十九話 キスはノーカン?

「ここじゃ誰が聞いてるか分からないから、ちょっと抜け出そう」


 そう言われて何も考えたくなかった俺は、言われるがままに五十嵐の車に乗った。終始無言だったから、何を考えてるのか分からなくて胸が苦しくなってしまう。


 どれぐらい経ったか分からないが、海まで連れてきたようだ。窓を開けられて、潮風が吹いていて気持ちよかった。


 すると急に後ろから抱きしめられて、優しい声色で言われた。


「空雅。莉緒のやつに、何言われたんだ」


「……別に何も」


「何もないわけないだろ! じゃあ、何でそんなに泣いてんだよ」


 急に両手首を掴まれて無理矢理に、五十嵐の方を見るようにされた。そう言っているこいつの方が、よっぽど辛そうな表情をしていた。


「俺だって、分かんねーよ! 好きだって思ったのも、一緒にいたいって思ったのも! 五十嵐以外いなくて……誰かと、話していると胸が痛くなるのも……他にいなくて」


「自惚れじゃなくて俺のこと、好きってことでいいのか」


「そうだよ! 好きなんだよ……俺は、お前が!」


 そこまで言って、何も言えなくなってしまった。なぜなら、口を塞がれてしまったからだ。そしてそのまま、頭を支えられながら抱きしめられた。


 俺は混乱していたが、それでも首に腕を回してみた。慣れなくてどうすればいいのか、分からなかった。


 しかし確かに伝わってくる体温と、鼓動が俺と同じようにドキドキしているのが分かった。


「いがら……」


「好きだ、空雅。順番がおかしかったが、俺と付き合ってほしい」


「ああ……いいよ」


 そう言うとキスをされたが、いつもと違った。舌を入れてきて、俺は分からないままにこいつのペースに完全に巻き込まれていた。


 今だけじゃなくて、こいつに巻き込まれているのはずっとか……。でも、このキス変な感じがする。


 いつものと違って、身体中がフワッとした。それだけじゃなくて、体に力が入らなくなって完全に支えられた。


「はあ……はあ……」


「ごめん、抑えられなくて」


「今、何が……」


 いきなりのことで、何が何だか分からなくなってしまった。頭がフワッとしていて、ただただ茫然としていた。


 それと同時に本当に、付き合えたのだろうか? と急に、不安が襲ってきた。俺は五十嵐の体に抱きついたら、少し不安がなくなっていくような感じがした。


 すると何も言わずに抱きしめてくれた。しかし直ぐに引き離せられて、目を逸らされた。意味が分からずに、混乱してしまった。


「莉緒に言われたことは、忘れろよ」


「どこまで知ってんだよ」


「空雅を傷つけたこと以外に、興味ない」


 本気でそう言っていてその瞳には、俺しか写っていないように思えた。それが嬉しいのと同時に、それは良くないだろうと思えた。


「えっと、皇さんとは喧嘩でもしたのか」


「……あんな奴、友達でもなんでもない」


 そう言う五十嵐の目は見たこともないぐらいに、冷たい目をしていて少し怖かった。それでも俺のことを、思っての発言なのは分かる。


 それと同時によくない決断だということは、分かってしまった。俺は考えが纏まらなかったが、自分の思ったことをそのまま口にした。


「ダメだろ。逃げずに話し合えって、お前が言ったんだろ。友達は、一生もんなんだろ」


「……確かにそう言ったけど……。頭では分かっていても、許せないこともある」


 こいつの言っていることも、正しいんだろうけど……。そうじゃないと思うんだよな……そう思って、俺は再び抱きついた。


 見上げる形で俺は複雑な心境だったが、ここで逃げちゃ何も始まらない。若干こいつの頬が赤いのは気になったが、包み隠さずに伝えることにした。


「これから何かある度に、そうやって友達遠ざけていくのは違うだろ!」


「……分かっているよ。でも、今は時間が欲しい。それに、空雅と一緒にいる方が大事だ」


 そんなことを真っ直ぐに、俺だけを見て言われたら何も言えないじゃないか。ほんと、こいつって狡すぎる。


 付き合ってるのだから、名前で呼ぶべきなのかな。そう思って、もう一度顔を見て言おうとした。


 しかし優しく微笑まれて、途端に恥ずかしくなってしまった。だから、俺は話題を変えることにした。


 自分の首に着いているネックレスに、触りながら五十嵐の目を見つつ聞いてみる。


「この、ネックレスの意味について教えろ」


「んー、まあ……このネックレスを取ったカップルは、幸せになれるっていうジンクスがあるんだよ」


「……恥ずかし」


「煩いな……だから、言いたくなかったんだよ」


 恥ずかしいって言ったのは、あの場にいた奴ら全員に変な目で見られたからだ。それなら先に言ってくれよ……。


 恥ずかしいだろ……。先輩だからいいが、明日から学校行きたくない。でもな……行かないと、こいつに会えなくなるし……。


 嬉しそうに微笑んでくるこいつが、可愛くて無下に出来ないんだよな。俺こいつのこと、好きすぎるだろ……。


「あー、それと付き合うにしてもだ。お前が卒業するまではエロいことは、しないからな」


「はあ? キスはしてんじゃないかよ」


「キスはノーカンだろ……それに、キスはエロいことじゃない」


 そういうものなのか? 恋愛経験ないから、分からないが……。つーか、さっきのやつよりもエロいことがあるのか?


 なんか無理な気がする……恥ずかしすぎて、変なこと言いそう。五十嵐の口元を見て、なんか恥ずかしくなってきた。


 よく分からないが、他のやつにされるのは嫌だけど…‥決して口に出しては言わなかったが、こいつにされるのなら。


 ――――別に俺は構わないのになと思った。


 それはそれとしてだ……。こっちを見てニヤニヤしている五十嵐の顔が、まともに見れずにいた。


「一旦、海にでも行くか」


「ああ……」


 五十嵐が先に降りて助手席を開けてくれて、手を引かれて車を降りた。そこまでしてくれなくても、いいと思ったがその姿がカッコよかった。


 そのまま海の方に向かっていって、その後ろ姿が光が輝いて見えた。海が見えてきたから、俺はズボンの裾をまくり靴と靴下を脱ぎ捨てて海に入った。


 少し冷たかったが、それでも嬉しくなってしまった。俺は後ろにいる五十嵐の方を見て、微笑んだ。


「空雅、冷たいか?」


「ああ、でもいいな」


「そうだな……綺麗だ」


 俺を見ながらそう微笑んでくるものだから、急に恥ずかしくなってきた。こいつって、ほんと無駄にいい顔してるよな。


 流石にもう秋だから、寒くなってきたな……。そう思っていると、急に抱きしめられた。


「あのさ……名前で読んだ方がいいか」


「なんて呼ぶんだ?」


「えっと……だから……秋也って」


 そう言ったら頬を触られて、そのままキスをされた。こい……秋也って、キス魔なのだろうか……。

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