十話 嫌われたくない
そんなある日、俺は校舎裏にいる空雅と星野を見つけた。何やら話し込んでいて、俺は察してしまった。
多分だけど、星野は俺が空雅と同じ眼差しで見つめているのは直ぐに気がついた。だけど、見ないふりをしていた。
直視してしまうと、知りたくない事実を知ってしまって心が悲鳴を上げてしまうから。生徒と生徒の方が、例え男同士でも気後れせずに過ごせるだろう。
ましてや俺みたいな奴よりも、言葉数は少ないが新田を大事にしてくれる奴がいいだろう。
この年になって恋の終わらせ方も、恋の実らせ方も分からない。こんな自分じゃ空雅に、嫌われてしまう。
本当に嫌われてしまう前に、その前に関わらないようにするのが一番だろう。そう思っていると、空雅が生徒指導室に入ってきた。
俺は顔を見せてしまうと、泣いてしまいそうだった。そんな情けない姿を、見せたくなかったから見せないように淡々と伝えることにした。
「お前、もうここに来んな」
「はあ? なんだよ、それ」
「いいから、来んな」
「はあ? 納得のいく説明をしろよ」
俺は必死にそう伝えてくる新田に、伝えたかったが勢いで壁ドンをしてしまった。困惑している、新田の顔を見て顎をクイッと持ち上げた。
そして間近で見ると、目つきは悪いが可愛い顔に見惚れてしまった。キスしたいって、自分から思ったことは生まれて初めてだった。
さらに近づいて、もう少しでくっつきそうな距離になった。そんな時だったが、空雅は俺の腕を掴んで軽く震えていた。
そして怖いと思っているのか、怯えたように目を瞑っていた。そのため、俺は我に返って結構な勢いのデコピンをした。
「っつー! 何、すん」
「お前の面倒は、もう見たくないから。もうここに来んな」
「はあ? 答えになってねーだろ」
「……いいから、もう来んな」
俺はそう言った発言とは裏腹に、今にも泣きそうになっていた。空雅は何も言わずに、その場を後にした。
「ヤバい……この年で、初恋で失恋とか笑えない」
自分でも驚くくらいに、完全に理性が仕事してなかった。その場にしゃがみ込んで、更に自己嫌悪に陥ってしまった。
空雅の怯えたような顔が、脳裏に焼きついてしまった。完全に震えていたし、怯えていたからこれで俺のこと嫌いになっただろう。
もう来ないでくれ……お願いだ。しばらくしたら、この熱も冷めてくれるだろう。俺は一人で完全に、声を押し殺して泣いてしまった。
それから早いもので、一ヶ月が過ぎてしまった。季節は完全に冬になりそうで、そういえばそろそろ俺の誕生日が近づいてきたな。
毎年、ハロウィンになると実家のケーキ屋の手伝いをさせられる。ここ数年は県外にいたから、手伝っていなかった。
誕生日の息子に手伝わせるとか、人使いが荒いよな……。そんなことを考えていたら、女子生徒数人に声をかけられた。
「先生って、彼女とかいるんですか」
「あー、それは答えられないな」
「えー、なんでですか」
「先生と生徒だから」
うるさいな……俺は失恋したから、そんなことどうでもいいんだよ。お願いだから、俺のことはほっといてくれ。
そう言えたらどれだけいいことか。はあ、めんどくさい。俺ってなんで、教師してるのか時々分からなくなってしまう。
そもそも俺がこの仕事に着いたのは、幼い頃の空雅の影響がデカい。考えてみたら、色々と影響をもたらしてくれている。
あっ……そんなことを考えていたら、少しナーバスになってきてしまった。そんな時だった、急に腕を誰かに掴まれた。
「おいっ? どうした? 新田?」
何故か俺は、無言で空雅に手を掴まれて引っ張られていた。振り解く事も出来ずに、気がつくと生徒指導室に連れて来られてしまった。
俺は久しぶりに、空雅の顔を間近で見られて嬉しくなってしまった。担任だから完全に避けるのは不可能だった。
どうしても目で追ってしまって、その度に苦しくなってしまう。恋ってこんなにも辛いものなのかと、この歳になって知ることになるなんて思いもしなかった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、俺の腕を掴んだまま胸に顔を埋めてきた。本当は大人としての行動は、引き離すべきなんだろう。
でもどうしても出来なかった……不安そうに見つめてくる空雅を、離すことなんて出来なかった。
ズルい大人でごめんな……俺はこういう時に取るべきことが、分からなくてただただ困惑してしまっていた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「……んな」
「えっ?」
「俺以外に、触られて笑うな」
自惚れているわけでもないが、これは確実に告白……じゃなさそうだな。意味分かって言ってないなとは、思いつつも嬉しくてニヤけてしまう。
空雅の表情を見ると、頬を真っ赤に染めていて可愛かった。自分でもよくないと思うが、心に押さえ込んでいたものが一気に溢れ出てしまう。
俺は空雅の頬に触れて、一世一代の勇気を込めて自分の気持ちを伝えることにした。ここで突っぱねて嫌われてしまいたい。
それと同時に嫌われたくない……付き合いたいとは、思わないけども……嫌われてしまうのは、耐えられない……。
「好きだ……俺も、俺以外に空雅を触られたくない」
「すっ……好きって、男同士で」
困惑している表情を見て、直ぐに我に返って距離を取った。俺は何をしてるんだよ……。空雅を前にすると、理性が仕事してくれない。
まるで中学生みたいな感じで、あの頃から俺は成長してないのかもしれない。こんな風に相手のことばかり、考えてしまうのなんて初めてだから。
俺がそう思って何度目か分からない自己嫌悪に陥っていると、顔を真っ赤にした空雅が飛び出して行ってしまった。
俺はため息をついてしまうが、そこで鞄を持たずに行ってしまったことに気がついた。追いかけてどうするんだよ。
でも兎に角、カバンを届けに行くことにした。何も考えずに来てしまったが、家知らないんだよな。
そんなことを考えてトボトボ当てもなく歩いていると、たまたま空雅後ろ姿を見つけた。俺は声をかけようとしたが、他校の男子に殴られそうになっていた。
「お前、この前はよくもやってくれたな」
「誰だっけ?」
「ふざけてんのか!」
「はあ? 弱いやつに興味はないね」
気がつくと抱きしめる形で、背中で拳を受けとめていた。マジで痛くて泣きそうになってしまったが、なんとか我慢して耐えていた。
「おい、お前。何もんだよ」
「つっー、本気で殴りやがっていてーよ。空雅、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
大丈夫そうな空雅を見て俺は、安堵の声を漏らした。そんなことをお構いなしに、他校の男子生徒は怒ってきた。
「おいっ、無視すんな」
「煩い、俺は今機嫌が悪い。とっとと、失せろ」
「ちっ……」
俺は後ろを振り返り、まじまじと見て睨む。この制服、近くの男子校か……よしっ、顔は覚えたからもし何かしたら大人の権力使ってやる。
俺がそう思って更に眼光を鋭くして睨むと、怯えた様子で舌打ちをして行ってしまった。俺は怪我がなくて良かったと思って、思わずより一層強く抱きしめてしまった。
俺は直ぐに我に返って、抱きしめている腕を離して距離を取った。こんな風に男に抱きしめられても、気持ち悪いだろう。
俺はそう思ったが、それでも湧き出てくる感情に抗うことが出来なかった。俺は頭を撫でて、精一杯の笑顔で微笑みかけた。
「さっきのことだけど、聞かなかったことにしてくれ。ごめんな、いきなりあんなこと言われて気持ち悪かったよな」
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