十三話 才能

 俺は自分でも分かるぐらいに、弱々しい声で呟いた。俺は最低な奴なのに、五十嵐は静かにそう言って俺の頭を撫でてくれる。


 その瞬間、自分でも不思議なぐらいに心が晴れていくのを感じた。やっぱ、俺こいつが好きだわ。


 そう思って頭に置かれた手の上に、自分の手を重ねてみた。やっぱ、こいつのこの大きな手が好きだ。


 俺がそう思っていると、突然頬を触られて気がつくと触れるだけのキスをされていた。一瞬、フリーズをしてしまった。


「おまっ! 何、考えてんだよ!」


「いやあ、落ち込んでたから。慰めようとして」


「お前、実はアホだろ」


「赤点ギリギリで、大変な奴に言われたくないな」


 そう言ってイタズラな笑みを浮かべているのを見て、俺はとても嬉しくなってしまった。こんなことで少し心が晴れてしまう自分も、どうにかしてると思った。


 その数日後、俺は遼馬のことが気になってしまっていた。同じクラスじゃないのが、幸いしてか会う頻度が以前より少なくなってしまっていた。


 自分でちゃんと、五十嵐が好きなのだと分かっていた。それでも、まだこの気持ちをどう伝えればいいのか分からずにいる。


 そんなことを考えていたら、ボールが飛んできて顔面に直撃した。普段の俺ならわざと大声で、怒って大丈夫だと伝えるようにしていた。


 でもその日はそんなことを考える気力もなく、何も言わずにトボトボと保健室へと向かう。


「空雅くん、大丈夫かな?」


「体育祭から変な感じだからな」


 そんな会話が聞こえたが、それに反応することすら出来ずにいる。俺何やってんだろう……こんな時に、どうすればいいのか分からない。


 保健室のドアを開けると、そこには顔を赤くして具合悪そうにしている遼馬がいた。俺はなんて、声をかければいいのか悩んでいた。


 保健の先生はいないらしく、俺たちの間に変な空気が流れてしまう。俺は目を合わせることは出来なかったが、精一杯の笑顔でいつも通りに聞いてみた。


「風邪でも引いたのか? 熱は?」


「……あのさ」


「この前の雨のせいか? 土砂降りだったもんな」


「空雅! ……煩い」


「ご……ごめん」


 咳き込んでしまう遼馬を見て、俺はやっぱり心配になってしまう。そこに、カバンを持った朝陽が入ってきた。


 俺は話しかけようとしたが、怖い顔で睨まれてしまった。朝陽のこんな顔、初めて見た……いつも明るくて、バカみたいに笑い合っていたのに。


 どこで間違えたんだろう……俺がそう思っていると、朝陽に支えられながら遼馬は保健室を後にしようとする。


 俺は更にどうすればいいのか分からずにいると、悲しそうな声で遼馬に言われてしまった。きっと、相当に無理をさせてしまったと思ったがどうすることも出来ない。


「中途半端な優しさを見せるな。それは優しさじゃない」


「遼馬、行こう」


「ああ」


「それと空雅、遼馬の言うとおり。君の優しさは知っているけど、その気がないなら期待させるようなことを言うなよな」


 朝陽にそんなことを言われて、俺は何も言い返すことができなかった。しかも、ボソリと朝陽に心を抉られるようなことを言われた。


「俺はそんなお前がずっと、大嫌いだった」


 そう言っている朝陽もまた、とても傷ついた表情をしていた。二人はそのまま、保健室を後にした。


 俺は耐えきれずに、その場にへたり込んでしまう。俺って昔から、空気が読めなくて誰かを傷つけてしまうことが多かった。


 二人の言う通りなのかも……でも、優しさが嫌いと言われてしまったら……。他に俺には何もないから。


 俊幸や遼馬には学力という才能がある。朝陽にはどんな時でも、周りを明るくすることができる才能がある。


 陸には天性の人を惹きつけてしまう才能がある。九条には確かに変な時があるけど、それでも色々と努力しているのが分かる。


 五十嵐はいつもどこか子供っぽくて、時々予想外な行動に出られて戸惑ってしまう。それでもいつも、いとも簡単に俺の心を明るくしてしまう。


「痛い……」


 俺の頬を静かに伝う雫が、ボールの当たった口元に染みて少し痛かった。でもそれ以上に、もしかして五十嵐も俺の好意が嫌なのかもしれない。


 そんな時に、ドアが開いて少し肩で息をしている五十嵐が入ってくる。心配そうな顔で俺を見るなよ……。


 俺って自分が思っていたよりも、最低な奴で……お前に優しくされるような資格ないんだよ。


 俺はそう思って五十嵐の顔をまともに見れずに、顔を逸らしてしまう。すると、優しく頬を触って微笑んでいた。


「痛いのか?」


「……別に」


「痛いなら素直に言えよ。泣く程だったのか」


「違う……俺、最低で……だから、遼馬も朝陽も俺のこと嫌いに」


 俺は涙でぐちゃぐちゃになって、いつも以上に頭の中もぐちゃぐちゃになっていた。そのせいで、まともに話すことが出来なくなっていた。


 そんな俺を何も言わずにただただ、優しく抱きしめてくれていた。こんなに優しくしてもらう価値がないんじゃないか。


 俺はそんなネガティブなことばかりを、考えてしまっていた。それでも俺の頭を優しく撫でてくれて、その熱が身体中に広がっていく。


 出来たらこのままでいて欲しいなんて、考えていた時だった。五十嵐がとあることを教えてくれた。


「さっき、星野と斎藤に会ったぞ。空雅が怪我したみたいだから、保健室に行ってやってくれって」


「なんで……」


 俺が思っているよりずっと、あいつらの方が優しいじゃないかよ、普通、喧嘩じゃないけどこんな状態なのにそんなこと言わないだろ。


 俺はあいつらの優しさに、甘えていたのかもしれない。そう思ったら。更に涙が止まらなくなってしまった。


「大丈夫じゃない時は、しっかりと泣くことも大事だぞ」


「ズルい……本当に、ズルい」


「ああ、ズルくていいから」


 やっぱりこいつに抱きしめられると、不思議と心がフッと軽くなってくる。たったそれだけのことで、少し気持ちが楽になった。


 俺が泣き止むのを待ってから、五十嵐に椅子に座らせられた。そして俺の涙を手で拭いながら、傷口の手当てを始めてくれた。


 俺は優しく丁寧にしてくれる五十嵐に、聞きたくないが……大事なことを聞いてみることにした。


「俺のしてることが、迷惑になったりするのか」


 俺の問いに何かを考えていて、答えが返ってくるまで心臓がいつもよりも煩く感じた。それでもいつも以上に、優しく微笑んでくれて俺の欲しい言葉をくれる。


「俺はお前のお節介が好きだよ」


「お節介か……」


「誰かが俺のために何かしてくれているのは、素直に嬉しいよ」


 それのお節介が、俺意外にされていなければいいなと思った。今はそれ以上に、こいつに優しくされて嬉しかった。


 こいつの体温を感じながら、俺はまた好きになっていく。もう戻れないくらいに、この恋の沼に落ちていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る