十五話 天邪鬼

 修学旅行の部屋割りなんだが……。なんかよく分からないが、俺が悪さをしないように……みたいなことを言って、五十嵐と部屋を一緒にされた。


 俺のことなんだと思っているのだろうかと、思ったが内心少しだけ嬉しくなってしまった。


 まあ、どうせ男子の人数的に割り切れないからだろうが……それでも、嬉しい反面夜を過ごすとか恥ずかしいだろ。


 そんなことを考えていたら、前日楽しみ過ぎてよく眠れずに寝不足なんだよな。眠いなと思いつつ、全力で楽しむことにする。


「眠い……」


 修学旅行当日になって、いつもみたいにワイワイと楽しんでいた。初日は博物館に見に行った。


 バカップル二人は、いつものようにイチャイチャしている。俺は一人でソファのところで、項垂れていた。


 五十嵐のおかげで、遼馬と朝陽と仲直りすることができた。それと同時に、自分のあいつに対しての感情が間違いないものだと改めて確信することができた。


 問題なのは……一人でトイレに入っていくあいつを見る。この気持ちをどうやって、伝えるのかが一番の難関である。


 告白されてからそれっぽい雰囲気はあったし、遼馬や朝陽にも言われたし……。その付き合っているみたいだって……。


 そのことを思い出して、俺は全身に熱が籠っていく感覚がした。そう見えて嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちが交差していた。


 そんなことを考えていると、何やら考え込んでいた陸に声をかけられた。


「空雅くん、隣いいかな?」


「――――ああ、いいよ」


 陸は俺の横に座ったのだが、なぜかもじもじしていた。俺が不思議に思っていると、陸は何かを決心したように話し始めた。


「その、僕の気のせいだったらごめんね。僕のこと避けてる?」


「避けて……ないぞ」


「そう? でも、最近……目も合わせてくれないから」


「ああ、それな……。コンタクトが合わなくて、目が痛くてな。避けてたわけじゃないんだ」


 陸ごめんな……つい嘘を言ってしまった。だって、そのあの時の声が聞こえたとか言えないだろ。


 そのせいで不安にさせてしまったのは、よくなかったと思うが恥ずかしいじゃんかよ。何が恥ずかしいって、あれから自分でする時……。


 五十嵐のことを考えるようになったことだ。そんなこと陸に言えるはずもなく、嘘をつくしかないんだよな。


「コンタクトに関してよく分からないけど、やめた方がいいんじゃない?」


「えっと……大丈夫みたいだから」


 やっぱ陸と話していると、なんか素で入れるような感じがする。俊幸と違って、心が清らかなのがいいのかもな。


 たまに怒ると怖いけど、それでも楽しいって思うんだよな。普通に楽しくて、時間があっという間に過ぎていく。


 そんな感じでたわいもないことを、話していると俊幸が来た。そして俺を睨んで、陸の腕を掴んで引き離した。


 別にこのバカップルがどんなに、イチャつこうが俺の知ったこっちゃない。そんなに俺が陸と、話しているのが嫌なのかよ。


「陸、行こう」


「あ、うん。またね、空雅くん」


「ああ、またな。陸」


 陸が笑顔で手を振ってくれているのに、俊幸は陸のことになると余裕ないのな。俺がそう思っていると、何故か血相変えた五十嵐に腕を掴まれていた。


 そのまま人気のない場所まで、連れて行かれた。そして俺のことを真っ直ぐに見て、いきなり壁ドンをしてきた。


「大久保と何、話していたんだ」


「何って、普通の雑談だよ」


「ふーん、そうなんだー」


「何、拗ねてんだよ」


「別にー」


 変な奴だなと思ったが、それでもこうして二人で入れるのは嬉しかった。しかしそんなことを素直に言えるなら、こんなに悩んでいないんだよな。


 ほんとこの自分の、天邪鬼なとこなんとかしないとな。分かっているんだが、やっぱ素直になれないんだよな。


 陸相手だと素直になれるのに、こいつの前だと素直になれないんだよな。そう思っていると、急に顎をクイっとされた。


 そしてこいつの端正な顔が近づいてきて、軽く触れるだけのキスをされた。俺は久しぶりの触れ合いで、嬉しくなって抱きついてしまった。


 そんな時だった。遠くの方から、五十嵐を呼ぶ声が聞こえてきた。すると、ため息をつきながら俺を剥がして笑って何処かへ行ってしまった。


「その笑顔は反則だろ……」


 そう言って、俺はその場にしゃがみ込んでしまった。ダメだ……俺いい加減に、腹括らないとな……。


 初日の夕食が済んでから俺たちは、ホテルに戻ってお風呂に入ることになった。大浴場の前で五十嵐に対して、笑いながら俊幸が何やら変なことを言っていた。


「大浴場には、入らなくていいですよね?」


「あのな……集団行動の場を乱すな」


「では先生は……恋人の裸を他の男に見られても構わないという結論に至りますね。それで、よろしいでしょうか?」


「う〜む……」


 なんかよく分からないが、俊幸のアホがまた何やら変なことを大声で捲し立てていた。隣にいる陸を見ると、物凄く冷めた目でそのやりとりを見ていた。


 すっかりこの空気に慣れているクラスメイトたちは、何も言わずに黙って大浴場の方に行ってしまう。


 慣れって恐ろしいものなのだろうな……って思いつつ、そんな恋人の裸って……五十嵐の方を見てみた。


 俊幸に言われたことを真剣に考えていた。一体誰のこと考えているのだろうか……俺以外だったら嫌だなと思った。


 その瞬間、胸の辺りがチクリと痛んだ。俺がそんなことを、考えつつ目を見れずにいると真面目にこう返した。


「――――確かにな。見られたくないよな。新田、話があるから部屋に来い」


「はあ? なんでだよ! 俺も風呂に入る」


「いいから来なさい」


「ちっ……わーたよ」


 俺は少し悲しい気持ちもあったが、少しでもこいつの心に俺がいるのかな? そう思ったら、少し息ができるような気がした。


 俺が躊躇っていると、顔を俯いている俺の手を取って歩き出す。その手から伝わってくる温もりが心地よくて離したくないと思った。


 それから五十嵐に手を引かれて、部屋まで連れて行かれた。しかし当の本人と言えば、忙しそうに書類とかを持ってこう言ってきた。


「悪いけど、これから先生同士の会議があるから俺行くな。言っとくが、大浴場には入るなよ」


「なっ! ちょっ!」


 慌ただしく行ってしまった……。別に、一緒に入ろうとか思っていないが。大浴場に入るなって、なんなんだよ……。


 俺はよく分からなかったが、なんとなく行かないほうがいいと思った。大人しく部屋のお風呂に入って、少し寂しくなってしまった。


 そのため、俊幸と陸の部屋に行ったのだが邪険にされている。陸はこんなに優しくしてくれているのに、俊幸はずっとこっちを見て睨んでいる。


 そんな時に陸に質問をされたから、素直に答えることにした。あの部屋にいても、つまらないしな。


「空雅くんは、先生と同部屋だっけ?」


「ああ、まあな。でも、先生同士の会議があるからって行ったから。暇になってよ」


「だからって、俺たちの蜜月の邪魔すんな」


 蜜月? ってなんだろ? よく分からなくてスマホで調べようとしたが、部屋に置いてきたことに気がついた。


 まあなんでもいいやと思って、気にせずに俺は陸との会話をスタートする。完全に、あいつに対する愚痴だったが。


「五十嵐のやろー。自分は部屋汚いくせに、俺には何かと指導してくるんだぜ、うるさいったらないぜ」


「大変だね」


「おうよ。ったく、教師なら教師らしくしとけよな」


 陸は黙って聞いてくれているのに、俊幸は僕の隣に座ってそんな俺らを見て不貞腐れていた。


 いいだろ別に話していても、部屋に戻っても暇なんだし。俺だけ教師と一緒とか、変なのは自分でも分かっているし。


 俺がそう思っていると、急に陸に的確な質問をされた。普段、鈍感なくせに変に鋭いんだよな。


「疑問なんだけど、空雅くんは先生の部屋行ったことあるの?」


「な! なんで!」


「えっ? だって、部屋が汚いとか、料理ができないとか普通分からないと思って」


「そ、それは……その」


 陸の屈託ない純粋な質問に、急激に恥ずかしくなって顔が真っ赤になっていくのが分かった。


 なんて答えればいいのか分からずにいると、部屋のドアがノックされて声をかけられた。


「おーい、新田を回収しに来たぞ」


「ちっ……おせーよ」


 俊幸はそう言って凄い速さで、ドアの方に行って何やら五十嵐と話していたが会話は聞こえなかった。

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