十六話 嫁って
よく分からないが俺を迎えに来たらしい。陸になんて返事をすればいいのか、分からないため素直に従うことにした。
「さっさと、こいつ連れて行って下さい」
「指さすな!」
「うっせ、俺は陸と二人になりたいんだ」
俊幸はいいな……俺と違って、素直に自分の気持ちを言うことができて……。俺は未だに、どうすればいいのか分からずにいるのに。
それでも、俺を真っ直ぐに見て微笑んでくれている。今はそれだけで満足なのかもしれない。
修学旅行二日目。今日は遼馬と朝陽と行動することになった。例の如く、あのバカップルは二人でいちゃついてるんだろうな。
「俺、トイレ行ってくる」
「分かった」
「いってら〜」
公園のトイレに向かうと、陸がしゃがみ込んで泣いていた。近くに俊幸は見当たらないし、俺はとりあえず心配だった。
変に心配していると、陸が気に病むかな? と思って、俺は欠伸をしつつ声をかけることにした。
「空雅くん……」
「陸、どうした? 俊幸は一緒じゃないのか」
「実は……」
陸は、立ち上がって今起きたことを教えてくれた。俊幸、彼女いたことあるのか……。俺が陸の立場だったら、悲しくなってしまうよな。
そこで五十嵐のことが脳裏をよぎって、胸がチクリと痛んでしまう。確かに好きな奴に彼女がいたと思うと、だいぶ辛いだろうな。
俺は自分を見てるようで、更に苦しくなってしまった。そのため、陸には悪いが聞いてみることにした。
「陸は、俊幸が好きか」
「えっ? うん、好き……だけど、分からないんだよ……僕は、彼しかいないのに……彼は僕以外にもできるでしょ」
陸の言っていることが、俺にも当てはまっているようで辛くなってしまった。だから、俺は自分の気持ちにちゃんとケリをつけることにした。
「俺じゃダメか……俺は、陸が好きだ」
「えっ……」
「ま、初恋ってやつだな。でも、今は」
そう言った瞬間、視界の端に怒りの形相をした俊幸を見つけた。次の瞬間、殴られてしまった。
こいつ本気で殴りやがって、まあいいや。とにかく、俺は自分の気持ちにしっかりと整理をつけたいんだよ。
それなのにこいつらと来たら、完全に俺の存在忘れているだろう。若干の苛立ちは覚えたが、しっかりと気持ちを伝えることにした。
「確かに、俺は陸のことが好きだった」
「好きだった?」
「ああ、過去形だ……そのことを言おうとしたら、殴られたから言えなかったけど。あー、いてー」
口元が痛かったが、それでもちゃんと誰かに自分の気持ちを言うのが大事だと思うから。陸を見てるようで、完全にあいつのことしか浮かんでこなかった。
「さっき……でも、今はって言ってたけど。どういう意味?」
「あー、他に好きな奴いんだよ……はずいな」
「えっ! 誰? 僕の知ってる人?」
「あー、まあな」
「お前ら見てると、ムカつくんだよ。両思いのくせに、ウジウジと」
俊幸のその発言で、俺は更に恥ずかしくなってしまった。その後も散々なことを、言ってきやがったもんだから少し意地悪をしたくなった。
「つーか、お前ら場所弁えろよな。保健室でイチャコラすんな」
「えっ……えっ」
「あー、やっぱ聞かれてたか」
喧嘩したとしても俺には関係ないね! と開き直って、遼馬と朝陽の元へと向かう。それから色んなところを巡った。
朝陽に興味津々に、傷口を見られてどうしたんだ? と聞かれたから、少しぼかして教えることにした。
完全に俺が悪いのは、分かっていたし……なんか、全部言うのは良くないと思ったからだ。
「俊幸と喧嘩して」
「あー、いつものことじゃん」
「修学旅行でもとは、思わなかったが」
二人は何かを察してくれたのか、特に深く聞いてこなかった。こういう時、察してくれるから付き合いやすいんだよな。
しかし二人と共に楽しんでいても、あいつのことしか脳裏に浮かんでこなかった。こんな時、同級生だったらなと思ってしまった。
ひとしきり遊んだ後に、集合場所に行くと結構集まっていた。その中に、五十嵐の姿を発見して嬉しくなってしまった。
すると俺に気がついたのか、ニコニコ笑顔で近づいてきた。しかしその表情はすぐに、曇り始めて俺の口元を触り始めた。
「いがっ!」
「怪我したのか」
「ああ、転んだ」
「そうか、気をつけろよ」
本気で、心配してくれているのが分かって嬉しかった。その反面、本当のことは言わない方がいいと思った。
その日の夕食は、バイキング形式だった。そのため、俺はお肉をたらふく食べて満腹だった。
夕食が終わって俺が、部屋に向かおうとすると五十嵐に声をかけられた。考えてみたら、なんで言うこと聞かなくちゃいけないんだろ。
「新田、今日も大浴場には行くなよ」
「つーか、なんで」
「いいから」
「理由になってねー!」
俺はそう言ったのだが、頭をポンポンされて笑顔を浮かべていた。理由になってないが、それでもこの笑顔には勝てないようで大人しく従うことにした。
部屋に行ってお風呂に入って、色々と考えていた。五十嵐が言っていた、裸を見せたくない恋人って誰のことだったのかな。
俺の知ってる人だろうか……。そう思ったら、突然に胸がチクリと痛んできた。「はあ……」という俺のため息が風呂場に反響して更に憂鬱な気分になってきた。
「痛い……」
「やっぱ、傷口。染みるのか」
「……違う」
急に入ってきて、何を言うのかと思ってしまった。それと同時に、裸なのが微妙に目の毒である。
まあ風呂場なのだから、当たり前なんだが……。それでも、男の裸なんて見てもなんとも思わないはずなのに……。
こいつのは直視することが出来ずに、思わず目を逸らしてしまう。俺は無視して体を洗い始めた。
すると五十嵐は何も言わずに、俺の後ろに座ってきた。俺はどうすればいいのか分からなくて、急いでお湯で流して出ようとした。
しかし腕を掴まれて、抱きしめられた。いつもよりも体温を、直に感じることができて俺は体を動かすことが出来なかった。
「ちゃんと洗えよ。まだ、泡ついてるぞ」
「べ……別に……その、二人だと狭いだろ」
「そんなことないだろ。ほら、湯張るから入って」
そう言われたから、俺はできるだけ端っこに行って座った。少し不服そうなため息が聞こえたが、恥ずかしくて体を密着できる訳ないだろ!
何故か、抵抗虚しく体を洗われてしまっている。なんでこいつ、こんなに上機嫌で鼻歌混じりで楽しそうなんだよ。
そこで俺は話を逸らすために、俊幸が言っていた言葉の意味を聞いてみることにした。
「蜜月って、なんだ?」
「……なんだよ、突然」
「俊幸に言われたんだよ。陸との蜜月の邪魔すんな! って、それで意味分かんなくて。スマホ忘れてて、調べられなかったから」
それがそう言うと五十嵐はため息をついていたから、どうせ馬鹿にしてるんだろうと思った。すると俺の耳元に囁いたもんだから、俺の体はビクンっとしてしまった。
「新婚旅行のこと、俺らもするか? なんてな」
「おまっ……冗談でもやめろ。恥ずいだろ」
ほんと、こいつは心臓に悪い。煩いぐらいに鳴っていて、身体中に熱が籠ってきてまともに顔が見れないじゃないか。
男同士で新婚旅行は出来ないだろ、結婚出来ないんだから。俺がそう思っていると、俺の口元を後ろから触って聞いてきた。
「傷、田口にやられたんだって」
「なっ……んで、知って」
「星野と斎藤を、問い詰めた」
あいつら……まあ、前回の件もあるから怖いのかもしれないが……。それに前科があるから、こいつが暴走しかねない。
俺がそう思っていると、急に抱きしめてきた。急なことで恥ずかしくなって、離れようとしたがなんとなく逃げちゃダメだと思った。
「別に田口に、どうこう言うつもりはない。まあ、嫁入り前に怪我させたことは許さないけど」
「嫁……って」
何言ってんだよ……って思ったが、こいつって冗談なのか本気なのか分からないことを言う時があるから反応に困る。
次の瞬間、俺の首筋に顔を埋めて息をかけてくる。それがくすぐったくて、お湯に顔を埋めるしか出来なかった。
しかもこいつ、少しその……たってないか? 背中に何か、硬いものが当たっていて余計に何も言えなくなってしまった。
その後は何もなかったかのような五十嵐に、完全に振り回されて俺の高校の修学旅行は幕を閉じた。
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