七話 ファーストキス
そう言って俺を自分の方に向けさせて、五十嵐の方を見ると涙を浮かべていた。なんで、お前がそんな顔するんだよ……。
なんでそんな風に、傷ついてるんだよ。お前が先に、酷いことを言ってきたんだろ。変な奴って、思うのにこの表情を見ると苦しくなってくる。
俺はそう思ってこいつの頬を触って、その暖かさが嬉しくてつい微笑んでしまう。すると、今度は五十嵐に頬を触られていた。
「空雅……」
「いが……」
気がつくと唇同士が完全にくっついていて、目の前には綺麗な顔があった。あまりにも突然のことだったが、俺は何故かとても満ち足りた気持ちになっていた。
しかし次の瞬間、俺は我に返って綺麗に微笑んでいる五十嵐を離していた。俺はどうすればいいのか、分からなくて黙っていた。
今度は愛おしそうに俺を見つめて、抱きしめて安堵の声を漏らしていた。俺もなんとなく、抱きしめ返した。
やっぱり俺は、こいつが好きなんだ……時々、分からない行動をされるが……。それでも俺は、間違いなく五十嵐秋也のことが好きみたいだ。
まあそれはそれとして、嬉しそうに微笑んでいるこいつをまともに見ることが出来なかった。そのため自分でもよくないと思うが、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「ファーストキスだったんだが」
「そうなのか! 彼女とか、いなかったのか」
「……いねーよ。んなもん」
俺が正直にそう言うと、五十嵐は凄まじい勢いでガッツポーズを取っていた。俺はそれを見て、直ぐになんか引いてしまった。
そんなに俺に彼女がいなかったことが、嬉しいのかよ……。変なやつだなと思ったが、それでもこの人の役に立ちたい。
それにしても、なんだこの大人……まあでも、なんか可愛かったからいいとしよう。それにこいつと一緒にいると、自然に笑顔になってしまうから不思議だ。
「空雅?」
「まあ、いいや」
「はあ?」
「こっちの話だ」
不思議そうに小首を傾げていて、なんかその間抜け面が可愛く思えた。今はそれでいいや……そう思って、抱きついてみる。
嬉しそうに微笑んでいるようで、俺も言葉には出さなかったが本当に嬉しくなった。こいつといると、本当に心地よく感じてしまう。
こんな感情を知ることができるなんて、思いもしなかった。あのお兄さんじゃなかったとしても、そんなのは関係ないよな。
とにかく今は、このままの関係性でこいつの役に立ちたい。まあ、素直になることは出来ないが……。
「五十嵐、これからもよろしくな!」
「ああ、こちらこそ」
俺は五十嵐とハイタッチをして、お互いに微笑みあった。まあその後に、冷蔵庫に酒しか入ってなくてキレたのはまた別の話だ。
早いもので夏休み最終日になった。今日は、近所の夏祭りに五十嵐と二人で待ち合わせをした。
「ちょっと、早く来過ぎたかな」
「空雅、見つけた」
「つっ……」
俺を見つけて大きな子犬のような、表情を浮かべてきたもんだから嬉しくなってしまった。
しかもだ……半袖に短パンにサンダルなのに、無意味にカッコよく見えてしまった。これが恋のパワーなのだろうか。
腕や足が見えてそれだけで、変にドキドキして直視できずにいた。そんな俺の気も知らずに、いつものように肩を組んできた。
くそ……俺の心臓が煩くて、困るぐらいに高鳴っていた。ちくしょー、なんでこんなにかっこいんだよ!
なんか無性に腹が立ってきて、イライラしてきた。俺が訳も分からずに、苛立っていると声をかけられた。
「腹空かないか」
「そう言われると、確かに……」
「クスッ……なんだよ。それ」
そう言って、ほんとに楽しそうにしていた。その笑顔が可愛くて、俺は直視が出来なかった。
そのまま手を掴まれて歩き出す。学校の連中に見られるかもしれないのに、いいのかよ……と思ったが、離すことは出来なかった。
手から伝わってくるこいつの、体温の温もりを手離すことが出来ないからだ。俺よりも大きくて、ゴツゴツしてるのに何故か胸が高鳴ってしまう。
「焼きそばでいいか」
「ああ、いい」
「たこ焼きは?」
「ああ、いい」
「わたあめは?」
そんな感じで適当に返事していると、いつの間にか大量の食べ物や飲み物を買っていた。確かに、適当に返事していた俺が悪いけど。
これは流石に買い過ぎだろ……それでも、嬉しそうにはしゃいでいるのが可愛く思えてしまった。
俺たちは近くの石畳の階段に座って、食べ始めた。行き交う人々を見て、恋人が多いことに気がついた。
隣で飲み物を飲んでいる五十嵐の、唇を見てこの前のキスのことを思い出す。あれって、どういうつもりだったんだろか。
「空雅、食べないのか」
「えっと、五十嵐……」
「つっ……ちょっと、こっち来て」
「あっ……おい」
腕を掴まれて連れてこられたのは、人が滅多に来そうにない雑木林だった。俺が不思議に思っていると、急に抱きしめられた。
俺はよく分からなかったが、とりあえず抱きしめ返す。こいつって、実は甘えん坊か? よく抱きしめてくるけど、俺以外にもしたりするのだろうか。
そう思ったら少し、心がズキっと痛くなってしまった。それでも今、目の前にいるのは俺だから。
俺だけを見てくれればいいのにな……なんて、症に合わないようなことを考えてしまう。しばらくこうしていたいな……。
俺がそう思っていると、いきなり離れてしまった。体温が急激に冷めていくのを、感じて少し寂しい気持ちになった。
「えっと、俺以外にあんまり無防備な姿を見せるなよ」
「はあ? なんの話だよ?」
「さっき俺の口元見てただろ? この前のキス、思い出していたんだろ」
「なっ……そうだけど」
どうして分かったのだろうか……疑問に思いつつも、素直に言ってしまったことを反省した。
するとこいつは、大袈裟に口元を押さえて笑ってきた。しかも、微妙にバカにしてきているのが分かってイラッとしてしまった。
「おまっ! なんなんだよ!」
「俺も思い出したから、そうだといいなって思ったんだよ」
「つっ……そうかよ」
そんなことを、笑顔で目を見て言ってきた。俺は自分でも、顔が真っ赤になっていたのが分かった。
すると俺の頬を触ってきて、腰を支えられた。俺も背中に腕を回して、軽く触れるだけのキスをした。
微かにソースの味がして、変な感じがした。それでもあの時と同様に、嫌な感じは全くしなかった。
むしろ、嬉しくて心が満たされた気持ちになった。こいつがどう思っているのか、分からないがそれでもこのままでいたいと思った。
それからは、急いで買ったものを食べた。お互いの顔が見れなくて、そそくさと後片付けをしてその場を後にした。
「えっと、空雅何やりたい?」
「あー、特に」
ほんとは射的をやりたいが、毎年景品を取りすぎるからな。そのせいで、去年等々出禁になってしまった。
まあ町内の射的大会で五年連続で、優勝しているから当たり前なのかもしれないが……。そんな感じで適当にぶらぶらしていた。
「そろそろ、行くか」
「どこだよ」
「来てからのお楽しみ」
五十嵐は自分の口元に手を持ってきていて、それがなんだかカッコよく見えた。気がつくとこいつに手を掴まれて、歩き出された。
普段の俺なら恥ずかしさで、離していたと思う。この時はこの熱を手放したくなくて、跳ね除けることはできなかった。
しばらく歩き回って到着したのは、さっき来た雑木林だった。さっきの出来事を思い出して、俺は自分の顔が真っ赤になっていることに気がつく。
「こっちに来て」
「あ? なんで」
「いいから」
そう言って手招きするから素直に従うと、急に後ろから抱きしめられた。突然のことで驚いていると、ピカッと何かが遠くで光った。
遠くを見てみると、大量の花火が空に咲いていた。あまりにも綺麗で、俺は見惚れていた。そのため、自分が置かれている状況を忘れていた。
「どうだ、ここ花火を見れる穴場なんだ」
「綺麗だな! すげー……」
あまりの感動で、抱きしめられていたことを忘れていた。勢いで後ろを向いたものだから、唇同士がくっつきそうになった。
俺たちは恥ずかしくなって、お互いに顔を逸らしてしまった。ヤバい……花火の音よりも、俺の心臓の音の方が煩いんだが……。
それでも後ろから伝わってくる熱が、いつもよりもより一層伝わってきたような気がした。
そのせいか、汗が自然と出てくるぐらい暑いはずなのに手放すことが出来なかった。
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