第四章 文化祭

十七話 あいつのために

 文化祭の季節になった。去年は、特に何もやらずに欠伸ばっかして適当に過ごしていたからな。


 今年は大道具として、腕を振るうぞ! それにあいつが女装するとか、見たいような見たくないような変な感情に包まれてしまった。


 俊幸の王子と、陸の白雪姫は客が集まりやすいんだろうな。という変な期待と、五十嵐のことしか頭に浮かんでこなかった。


 しかし予想外の出来事が起きてしまった。それは、誰も演劇の才能がなかったことだ。そのため、あいつの知り合いが来た。


 皇莉緒って言ってたな。五十嵐と陸の兄貴の、高校時代の親友って言ってた。茶髪で俺よりも身長が低くて、適度な筋肉がついていてイケメンではある。


 俺は詳しくないが、舞台とかに出てる本物の俳優さんらしい。確かに、オーラがあるもんな。


 女子とか黄色い悲鳴あげてたし……。確かに、カッコいいと思うが五十嵐の方がイケメンだろ。


「いや、秋也。これは俺には無理だ。ほら、スプーン」


「は? スプーン?」


「匙を投げると言うだろ。まあ、秋也には才能の片鱗はあるからがっかりすんな」


「いやっ! 俺にあっても困るんだが!」


 そう言って五十嵐が吠えていたが、皇さんは何も言わずにマスクをして教室を後にした。なんか、こっち見ていた? 仲良いんだな。


 考えてみたら俺、こいつのことあんまり分からないんだよな。近くなったようで、とてつもなく離れているように思えてしまった。


 俺がそう思っていると、教室の隅に行って壁に何やらぶつくさと呟いていた。凄く、めんどくさい大人だなと思ってしまった。


「俺だって、色んなことを本気でやってんだよ。先生ってこんなに大変なら、俺は一生……生徒に先生は勧めない」


 めんどくさいがそれでも、俺はこいつの役に立ちたい。皇さんと仲が良くても、男同士でそんなにくっつかれてたまるもんか。


 クラスの奴らが完全に無視していた。俺は深呼吸をしてまだ何か、呟いているあいつの元へと駆け寄った。


「大丈夫か」


「空雅! 匙投げなくても良くないか」


「ああ、まあな。でも、本職なんだろ?」


「そうだけどな……そうだとしても、もう少し見てくれても」


 そう言って項垂れているめんどくさい大人を、俺は優しく抱きしめて背中を摩ってあげた。


 これ以上ここにいると、こいつも素直に慣れなさそうだった。そのため、クラスの奴らには悪いが連れ出すことにした。


 そこで屋上へと続く階段のところまで、手を引っ張っていった。終始無言だったが、階段に座るなり体を寄せてきた。


「空雅、しばらくこのままにさせて」


「おう……いいぞ」


 肩に頭を乗せてきて、そこから熱が広がっていく。やっぱ、こいつの体温も匂いも好きなんだよな。


 少し子供っぽくてこうして甘えてくる。俺意外にこんな一面を見せて欲しくない。好きだと認めた途端に、段々と欲深くなってきている自分に気がついた。


 最初はどうすればいいのか分からずに、テンパってしまっていた。それでも今は、こうして隣に居て甘えてくれているだけで嬉しくなってしまう。


 しばらく、授業が終わるチャイムが鳴るまでの間。俺たちはただただ身を寄せ合って、落ち着いた気分で居た。


 教室に戻るとニヤニヤした顔をした九条に話しかけられる前は、終始笑顔で穏やかな気分でいれた。


「どうだったのかしら? 蜜月は?」


「なっ! そんなんじゃねーよ!」


「あら、顔が赤いわよ」


「こいつ……まじ、腹たつ」


「そんな真っ赤な状態で凄まれても、怖くないわ」


 全てを悟ったようなこの顔、マジでムカつく! でも、蜜月って新婚旅行のことだろ? この場合、違うと思うんだけど……。


 正直聞きたくないが、九条なら知ってるかと思って聞いてみることにした。


「そういや、皇さんってそんなに有名なのか?」


「あー、主にアニメやニ・五次元舞台に出てるから。もちろん、私もファンよ。先生の知り合いだったのは、驚いたけどね」


「そうなのか……」


 ニ・五次元? ってのは知らないけど、相当有名な俳優らしい。下の名前で呼んでいたし……仲がいいんだろうな。


「今かなり、有名になってきているわよ。一昨日も、テレビに出てたし」


「そうなのか……」


「何考えてるか、知らないけど。深く考えない方がいいわよ」


 いつも変なことを考えてそうだが、九条なりのエールなのだろう。考えすぎても、分からないものは分からない。


 そう思ってすっかり元通りになった五十嵐を見て、俺は嬉しくなって微笑んでしまった。


 九条にまたニヤニヤ顔で、見られたから腹が立ってしまった。それはそれとして、舞台はどうするのかと聞いた。


 最終的な結論は、なんとかなる! なるようにしかならない! だった。一時間もの間、クラス一丸となって話たが全くと言っていいアイディアが浮かばなかったらしい。


 そのため、このままの配役でこのまま進めることにした。クラスの考えは纏まったのだ、めんどくさいからと。


 まあ、別に裏方の俺がどうにか出来ることじゃないしな。それにしても、皇さんは俺に何か言いたそうだったのが気になる。


 でもなんとなく、五十嵐には聞きたくない。あいつの口から、聞きたくないような言葉が出てきそうで。


 結局逃げてしまっている自分がいて、少し自己嫌悪に陥ってしまう。それでも、こっちを見て微笑んでくれている五十嵐を見て少し心の痛みが和らいだように感じた。


 文化祭当日になって、俺たちのクラスは特に何もやることがないから。各々、好きなように過ごすことになった。


「新田、ちょっといいか」


「おう、どうした?」


「いいから来て」


 よく分からないが、五十嵐に手を引かれて文化祭を歩き回る。俺はよく分からないままに、悪い気がしなかったから付き合うことにした。


「ほい、あーん」


「自分で食べれる!」


「あー、はいはい」


 たこ焼きや焼きそばなんかを、奢ってもらって堪能した。それから、射的や輪投げなのをする下手くそな光景を見せられた。


 それにしても下手にも程があるだろ。基本全部外して、店番をしていた先輩が気まずそうにしている。


 もう既に三十分位上格闘しているが、一向に上手くいく未来が見えない。それでも本気で、取り組んでいるから止めにくい。


 しかも一番取りにくそうな細長の箱を、落とそうとしていた。仕方ないな……そう思って、無理矢理に銃を奪い取った。


「貸せっ! そんなんじゃ、一生かかっても無理だ」


「くう……新田は、出来るのか」


「町内の射的大会で、五年連続優勝だ」


 そう言って、コルクにハンドクリームを塗る。コルクのでこぼこを埋めてくれ、均一にしてくれるからだ。


 遠く力強くしないと、あの箱に当たっても落ちないだろう。そのため、レバーを引いてコルクを入れる。


「あの、新田さん……」


「煩い……気が散る」


「あっ……はい」


 深呼吸して箱目掛けて、銃を構える。脇を締めて狙いを定めて、後コルクは一つだけ。ここで確実に落として、五十嵐に喜んでもらう。

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