十四話 感謝
修学旅行の数日前のこと。俺は修学旅行が楽しみだったが、それでも色々と考えることがあってしょぼくれていた。
いつもの通りにカバンを持って、生徒指導室に向かおうとしていた。そんな時に、遼馬と朝陽に声をかけられた。
「空雅、今いいか」
「……ああ」
二人に声をかけられて俺は、何も言えずに着いていくしかなかった。屋上へと、続く階段のところまで行った。
そこで俺は二人と対峙したが、何も言えずにいた。朝陽に頭を下げられて、俺が訳も分からずに混乱していると口を開いた。
「あの時は頭に血が昇っていて、酷いことを言った。ごめんな」
「……本心だったんだろ」
「違っ……」
「いいよ。隠さなくても、友達だって思ってたのは俺だけだったんだろ」
俺が淡々とそう告げると、その場を後にしようとした。そうしないと、溢れ出てきそうになったものを抑えることができないと思ったからだ。
前を見ずに歩いていくと、誰かにぶつかった。そして直ぐに抱きしめられて、直ぐに匂いやぬくもりであいつだと気がついた。
「いがら……し」
「何言われた」
「えっ?」
「あの二人に何、言われたんだ」
そう呟く五十嵐は顔を見なくても、ゾクリとするような雰囲気を纏っているのが分かった。
そうしたら二人が、後ろから追いかけてきたようだった。俺は顔を見るのが怖くて、振り向けずにいた。
「空雅! 話が」
「朝陽は毎日、謝りたがっていた」
「お前ら……俺は」
「謝る? 空雅がこんなに、傷ついているのにか? 俺は子供の喧嘩に大人が介入するのは、よくないと思う」
そう言って更に強く優しく抱きしめてくれた。そして二人の息を飲む音が聞こえて、次の瞬間空気が凍りついたのを感じた。
それと同時にこいつが俺のために、怒ってくれているのが嬉しく感じてしまった。俺はこいつのことが、好き過ぎてどうすればいいのか分からない。
そう思って背中に腕を回して抱きしめた。すると、低く冷淡な声で二人にこう告げていた。
「だけどな……空雅のことだけは、別だ」
「つっ……おまっ……」
こいつはこういうことを、よく恥ずかしげもなく言えるよな……でも、本気で心配してくれているのが分かった。
より一層、心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。しかし何か、勘違いしているみたいだから顔を見て言ってみることにした。
それにしてもこいつって、よく見てみると本当に綺麗な顔をしてるよな。見たことのないような表情で怒っていて、少しドキッとしたことは黙っておこう。
「遼馬も朝陽も、俺に謝ろうとしたんだけど……。俺が聞かずに、逃げようとしたから」
「……まじか」
「まじです」
俺の言葉を聞いて直ぐに、顔を真っ赤にして俺を引き離した。そしてその場にしゃがみ込んで、何やらぶつくさと呟いた。
「それならそうと言ってくれよ……。誰か、俺を埋めてくれ。恥ずかしすぎて、死にそう……俺カッコ悪すぎだろ」
「そんなことない……嬉しかったから」
そう優しく目の見て微笑むと、五十嵐は俺の頬を両手で包み込んでいた。もう少しでくっつきそうな距離の時に、朝陽に静止された。
「ちょっ! こんなとこで、やめろ!」
「あっ……」
「あっ……マズいか、流石に」
「お前ら二人とも、俺らの存在忘れてたな」
遼馬の指摘に俺たちは何も言えずに、お互いに赤面するしかなかった。すると、五十嵐は急に立ち上がって歩き出した。
そして直ぐにこっちを見て、微笑みながら告げてきた。その時の笑顔があまりにも綺麗で、俺は更に惚れてしまった。
「しっかりと話し合え。逃げずに、聞けよ。友達は一生もんだぞ」
ドヤ顔でそう言って颯爽と歩き出したが、直ぐに何もないとこで転んでしまった。カッコいいことを言っているが、すごくカッコ悪いなと思った。
すごく痛そうにしていたが、何も言わずにそのまま歩いて行った。数秒前のカッコよさは、どこに行ったのだろうか。
俺がそう思っていると、急に朝陽が爆笑し始めた。俺は訳も分からずに、見ていると遼馬が解説を始めた。
「シリアスな空気は、こいつは数分しか持たん。だいぶ、我慢したんだろうな」
「シリアスな空気って……はあ」
「五十嵐が転んだことで、耐えきれなくなったんだろうな」
腹抱えて笑っている朝陽も、そんなことを真顔で解説する遼馬も面白かった。俺もこの空気に耐えきれずに、爆笑してしまった。
三人で久しぶりに爆笑して、俺らの間に変な空気が流れなくなった。そこで再び屋上へと続く階段のところに座って、俺たちは終始和やかな感じで話をし始めていた。
「その、いつから付き合ってんだ」
「誰が?」
「その……お前と五十嵐」
「は? 別に付き合ってないけど」
遼馬の発言に俺は驚いたが、ちゃんと言うことにした。俺の発言に二人は、顔を見合わせて目を丸くしていた。
そしてため息をつきながら、呆れたような驚いたような表情を浮かべていた。俺は訳も分からずに混乱していたが、付き合っているように見えているのなら嬉しいと思った。
「付き合ってないのに、あの距離感なのかよ」
「まあ、告白はされたけど。まだ、返事してない」
「空雅の気持ちは決まってるんだろ」
「ああ、まあな」
遼馬の言葉に俺は急激に恥ずかしくなって、目を逸らしてしまう。やっぱ、間違いなく俺は五十嵐のことが好きだ。
でもそうやって伝えればいいのか、分からないんだよ。俺がそう思っていると、いつも以上の大きなため息をついて遼馬が立ち上がった。
「未練はもうないから、気にすんな」
「遼馬……俺」
「これからも友達でいたいもんな」
そう言って笑いながら俺に肩組みしてくる朝陽に、涙を拭って笑いかけた。きっと俺一人だったら、あのまま逃げて何も解決しなかったと思う。
全部、五十嵐のおかげなのかな? と思って、転んだところを思い出して再度笑ってしまった。
そう思ったら感謝しかないなと思った。でもまあ、言えないよな……。俺はあいつに助けられてばかりで、何も返すことが出来ないから。
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