二十三話 ミニスカ

 水を飲みつつ笑顔を浮かべているこいつを見て、なんか幸せだなあって思ってしまった。恥ずかしいから絶対に、口には出さないが。


 自分で作っておいて何だが、肉じゃが美味く出来てよかった。こいつも喜んで食べてくれたし、今はそれだけで充分な気がする。


 二人で後片付けをしていると、急に秋也が変なことを言い出した。まあ、変なのはいつものことだが……。


「今日、ハロウィンだろ? コスプレ用意したんだ。着て欲しい」


「……衣装にもよる」


「分かった。とりあえず、洗おう」


 洗い物が終わってから、ソファに座った。そして配達されてきたであろう、段ボールを開け始める。


 紫色したミニスカの背中が、開いているドレスが入っていた。帽子が入っていて、見なかったことにしたかった。


 これは一旦無視して、もう一つの段ボールを開けてみる。全体的に黒い衣装に、赤いベストが入っていた。


 そして黒くて下地が赤いマントが入っていて、吸血鬼の衣装だと思う。自分だけ、これを着て俺には女装させる気か……。


 そう思って秋也を見てみると、ニヤニヤして衣装を俺の体に合わせていた。こいつ……どうするべきか悩んでいた。


「着てくれるか」


「俺がこのミニスカ履くのか」


「へー、着たいの?」


「はあ? 何で、そうなるんだよ!」


 俺が勢いで前のめりになると、押し倒したような体制になってしまった。俺が慌てて退けようとすると、腰を支えられて微笑まれた。


 急激に恥ずかしくなって、今度こそ急いで退けた。距離を取って思わず、正座してしまう。ちくしょー、慣れねー! そう思っていると、うるうるとした瞳で聞かれた。


「着てくれないのか? 空雅に似合うと思ったんだが」


「うっ……」


「俺、誕生日なのになあ……二十代最後なのになあ」


 俺の目を真っ直ぐに見て、わざとらしく泣き真似をしていた。こいつ……確かに、誕生日だし。


 俺もやれることはやってやるが、それでもこのミニスカは流石に……色んなものを、失ってしまうような気がする。


 でもな……基本的に他には家事ぐらいだし。それはいつもやってるし、それ以外にできる事ないんだよな。


 俺がうーんと唸っていると、両手を掴まれた。見てみると、捨てられた子犬のような瞳で見てきていた。


「空雅……お願いだよ。年に一度の誕生日、お願いを聞いてくれ」


「……わーたよ」


「いいのか! やった!」


「その代わり、絶対に誰にも見せるなよ」


「見せないよ、絶対に」


 楽しそうに微笑んでいるこいつの顔が、いつもよりも何か黒いものを感じた。しかしその数分後に、後悔することになるとは知らずに。


 着替えているとこを見せるのは、何故かとても恥ずかしかった。そのため、俺は脱衣所で着替えることになった。


 それはいいんだが、何故か渡された衣装の中に女物の下着が紛れ込んでいた。あいつ……どさくさ紛れに何入れてんだよ!


 色んなものと格闘すること、数分後に俺は覚悟を決めた。どうせ見せないし、それにミニスカを履いてみた。


「完全に見える」


 思っていたよりも、丈が短かったようだった。これは色んな意味で見せれないな……。俺の中の男が、音を立てて崩れていくような気がした。


 考えてみれば女性が着てミニスカなのだから、俺みたいな奴が着たら丈短いに決まってるだろ。


 もっと早くに気づけよ……俺の馬鹿。俺が自己嫌悪に陥って、しゃがんでいると突然声をかけられた。


「おーい、まだかかりそうか」


「もうちょい」


「手伝おうか」


「間に合ってる!」


 まあこいつ以外に見せないし、いいかと思った。意を決して急いで、ストッキングを履いた。


 下半身に違和感しかないな……ストッキングも、黒い蝙蝠の絵柄がついていた。初めて履いたが、スースーして気持ち悪い。


 深呼吸をしてリビングに向かうと、吸血鬼の衣装を着た秋也がいた。控えめに言って、最高にカッコいいんですが。


 スーツ姿は見慣れているはずなのに、普段の五割り増しで光り輝いて見える。見慣れていても、このシュチュエーションがドキドキさせるのかもしれない。


 しかもお揃いのネックレスが、首元で輝いていた。俺は自分の首に、ついているネックレスを触った途端に急に恥ずかしくなってしまった。


 ソファに座って、テレビを見ていて俺はその様子を遠巻きに見ていた。行きづらいなあと思っていると、俺に視線に気がついたのかこっちを見てニヤニヤしていた。


「そんなとこで何、してんだよ」


「だって……恥ずいから」


「いいから、来てよ」


「やっぱ、止める」


 そう言って踵を返そうとすると、腕を掴まれて引き寄せられた。その勢いで抱きしめられて、強制的に見られてしまった。


 俺の姿を見て目を丸くしていて、どうせ可愛くないだろ。可愛いって思われたくないが、少しは可愛いと思って欲しいと思った。


 自分でも支離滅裂だとは思うが、こいつにだけはよく思われたい。そう思って見上げていると、急に上を見上げて黙ってしまった。


 何考えてるんだよ……なんとなくこいつの、胸に耳を当ててみる。するとあり得ないぐらいに、鼓動が早かった。


「秋也? どうしたんだ」


「ちょっと、今……話しかけないで」


 はあ? よく分からないが、百面相をしていた。だからなんか、何かを我慢しているこいつが可愛く思えた。


 俺はなんとなく頭を撫でてやると、急に腕を掴まれた。急なことで驚いたから、表情を見るとキスをする時みたいな余裕のない顔をしていた。


 いつもの余裕たっぷりな秋也も好きだが、この俺の前にすると急に余裕がなくなる秋也も好きなんだよな。


「空雅……」


「あき……や」


 顎をクイっとされて、こいつの端正な顔が近づいてきた。俺が静かに目を閉じると、触れるだけのキスをされた。


 やっぱ、こいつのキス好きなんだよな。さっきみたいな、激しいやつはまだ慣れないけど……。


 しかもいつもと違う衣装に、身を包んでいるからなのか……いつも以上に、気持ちよく感じてしまう。


「もう止めよう」


「なんで……」


「空雅が可愛すぎるから」


 あんまり理由になっていないだろ……そう思ったが、嬉しそうに微笑んでいた。今はそれだけでいいかと、俺は抱きついた。


 すると優しく抱きしめ返してくれて、体温の温もりが心地よく感じられた。こいつとこうしているのが、今は一番幸せだと感じる。


「なあ、写真撮っていいか」


「ダメだ」


「なんで?」


「恥ずいだろ」


 俺がそう言うとしばらく考えていたが、直ぐにニヤニヤ顔になった。そして、意味の分からないことを言い始める。


「来年の誕生日になったら消すから」


「そういう問題かよ」


「大事なことだ!」


「お、おう……」


 あまりにも食い気味にくるものだから、一瞬絆されそうになった。しかし今この状態でも、死ぬほど恥ずいのに……。

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