四話 気持ち悪いなんて思わない
「空雅、ちょっといいか」
「おう、どうした」
いつも以上に仏頂面をした遼馬に声をかけられた。人が滅多に来ない校舎裏に、呼ばれて黙って着いていった。
少し肌寒くなってきていて、季節は完全に秋になっていた。落ち葉がもう落ち始めていて、なんか言葉に表すことが出来ないような感覚になった。
そしたら、いきなり顔を真っ赤にして変なことを言われた。俺は意味が分からずに、思ったままのことを口にした。
「この前も言ったが、五十嵐にこき使われるのやめろ」
「なんでだ? 俺が誰と何してても、お前にはカンケーないだろ」
「――――そうだな、関係ないな」
「お、おい。りょう……なんだ、あいつ?」
俺の言葉に何故か、深く傷ついた様子の遼馬は黙って行ってしまった。俺はなんだか、気になってしまった。
それでも五十嵐と約束してるしな……。そう思って、生徒指導室に入ると少しいつもと違う感じのする五十嵐に顔も見せない状態でこう告げられた。
「お前、もうここに来んな」
「はあ? なんだよ、それ」
「いいから、来んな」
「はあ? 納得のいく説明をしろよ」
俺がそう言うと突如、五十嵐に壁ドンをされた。俺は訳が分からずに、困惑していると顎をクイッと持ち上げられた。
そして間近で見るととても、整っている顔に見惚れてしまった。俺は自分の顔が真っ赤になっていることが、分かったが抵抗も何も出来ずにいた。
さらに近づいてくるから、俺は跳ね除けることもできたが何故かできなかった。俺が静かに目を瞑ると、いきなり結構な勢いのデコピンをされた。
「っつー! 何、すん」
「お前の面倒は、もう見たくないから。もうここに来んな」
「はあ? 答えになってねーだろ」
「……いいから、もう来んな」
俺はそう言って発言とは裏腹に、今にも泣きそうになっている五十嵐に何も言えずにその場を後にした。
俺は走って学校から飛び出していき、近くの路地裏まで走って行った。そこで肩で息をしながら、しゃがみ込んで思い出してしまった。
あいつの綺麗な顔や微かに感じた体温や、確かに感じた息遣いを思い出してしまった。あいつも俺も男なのに、こんなに胸が高鳴るって普通じゃないだろう。
その日はそのことが気になって、一睡もできなかった。それから早いもので、生徒指導室に行かなくなってから一ヶ月が経って制服も冬服になっていた。
「でさ、空雅もそれでいいか」
「……えっ? あ、何」
「聞いてなかったのか? 放課後、カラオケ行かないか?」
「……ああ、いいよ」
「絶対、聞いてないだろ」
俺の席の前に座っている俊幸に、声をかけられたが完全に上の空だった。表面上はいつも通りを装っているが、あの日から遼馬の様子がおかしい。
前から口数が少なく何考えているのか、分からなかったがいつも以上に口数が少なくなっていた。
それに合わせるように、いつも何があっても元気いっぱいで悩みなんてなさそうな朝陽も元気がなかった。
かくゆう俺も、あの日からおかしいのだ。あれから完全に、五十嵐からあからさまに避けられている。
そのせいで何をしても、楽しいことをしても心が晴れることはなかった。しかも五十嵐は、意外とモテる。
本人はどう思っているか分からないが、意外と面倒見もいいし優しいからモテるのも理解はできる。
「先生って、彼女とかいるんですか」
「あー、それは答えられないな」
「えー、なんでですか」
「先生と生徒だから」
入学してからずっとこれだよ。俺が生徒指導室で勉強を教えてもらっていない時は、いつも女子にモテモテになっている。
俺は何故かその女子が五十嵐に触っているところを見て、気持ちが悪いと感じてしまった。
しかもヘラヘラと笑っていて、それが無性に腹が立ってしまった。気がつくと、俺は頭よりも先に行動してしまっていた。
「おいっ? どうした? 新田?」
何故か俺は無言で、五十嵐の手を掴んで生徒指導室に連れてきてしまった。そんな俺を黙って、優しい瞳で見つめてきた。
自分でも分からなかったが、俺は困惑している五十嵐の腕の掴んだまま胸に顔を埋めた。自分でも理解してない行動をしても、嫌な顔一つせずに心配してくれている。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「……んな」
「えっ?」
「俺以外に、触られて笑うな」
俺は頭がぐちゃぐちゃになりながらも、五十嵐の顔を見たら考えもなしに伝えてしまう。それなのに、さらに優しい瞳で頬を触られて言われた。
「好きだ……俺も、俺以外に空雅を触られたくない」
「すっ……好きって、男同士で」
俺が困惑してそう言ってしまうと、凄く傷ついた顔で離れてしまった。これ以上一緒にいると、おかしくなってしまうと思い俺は教室を後にした。
何も考えずに飛び出してきてしまったから、カバンを忘れてきたことに気がついた。でもな……今更どんな顔をして行けばいいんだよ。
久しぶりのあいつの体温や匂いを感じて、また再熱しているこの体の熱をどうすればいんだよ。
俺がそう思って路地裏で考えていると、他校の不良に声をかけられた。誰だっけ、こいつと思っていた。
「お前、この前はよくもやってくれたな」
「誰だっけ?」
「ふざけてんのか!」
「はあ? 弱いやつに興味はないね」
そう言って俺は奴に背中を向けて、歩き出そうとした。すると、急に体を後ろから抱きしめられた。
驚いて振り向くと、背中を拳で殴られて痛がっていた五十嵐だった。俺は困惑と心配で、どうすればいいのか分からずにいた。
「おい、お前。何もんだよ」
「つっー、本気で殴りやがっていてーよ。空雅、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
そんなことよりも、五十嵐のことが心配だし。後ろから伝わってくる熱が、更に強くなってきていて心臓がどうにかなりそうだった。
「おいっ、無視すんな」
「煩い、俺は今機嫌が悪い。とっとと、失せろ」
「ちっ……」
五十嵐が本気で怒ってくれたから、不良はそのまま怯えた様子で走って行ってしまった。すると、直ぐにより一層強く抱きしめてきた。
俺が困惑していると、抱きしめている腕を離してしまった。外の気温のせいで、熱が発散されて行ってしまう。
それでも体の深部に篭っている熱は、そのまま残っていて俺は恥ずかしくなってしまった。
五十嵐はそんな俺の感情を知らずに、また頭を撫でてきていつもの笑顔で微笑みかけてきた。
「さっきのことだけど、聞かなかったことにしてくれ。ごめんな、いきなりあんなこと言われて気持ち悪かったよな」
気持ち悪い? そんなこと、全く思わなかった。寧ろ、少し嬉しかったし体を張って守ってくれて気持ち悪いとか思うわけがない。
でも自分でも分かっていないこの感情がなんなのか、知るまでは答えを出すことはできない。
俺が黙って俯いていると、何も言わずに俺のカバンを渡して行ってしまいそうになった。俺は慌てて五十嵐の背中に抱きついて、思ったままに口にする。
「好きだと言ってくれて、ありがとな」
今はまだこの感情の意味をまだ、俺は知らない。それでもこのまま、離れて行ってしまうのは違うのだけは分かった。
わがままな俺だけど、お前の隣にいたいから。だから、少し待っていてほしい。自分勝手で最低な考えかもしれないけど、離れて行ってしまうのは辛いから。
それから俺たちは表面上は、いつも通りだったがどこか五十嵐から甘い雰囲気を感じていた。
俺を見る目が完全に、俊幸が大久保を見る目と酷似していたからだ。そんなことを考えていると、早いもので二年に進級した。
残念ながら遼馬と朝陽とは、違うくなってしまった。しかし、俊幸と九条と大久保とは同じクラスになった。
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