五話 ズルい
後ついでに担任は、五十嵐になった。どうでもいいが、俊幸は完全に大久保に声を毎日のようにかけている。
俺はその様子をずっと、見つめていた。確かに、可愛いと思うが男同士だぞ。そんな上手くいくとは思わない。
まあ、俺も悩んでいるのは男同士ってことだけど。そこで五十嵐の顔が脳裏に浮かんできて、熱が集中し始める。
あいつのことを考えると、いつもこうなってしまう……。そのせいで、正常な判断ができなくなってしまうのだ。
それにしても見た感じ、大久保って俺ら不良が苦手そうだし。俊幸は不良って感じもしないけど、茶髪だし口悪いし苦手な人種だろう。
そう思っていたのだが、なんと以外にも二人が仲良くなり始めたのだ。
それはそれとして、大久保と仲良くなればこの意味の分からない感情がなんなのか分かるのかもしれない。
そのため俺は意を決して、大久保に声をかけることにした。しかし、何故か遼馬と朝陽もくっついてきた。
「なんで、お前らもいるんだよ」
「なんか、楽しそー」
「なんとなく」
めんどくせーと思いつつ、頑張って大久保に声をかけてみた。しかし、何を言うのか考えてなかった俺は言い方が良くなかった。
「えっと……」
「お前さ、俊幸と離れろよ。最近、俺らとちっとも絡まなくなってさ」
大久保の顔を見ていると可愛くて、変に緊張してしまう。そのため、思ってもいない酷いことを口走ってしまった。
「同情で優しくされてんのに、図に乗ってんじゃねぇーよ」
自分でもよくないと分かっていたが、傷ついた顔を見て激しく後悔してしまった。気がついた時は、大久保は泣きそうな顔で走って行ってしまった。
「あちゃー、あれは良くないよ」
「そうだな……よくない」
「うっせー」
そこで気がついてしまった。俺はもしかしたら、大久保のことが好きなのかもしれないと……。
自分でも頑張ってみようと思って、それから色々と奮闘してみた。黒髪に戻して、ピアスやアクセサリーの類も取ってみた。
その結果、陸と名前で呼ぶ仲になった。何故か、俺に対抗して俊幸も黒髪にしてきたけどな。
それと同時に、陸が俊幸に向けている目線が恋なのは直ぐに気がついた。傷ついたってよりかは、なんか腹が立った。
俺はこんなに色々と悩んでいるのに、陸はいいとして俊幸が甘い雰囲気を出しているのは無性に腹が立ってしまう。
分かっているんだよ……そんなことを思っていても、なんも意味もないことも。だから、陸にこの思いをぶつければ何かが分かるような気がした。
そのため、伝えようとしたら俊幸に阻まれてしまった。それどころか、何故か五十嵐の機嫌もよくない。
生徒指導室でいつものように、勉強を見てもらっていた時のこと。いきなり、悲しそうな笑顔を浮かべて言ってきた。
「泣きたい時は泣いていいからな」
そう言って頭を撫でられて、昔のお兄さんのことを思い出した。それと同時に、陸や他の奴らには感じない心の温かみを感じた。
好きなのは間違いないが、この感情と陸に感じるこの感情の意味の違いを俺はまだ分からずにいた。
本当は嬉しいのに素直になれなくて、憎まれ口をつい言ってしまう。そんな自分が嫌だけど、素直に甘える方法が分からない。
でもこれだけは言える……今はこの距離感がとても心地良くて、今はこのままが一番いいのかもしれない。
早いもので夏休みになって、皆んなで海に来た。五十嵐のバカに色々と振り回されたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
それにその……水着だから当たり前だが、上半身が意外にも筋肉がついていてカッコよかった。
まあ、ちょっとお腹周りに肉がついていたがそれでも筋肉質には違いない。そんな体を見て、ズルいなと思ってしまった。
相変わらず仲のいい、陸と俊幸のバカップルは人目も気にせずにイチャイチャしている。人の気も知らずに、俊幸がこっちを見てニヤニヤしているのも腹が立つ。
俺は海の家から借りたパラソルの下に、レジャーシートを置いてそれに体育座りをしていた。
それはそれとして、海で遊んでいる時に五十嵐は胸の大きいお姉さんに声をかけられていた。
「お兄さん、一人?」
「私たちと遊ばない?」
「あー、連れがいるから」
ヘラヘラしている姿を見て、イライラしていた。俺のこと好きとか言っておいて、何ナンパされて嬉しそうにしてんだよ。
俺がよく分からずにイライラしていると、九条が俺が座っている横に座ってきた。ニヤニヤしていて、イラッとしたがそんなことはどうでも良かった。
「聞きたいんだけど、いいかしら」
「あ? なんだ、九条か。どうした?」
「五十嵐先生とは、どこまで行ったのかしら」
そんなことを真顔で聞いてくるこいつの、真意は分からないが言ってはいけないと本能が訴えかけてきていた。
そのため適当に、勉強を教えてもらっていることを伝えた。嘘は言ってないから、大丈夫なはずだ。
その答えに満足したのか、九条はフラフラとどこかへ行ってしまった。その後に、俺が座っていたパラソルの中に五十嵐が入ってきた。
「空雅は、海で遊ばないのか?」
「……ああ、まあな」
海に来てまでも俺は、誰かさんのことしか考えることができなかった。それどころか……九条と話している時には、感じることがなかった熱が籠り始める。
俺がそう思っていると、優しい笑みを浮かべて俺の頭を撫でてきた。俺はこいつの大きな手が好きだ。声と匂いと体温も好きだ。
他の奴らがいる時は、俺のことを新田って呼ぶ。こうして二人でいる時は、空雅と呼んでくる。
やっぱ、変だ俺……これだけのことなのに、今度は顔に熱が集中し始める。
「おいっ! 空雅?」
「お……俺、海に入ってくる!」
俺は急激に恥ずかしくなって、海へとダイブした。この熱を冷ますためには、冷やさないといけないと思ったからだ。
陸の兄貴の話になって、五十嵐の実家がケーキ屋だということが判明した。もしかして、やっぱあのお兄さんなのかもと淡い期待をした。
しかし、店名が違うことに気がついて違ったのかと心に靄がかかったような気がした。
「もしかして、よくケーキ持ってきてくれていた」
「おう! やっと思い出したか、俺の実家ケーキ屋だからチビ達にって。名前は、エメって言うんだ」
あのお兄さんのお店は、【Aimer】だから、多分あいまあーと読むと思う。俺英語とか、苦手だから自信はないけど。
俺は急に悲しくなってしまって、一人で後片付けをしていた。そんな時に、上機嫌の五十嵐が肩を組んできた。
「俺も手伝うぞ」
「……いい、酔っ払いは引っ込んでろ」
「……むっ、なんだよ。その言い方」
少しムッとした表情を浮かべて、直ぐに離れてどっかに行ってしまう。俺は一旦水を止めて、その場にしゃがみ込んでため息をついた。
なんか五十嵐に会ってから、俺のペースは崩されっぱなしだ。しかも、本当は手伝って欲しいし構って欲しい。
俺がもっと素直に言えたらいいのにと、自己嫌悪に陥っていた。そんな時だった、水の音が聞こえて見上げてみると五十嵐が続きをしてくれていた。
「なんで……」
「もしかして、うずくまっているから具合悪いんじゃないかって……思ってさ。そういう時は素直に甘えなさい」
こいつはどうして、いつもこうなんだろう……。最も簡単に、俺の心のモヤモヤを晴らしてくれて元気にしてくれる。
俺は心より先に、体が動いて後ろから抱きついた。それでもこいつは、嫌な顔一つせずに笑っていた。
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