第五章 ハロウィン
二十二話 肉じゃが
今日は秋也の二十八回目の誕生日である。そのため、俺は早く起きて、スーパーに買い物に来ている。
今日のレシピは、肉じゃがだな。スマホで調べたら、恋人に作って欲しいって書いてあったし。
あいつが肉じゃがを好きかは知らんが、基本作ったものはちゃんと食べるし。大丈夫だろうと言うことで、独断と偏見で決めた。
文句を言うなら食べさせないつもりだし。じゃがいもと玉ねぎは、買ってあるし。肉は、冷蔵庫に入ってるし。
後は人参と……あいつ、人参嫌いなんだよな。いい大人が好き嫌いしてんじゃねーよ。でもな、俺が作ると食べてくれるんだよな。
「今日は誕生日だし……入れないでおくか」
俺は手に持っていた人参を、そっと売り場に戻す。調味料は全てあるし、米は作っている時に炊けるし。
お酒とかも買っていってやりたいが、未成年だから買えないしな……。そして適当にお菓子を買ったりして、ちょっと早いが家に向かうか。
アパートの前に行くと、満面の笑みを浮かべてこっちに手を振っている秋也の姿を見つけた。
それだけのことで、嬉しくなってしまう自分が単純なのだと気がついた。
「早いな、何作るんだ」
「ああ、肉じゃが作ろうと思って」
「いいな、美味そう」
「まだ作ってない」
「そりゃそうだ」
そんな会話をして、俺は支度をし始めようとした。台所に立つと、後ろから急に抱きしめられた。
一体何考えてんだよ……そう思ったが、黄色いエプロンをつけられた。はあ? って思っていると、柔らかい声でこう言われた。
「俺からのプレゼント」
「誕生日はお前だろ」
「今年のプレゼント、あげてないから」
「つっ……そういうことなら、貰ってやる」
ちくしょー、ほんとこいつは……頭をポンポンと撫でられて、料理を始める。まずは、秋也に米を炊かせる。
こいつは米を炊くことすら、出来なかった。しかし俺が教えて、炊けるようになったのだ。材料を準備して、肉を炒めてと……材料を入れて水や調味料を入れて煮込む!
「なあ、俺は何を」
「あと煮込むだけだからな」
「つーか、その格好。エロいな」
「……馬鹿言ってんじゃねーよ」
ったく……こいつは、朝っぱらから何言ってんだよ。俺が洗濯をしようとすると、急に後ろから抱きしめられた。
こいつってよく抱きしめてくるが、一体何考えているのだろうか。まあ今更って感じがするから、いいんだが……。
「今日はゆっくりしよう。誕生日だから、構ってほしい」
「はあ……仕方ないな。今日だけは、わがまま聞いてやる」
鍋の具合を見つつ、何かと子猫のようにひっついてきていた。確かに、わがまま聞くとは言ったが……。
トイレに行くのも、味噌汁作るのもずっと付き纏ってくる。流石にうざいんだが! でもな……家にいる時しか、こんなに一緒に居れないわけで……。
それに誕生日だし、今日ぐらいは許してやるか。いい感じに、じゃがいもに火が通ったし完成だな。
「出来たぞ。おい」
「すう……」
秋也に声をかけたがソファで寝ていたようで、返事がなかった。近くに行くと、寝息を立てていた。
気が付かなかったが、目元に隈が出来てる。先生って俺が思ってるより、ずっとハードで大変なんだろうなって思う。
自然と口元に目線が行ってしまって、秋也の頬を触ってみる。俺の意思でキスしたいって思ったの、初めてかもしれない。
恥ずかしかったが、俺は意を決して近づく……もう少しで、くっつきそうな距離になった時に俺は我に返った。
そして離れようとしたが、急にソファに押し倒された。そしていつにも増して、ニコニコ笑顔を浮かべていた。
「おまっ! 起きて」
「あんな、可愛いことしてくれようとしてたから。黙ってたんだけど、止めちゃうの?」
「だって、恥ずい……」
「俺誕生日なのに」
そんな風に、捨てられた子犬みたいな感じを出すの止めて欲しい。俺がこの顔に弱いこと、分かってやってんじゃないのか。
だとしたらタチが悪い……。それでも、俺だってしたくないわけじゃない。離れようとしたから、俺は胸ぐらを掴んで引き寄せた。
ちょっと歯が当たって痛かったが、それでもしっかりと出来た。どうだ! 俺だって、やろうと思えば出来るんだぞ!
そう思ってドヤ顔をすると、ニヤニヤ顔で耳元で囁かれる。なんか、まずいような気がする。
「煽ったのは、空雅だかんな」
「ちょっ! まっ!」
もう一度押し倒されて、軽く触れるだけのキスをされた。これで終わりなのかよ……そう思っていると、舌を入れられてこの前みたいなのをされた。
嫌じゃないけど、体がフワッとして力が入んなくなってくる。ちょっと怖いって思って、こいつの腕を掴む。
「この辺で止めておこう。ほら、危ないから座って」
「うん……」
そう言って俺の頭を撫でて、俺をちゃんとソファに座らせた。そして、トイレに言ってしまった。
まただ……こいつのこの余裕っぷりを見ると、途端に自分が子供だと思い知らされる。十二年の月日は、そんなに簡単には埋まらない。
たまに秋也の考えていることが、分からなくて怖い時がある。俺が知らないことや、思いもよらないことをたくさん経験している。
当たり前だと頭では分かっているが、どうしても納得できない自分がいる。しばらく、ソファに座って黄昏ていた。
すると秋也はいつもの調子に戻って、ご飯の準備をしてくれていた。まあ、作ったものを温めるだけだけど。
「ほら、食べるぞ」
「おう……」
いつもの調子でテレビをつけて、肉じゃがを食べる。しかしいつもと違って、俺たちに会話がなかった。
そのせいか肉じゃがも、味噌汁も味がしなかった。何やってんだろうな……小さい後悔が胸の中でグルグルと回ってしまう。
もしかして、どこかで間違えたのだろうか……。俺って素直じゃないし、可愛いって言われてもどこが可愛いのか分からないし。
鏡で見てみても、どこを見てそう思っているのか見当もつかない。俺がそう思って唸っていると、頭を撫でられた。
「どうした? 全然、食べてないな」
「……別に」
あーもう……どうして俺は、こんな風に憎まれ口を叩いてしまうのだろうか。表情から心配してくれているのが、分かるのに。
どうしたら、もっと素直になれるのだろうか。俺がそう思っていると、何かを察したのか秋也が優しい笑みを浮かべて言ってくれた。
「何に悩んでいるか、分からないが。一人で考えすぎんなよ。教師の前に、恋人なんだから」
「……そーゆーとこが、ムカつく」
「なんで!」
優しい笑みを浮かべてくるこいつを見たら、ごちゃごちゃ考えるのは止めることにした。悩んでいても、どうしようもないからな。
そう思ったら味を感じなかった、肉じゃがも味噌汁も味を感じ始めた。それにしても、なんで急に?
こっちを見て微笑んでいる奴を見て、理由は分かったが知らない振りをしておこう。勢いよく食べたものだから、むせてしまった。
「ゴホッ!」
「慌てずに食べろよ。ほら、水」
「……あんがと」
「どういたしまして」
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