのか……。


「あっち、向けよ!」


「いいじゃん、減るもんじゃないし」


「いいから、あっち向け」


「ちぇ……つまんない」


 そう言って渋々後ろを向いたのを確認してから、ストッキングをしっかりと脱いだ。そして、近くにあった秋也の上着を足元にかける。

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