第二章 五十嵐秋也の過去

八話 夢を見つけた

 これは俺がまだ、高校生だった時のことだ。目が悪くて黒縁のダサい眼鏡を掛けていて、髪も適当に伸ばしていた。


 そんな俺だったが、ずっと気になっていたことがある。それは俺の実家のケーキ屋【Aimer】の前に来ては、何も買わずに見ていくだけの小学生ぐらいの坊主のことだ。


 別に買わずに見ていく子供とか普通にいるし、珍しいことじゃない。それでもなぜか、俺はその名前も知らない坊主のことが気になっていた。


 今思えば、多分……小さい時の俺と、同じような目をしていたから。諦めているというか、達観しているというか……。


 とにかく俺は、この時すごく気になってしまった。そのため、つい声をかけてしまって、廃棄予定だったり崩れたりしたケーキを食べさせてやった。


「美味か? 坊主」


「うん、美味しい」


 そう言って本当に無邪気に喜んでくれていて、それが本当に嬉しかった。この時の俺は、色々と悩んでいた。


 進路のことや家のこと、俺には年の離れた妹が一人いる。だからだったのか、ほっとけなかった。


 後は単純にものすごく可愛かった。言っとくが、小さい子が好きとかじゃないからな。なんていうか、俺を見つけた瞬間に顔が柔らかくなって微笑むとこだ。


「お兄さん!」


「おう、坊主」


 後は俺が頭を撫でてやると、恥ずかしそうに俯いている。しかし、嬉しそうに笑っているとことか。


 とにかく、全部可愛くて完全に俺の癒しだった。この笑顔を曇らせては、いけないと思っていた。


 最初は店のケーキだったが、俺は昔から不器用で両親から匙を投げられていた。それでも坊主の笑顔が見たくて、ケーキを一生懸命に頑張って作った。


「今日のケーキ、いつもと違うね」


「不味いか?」


「ううん、いつも美味しいけど今日のはもっと美味しい」


「そっか……ありがとな」


 純粋な瞳で笑ってそう言ってくれて、俺は今にも泣きそうになってしまった。それでも、本当に嬉しそうに食べてくれるその笑顔を見たら涙が引っ込んでしまった。


 ケーキをご馳走しつつ、悩みなんかも聞いてやった。驚いたことに俺と同じようなことで、悩んでいた。


 でも俺よりも辛いだろうと思ってしまった。俺はこの歳になって妹ができたから、なんとか立ち回れていると思う。


 でもまだ小さいこの体で、俺と同じようなことで悩んでいる。それなのに、俺は一人ウジウジと悩んでいる。


 この前も俺は一人でこの虚無感に立ち向かえずにいた。そんな時に、ふと道端でタバコを吸っている人がいて煙を吸わされた。


「ゲホッ……ゲホッ」


 タバコってこんなにも、嫌な感じがするんだなと思った。タバコでも吸えば、この虚無感が少し紛れるかとも思ったが無意味だと思った。


 俺はそれを思い出して、なんとなく坊主の頭を撫でてやった。すると、嬉しそうに微笑んでくれた。


 それが可愛くて、この笑顔を守ってやりたくなった。そこで将来自分みたいに悩んでいる若者を、指導できるようにと教師の道を進むことにした。


 それから俺はまともに勉強してなかったが、医者を志していた中学からの悪友の大久保悟に教えてもらうことにした。


 今日も放課後。いつものように悟の家にケーキを持って行って、部屋で勉強を教えてもらっていた。


「ここは、それを代入」


「なるほどな……」


「あのさ、なんで急にやる気出したんだ。お前は昔から、やればできるのに全てにおいて手を抜いているだろう」


 そう言われて俺は自分でも思っていたよりも、あの坊主の存在が自分にいい影響をもたらしてくれていることが分かった。


 俺はそのことが嬉しくて、つい笑顔で本心を言ってしまった。まさか、悟からあんな風に思われていたなんて思いもしなかったから。


「そのとある子と、仲良くなってさ。その子が俺なんかよりも、苦労してるから。急に恥ずかしくなってさ」


 俺が照れながらそう言うと、悟はとても悲しそうな顔をしていた。俺はその表情の意味が分からずにいると、目を真っ直ぐに見据えられて言われた。


「俺はお前が好きなんだ。秋也」


 悟に告白された時は、驚きはしたが気持ち悪いとは思わなかった。確かに悟のことは好きだけど、この好きは明らかに恋愛感情とは違った。


 それと同時に、絶対に悟のことを好きになることはないと思った。それでも告白されたのは、嬉しかったから俺はズルいと思ったがこう言った。


「好きだと言ってくれて、ありがとな」


 俺が笑ってそう伝えて、肩をポンと叩いて家を後にした。帰りながら俺は、確かに俺は自分で言うのも良くないと思うがとてもモテる。


 身長も高くて、そこそこ見た目も良くて適当に優しくしている。ただ俺自身は、そんなことどうでも良かった。


 だって、それって全部……俺の外側だけじゃん。今まで彼女も何人かいたけど、別れる時に言われることがいつも決まっていた。


「秋也って、見た目だけ」


 決まってそう言われて、一方的に決めつけられていた。俺のことなんて、全くと言っていいほど見てないじゃん。


 そんな奴のこと好きになるはずがない。しかも悪友でもあり親友でもある、悟にもそんな風に見られていたなんて思いもしなかった。


 流石に悟は俺の外側だけじゃなくて、ちゃんと中身も見て好いてくれていると思う。決して自惚れじゃなくて、俺の知っている大久保悟はそういうやつだ。


 だからずっと親友だと思うし、こんなことって言ったら失礼だけど。最初はギクシャクしてしまうかもしれないが、それでも親友であり続けたい。


 完全に俺のわがままだし、自分勝手だとは思う。それに離してしまうと、よくない方向に行ってしまうのではないかと思ったのもあった。


 俺の思った通り、最初は目も合わせてくれなくなった。しかし、二ヶ月ぐらいしたら悟の方から話しかけてくれた。


「なー、秋也はどこの大学に行くんだ」


「T大だよ」


「俺もそこにするわ。医学部に腕のいい先生がいるんだ」


 そう言って微笑んで、自分の気持ちを隠しているそんな親友に何も言えなかった。中途半端な優しさは、本当の優しさじゃない。


 昔誰だったか、そんなことを泣きながら言われたっけ。悪いなとは思いつつも、俺はこのまま親友でありたいと思った。


 大学に入ってからもあの坊主のことが気になって、たまに実家に行っていた。正直、手伝いの方がついでだった。


 それでも大学に上がってから、一度も出会うことが出来なかった。今更ながらに、名前ぐらい聞いとけばよかったと後悔した。


「元気にやれているだろうか」


 気がつけば勉強以外の時は、あの坊主のことを考えるようになってしまっていた。俺がいなくなっても、平気だろうか……。


 そんなことを考えつつも、俺はいつか会った時にあの坊主に誇れるような自分でありたいから。


 そして月日は流れ、無事に教務員試験に合格した。大学卒業して直ぐに高校教師として、仕事を始めた。最初は慣れないことばかりで、戸惑ったがだんだんと慣れてきた。


 自分が思っていた以上に、先生という職業は俺に向いているのかもしれない。色々と悩んで間違ってたくさんの人に、自分の気持ちをひた隠しにしてきた。


 そんな俺だから、生徒に対して人一倍親身になって話せるのかもしれない。間違った方向へと進んでいる若者を、俺みたいに自分の進みたい方向へと誘う。


 とてもやり甲斐があって、本当に教師になって良かったと思っていた。ほんとあの坊主に感謝だなと感じていた。


 教師になって六年目に、母校であるこの高校に配属された。引き継ぎとかのために母校に行って見知った顔も何人かいたが、挨拶をしていると不意に名前を呼ばれた。


「あれ? 秋也じゃん、新任って秋也だったの?」


「うげっ……静香」


「久しぶりに会った従姉に、随分じゃないかしら」

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