十一話 なんで俺じゃないんだ
嫌われたくなかったが、もう無理だろう。ただ懐いてくれて、昔のことがあったから可愛く見えていただけで。
これはただ俺が勝手に思って、勝手に振られるだけ……ただ、それだけのことなんだから。お前が気に病むことはない。
答えてもくれないし、目も合わせてくれないか……そりゃあそうだよな。俺はカバンを届けに来たことを思い出して、カバンを渡して学校に戻ることにした。
すると何を思ったのか、後ろから抱きしめてきた。そして一番残酷で、一番嬉しいことを言ってきた。
「好きだと言ってくれて、ありがとな」
背中から伝わってくる体温や、息遣いが鮮明に感じ取れてしまう。彼女とかにも、後ろから抱きしめられたことはあった。
それでもこんなにドキドキして、離れたくないって思ったことはなかった。こんなん、諦めろという方が無理だろう。
どうしてこいつは、俺が諦めようとした時。こうして無理にさせるのだろうか……。それも多分、自覚なしにしてくる。
そんなことされたら、諦めることが出来なくなってしまう。ズルイよ……そして一番ズルいのは、ダメだと分かっていても離せないでいる自分だ。
初恋を諦めるのは、もう少し頑張ってからでもいいのかもと思った。でも諦めるところか、離したくなくなるなんて思いもしなかった。
それから早いもので、空雅たちは二年に進級した。ありがたいことに、今年も空雅の担任になることができた。
それと同時に、俺はとある信じたくない事実に気がついてしまう。空雅が大久保陸……多分、悟の弟に恋をしている。
そいつのために金髪を黒髪にして、ピアスなんかの類も外した。黒髪も可愛くてドキドキしてしまったのは、今は気にしないでおこう。
なんで……なんで、そいつなんだよ。なんで、俺じゃないんだよ。なんで、俺以外を見て嬉しそうにしてるんだよ。
あー、これが嫉妬ってやつか……俺は生まれて始めた感じた感情を、押さえつけるのに必死だった。
「俺はその……俊幸とお前が話しているのを見て、ヤキモチを焼いていたんだ」
「えっ……それって」
「――――俺はお前が、す」
「それ以上は言うな」
空雅が何かを言うタイミングで、俺と田口がその場に到着した。正直、俺はその後の言葉を聞きたくなくて息ができなくなっていた。
それなのに田口はすげーよな。いつも真っ直ぐに大久保のこと見て、直ぐに行動している。若いっていいな……俺も同い年だったら、できただろうか。
いや、多分できないような気がする。俺は今まで色んなものを手に入るべきものを、無理だと思って諦めてきたから。
――――でも空雅(初恋)だけは、絶対に諦めたくない。
そんな時に、お昼休み終了のチャイムが鳴り響く。そこで我に返って、先生としても言葉をかけた。声が上擦っていないか、心配だったが……。
「おーい、不良ども。チャイム鳴ってんぞ」
「ちっ……」
「おーい、教師に向かって舌打ちはやめろ」
俺が声をかけたことで、少しはピリついた雰囲気が和らいで……。むしろ、悪化しているように感じた。
俺は若干、大久保にかつてないほどの嫌悪感を感じた。しかし、それを表に出さないように声をかけた。
「青春もいいが、授業には出ろ。田口はいいが、他二人はギリギリで進級できたんだからな」
「うぐっ……」
いや、大久保は悪くない。俺の中にあるこのドス黒い感情は、俺自身が抱えている感情だから。
それを大久保のせいにしても何も始まらない。俺自身が、なんとかしないといけないことだから。誰かのせいにしたところで、根本的な解決には絶対にならない。
頭では分かっていても、恋というものは時に人を可笑しくさせる。俺は自分でも驚くくらいに、空雅のことになると理性が働かなくなるらしい。
「放課後、話がある」
「分かった……」
「ちょっ、俺も」
「お前はダメ。俺が直々に、勉強教えてやるよ」
俺がそう言うと空雅はバツが悪そうに、頷いたからそのまま教室へと向かう。本当はこのまま、連れていきたいと思った。
しかしそんなことできるはずもなく、俺は呼吸の仕方が分からずに更に苦しくなってしまう。
その日はいつも通りを装って、授業をしたが空雅のことを見ると上の空になってしまった。
放課後になり、俺はこっちを見てきている空雅に声をかけた。声が上擦っていないか、心配だったがなんとか伝えることができた。
「新田、生徒指導室に来い」
「分かった……」
なんか暗い表情を浮かべているのが、気になったが俺は先に生徒指導室へと向かう。その後ろを、何も言わずについてきていた。
俺も何も言わずに生徒指導室に入って、いつもの通りの向かい合わせの椅子に座る。俺は無言で、教科書を開くと空雅が口を開いた。
「……大久保とのこと、聞きたくないのか」
「……生徒の恋愛事情を、聞く気はない」
「なんだよ……それ、分かったよ! もう、ここには来ない!」
「はあ? 急に何、怒ってんだよ!」
俺は空雅が何を考えているのか、分からずにいると急に大声で怒鳴った。俺は更に意味が分からずに、俺も大声を出してしまう。
すると何故か顔を真っ赤にして何も言わずに、行こうとしたから俺は腕を掴んで諭すように言った。
「悪かったよ……その、何があったんだ」
聞きたくなかったが、相談したいのかと思って俺は自分の感情を押し殺してそう聞いた。すると、か細い声でぽつりぽつりと話し始める。
「……自分でも分からない……こんな感情、知らなくて……だから、知ろうとしたのに俊幸に阻まれた」
聞きたくない……聞きたいわけがない。俺はお前が好きなんだよ。知ってるだろ……。それなのに、なんで平気で俺に話せるんだよ。
「そうか……辛かったな」
「うん……」
そう言って静かに肩を揺らしながら、泣き始めてしまった。俺はよくないと思いながらも、空雅を優しく抱きしめて背中をさすってやった。
こういう誰にも見せないような、弱いところを俺にだけ見せてくる。そのせいで、勘違いしてしまいそうになる。
俺だけを見てくれればいいのにと、叶わない願いを心の中で呟く。こいつが泣いているのは、大久保に……気持ちを伝えることが出来なかったから。
俺にだけ弱いところを見せてくるのは、他に頼れる奴が誰もいないから。ただそれだけのことだろう。
だから勘違いすんな……分かっているのに、俺は自分の瞳から溢れ出てくるものに気がつく。
必死に止めようと思っても、一向に止まる気配がないものを気づかれないように拭うしか出来ない。
そんな自分がとても情けなくて、絶対に見られたくなかった。だから俺は空雅の頭を撫でつつ、情けない顔を見られないように隠した。
こいつの好きな奴が、俺だったらいいのに……そんなありもしないことを、考えてしまうぐらい好きなのだと改めて気がついた。
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