二十話 彼氏の横顔
そんなこいつが、好きで好きで堪らない俺も相当だと思うが……。さらに抱きしめられて、体温を感じて寒かったのに暖かくなってきた。
「そろそろ、戻るか」
「帰りたくない……このままいたい」
「つっ……ダメだ。行くぞ」
「あっ……うん」
俺の言葉を聞くなり、いきなり引き離された。そしてそのまま、手を引かれて車の方に向かう。
秋也はいつの間にか、俺が脱ぎ捨てた靴と靴下を拾っていた。助手席に座らせられて、履かせれた。
……そんなに否定することないじゃん。俺のこと好きなくせに、一緒にいたくないのかよ……。
俺がそう思っていると、急に抱きしめてきた。俺はどうすればいいのか、分からなくてとりあえず頭を撫でてみた。
「空雅……あんま、可愛いこと言うな。ほんとに帰したくなくなる」
「俺はいいのに……」
「あのな……意味分かってるのか」
意味? 帰りたくなくて、ただ一緒にいたいだけなのに。そこに意味なんて、あるのだろうか?
俺が真剣に考えていると、俺の方を見て真っ直ぐに見つめてきた。その表情があまりにも綺麗で、俺はこのままずっと一緒にいたいと思った。
すると秋也は、俺の方に近づいてきて俺の耳元でこう呟いた。それがくすぐったくて、変な声が出てしまう。
「エロいことすんぞ……」
「ひゃ……」
「耳、弱いのか。可愛いな」
そう言って舌なめずりをするこいつが、少し怖く感じてしまった。そのことは、黙っておこうと思った。
すると何もなかったかのように、一旦車から降りて運転席に座った。怖かったけど、体がゾクリとして体が火照っていくのを感じた。
しかしそのことを悟られたくない俺は、何もなかったかのようにシートベルトを締めた。こいつって、ほんとに狡い大人だよな。
「さてと、ちゃんとシートベルトしろよ。学校に戻る」
「もう暗くなってきてるぞ。文化祭、終わってるんじゃないか?」
「まあ、一応。最後にはいないとな」
確かに……学校行事はちゃんと参加しないとな。出てきてる時点で、参加してるって言えないがな……。
さっきは……それどころじゃなかったが、運転している姿がカッコよかった。目に焼き付けるように、じっと見つめていた。
信号で止まった時に、秋也はこっちを見て微笑んでいた。俺は恥ずかしくなって、思わず目を逸らしてしまう。
「信号変わったぞ」
「クスッ……ああ、そうだな」
くそー、カッコいいんだが……運転してる彼氏の横顔、カッコいいとか聞いたことある。
そんなことにときめかないと思っていたのに、バッチリ効力あるじゃないかよ。
はあ……直視できずに、俯いてしまった。ちくしょー、こいつのこの余裕が忌々しい。俺と違って、経験豊富なんだろうな……。
嫉妬というより、悲しみの方が優ってしまった。そういえば、なんで俺のこと好きなんだろうか。
自分で言うのもなんだが、俺って可愛げもないし。素直さもないし、口も悪いし……ダメだ、好かれる要素が分からない。
「あのさ、空雅は俺のどこが好きになったんだ」
「なっ……にを、突然」
「お願いだ……教えてくれ」
そう言って、真っ直ぐに前を見て運転していた。その表情はどこか、憂いを帯びていて本気で知りたがっているのが分かった。
俺は自分でも分かるぐらいに、緊張しているのが分かった。いつもの俺なら、恥ずかしくて言えないと思う。
それでも、今にも泣きそうな顔をしている秋也を安心させてやりたかった。それと同時に、こいつの気持ちも知りたいと思った。
「上手く言えないけど……」
「いいよ、ゆっくりで」
「……子供っぽくて、たまにガキみたいなこと言ったりする。カッコいいこと言ったと思ったら、転んだりしてカッコ悪くなる」
そこまで言うと、秋也が項垂れていた。ずっとため息をついていて、少し傷つけてしまったかもしれない。
俺はそう思ったが、これからが本番だ。深呼吸をして緊張をほぐして、自分の素直な気持ちを伝えた。
「それでも、俺のこと本気で考えてくれたり……体張って守ってくれたり……そんなん、好きにならないほうが可笑しいだろ」
「やっぱ、お前は最高だよ」
そう言って頬を支えられて、優しい瞳で俺を見つめていた。その笑顔がいつにも増して、輝いて見えた。
顎をクイッと持ち上げられて、端正な顔が近付いてくる。俺は秋也の服の裾を掴んで、優しく触れるだけのキスをされた。
やっぱこいつのキス好きだわ……まあ、比べるような相手なんていねーけど。これからも作るつもりないが、今はこいつだけで充分だわ。
俺は幸せそうに、微笑んでいるこいつの顔を触った。俺と同じで体温が上がっていて、こいつもドキドキしているのが分かった。
そこで俺は急に我に返って、今運転中なのでは! と思って、慌てて引き剥がすと不服そうな表情を浮かべていた。
「運転中!」
「学校に着いたから」
「……見られたら、どうすんだよ!」
「大丈夫、後夜祭やってるだろうから。見られないって」
いつの間に、着いていたのだろうか……。俺が一人で色々と考えていた間に、着いていたみたいだった。
完全に、こいつのペースに飲まれたままで少し悔しい。それでもさっきの、悲しそうな顔が嘘のように優しく微笑んでいた。
今はそれだけで、とても満たされた気持ちになった。俺って意外と単純なのかもしれない。こいつの行動も好きだけど、やっぱ俺を見つめるこいつの目が好きだ。
なんか腹立つから、言わないでおくことにする。この無駄にイケメンなのが、無性に腹が立ってしょうがない。
「後夜祭、行かなくていいのか」
「二人っきりでいたことが知られるが、それでもいいのか?」
「その言い方、狡い」
「あはは、今更だな」
「自覚あるのなら、直せ」
そんな憎まれ口を叩いてしまったが、この二人っきりの空間が誰にも邪魔されたくないって思えた。
それでも、こんなにサボったのだから後夜祭ぐらい出ないとな。俺はそう思って、シートベルトを外した。
「後夜祭の穴場スポットが、あるからそこに行こうぜ。二人っきりで見れるし」
「仕方ないから、行ってやる」
俺がそう言うと秋也は嬉しそうに微笑んで、助手席側のドアを開けてくれた。そして手を差し伸べてくれたから、恥ずかしかったが手を掴んだ。
その時の表情がキラキラ輝いていて、一瞬時が止まったかのように感じた。やっぱ、行きたくないなと思ってしまった。
それでも繋いでいる手から、伝わってくる体温が温かくて嬉しくなってしまう。そのまま引かれるままに、講堂の上の方に連れて行かれた。
「ここは……」
「俺が高校の頃は、ここで後夜祭を見たカップルは幸せになれる。ってジンクスがあったから、空雅と見たくて」
「……そうか。なら、見ないとな」
見下ろす形で見ていると、手すりに置いていた俺の手に秋也は手を重ねてきた。視線を感じて見ると、後夜祭じゃなくて俺を見つめていた。
俺もそんな秋也のことを、目を逸らすことなく見つめていた。後夜祭の騒ぎが、全くと言っていいほど聞こえなくなった。
聞こえていたのは、自分たちの鼓動の音しかなかった。俺を見る秋也の顔がいつも以上に、優しく微笑んでいた。
俺たちは当たり前かのように、お互いの体を寄せ合った。この温もりがずっと、続けばいいのにと願いながら。
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