第38話 藤堂平助

 土方と藤堂は、岡田と名乗る少年の後をついて歩いていた。岡田少年の家に向かっている。まずは藤堂が少年の家で彼の私服に着替え、その後買い物に出かけると言う。


「土方さん。こいつ信じて大丈夫ですか?」


 藤堂は口元を隠し、土方の耳元で小声で囁いた。

 岡田少年は小躍りしそうなほど足取りは軽い。今からディズニーランドに行く子供のようにはしゃいでいる。土方は、その背中を見ながら笑みを浮かべている。藤堂の質問には答える気はないようだ。


 道すがら、藤堂には土方が把握している事象を話していた。この世が自分たちが生きてきた世界ではなく、時間を越えた未来だと言う。土方は昨日あった面白い出来事でも話すかのように、楽しげに話していた。

 冷徹で冷静な土方が、そう信じているのだから逆らえない、と言った方が正しい。いくら土方の言うことは絶対だとしても、そんなあり得ないことを真に受けるほど藤堂も呑気な男ではない。

 勘が鋭い土方でも、間違いはないはずだとは言い切れない。土方の言うことは信じたいのだが、素直に受け入れることができない。

 もしかしたら家に案内すると言って、そこには維新の輩が待ち構えているかもしれない。そう口にしたところで、土方に怒られるに決まっている。土方が黒と言えば白い物も黒なのだ。いざとなればこんなガキでも斬る覚悟で、土方に従う。今、土方を守れるのは自分しかいない。


 岡田少年は、しばらく歩いていると学校のような建物に入っていった。入り口には『天空の家』と表記されている。『天空の家』とは、合併で廃校になった小学校を改装した児童養護施設で、近くの寺の住職が運営している。保護者のいない子どもや、虐待などで両親と一緒に暮らせない子どもを預かる、いわゆる孤児院のことだ。

 あからさまに普通の家とは違う外観に、藤堂は緊張を巡らせた。この大きい施設は、やはり倒幕を企てる維新志士どものアジトではないか、藤堂は鯉口を切る。


「鉄朗、どこ行ってたの!」


 入口で靴を脱いでいると、紺色の上下のジャージを着ている女の子が両手を腰に当て、上り框で仁王立ちしていた。女の子は、高校生くらいの年齢だろうか。年嵩も岡田少年よりも幾つか上に見える。手足が長くスレンダーな体型で、髪型はショートボブ、目鼻立ちがはっきりしていて活発そうに見える少女だった。

 岡田少年は上り框にあがると、その女の子を無視して土方たちの方へ振り返った。


「さあさあ、どうぞどうぞ」


 土方たちにもあがるよう指図する。


「ちょっと、聞いてんの?また掃除サボって、どこ行ってんのかって聞いてんの!」


 土方は腕を組んで、その様子をヘラヘラしながら眺めて言った。


「小僧、女の尻に敷かれてるのぅ」


 今時コンプライアンスに引っかかりそうな土方の言葉に、女の子が過剰に反応した。彼女は土方たちの身なりを見て、あからさまに嫌悪を示した。


「あなたたち、誰ですか?部外者は立ち入り禁止なんですけど」


 草鞋を脱ごうとして屈んだ土方の頭に向かって、少女は言った。


「無礼だぞ!


 岡田少年が言い返すと、藤堂はピクッと肩を揺らせた。


じゃない!紀乃きのよ、紀乃!」


 岡田少年は、少女のおカッパ頭を揶揄してキノコと呼んでいた。それは彼らのいつものコミュニケーション。問題は、藤堂だ。少女の顔を眺め、頬を赤らめている。


「お、お主、紀乃と申すのか?」


 少女は訝しげな視線を藤堂に向けた。

 それを見て土方はニヤニヤして、藤堂の肩にポンッと手を置いた。


「似ておるのぅ。名前まで一緒じゃかなわんな」


 少女は、藤堂が贔屓にしている島原の遊女に似ていた。しかも名前が同じなのである。藤堂が惚けたように呆然としているのも仕方がない。


「紀乃殿。あがらせてもらうぞ」


 土方は草鞋を脱いで、堂々と上り框に立った。


「鉄朗。この人たちもアンタと同じ新選組マニア?変な人連れて来ないでよ」


 紀乃は、土方たちのことを岡田少年と同じく新選組マニアで、新選組のコスプレをしていると思ったのだろう。図々しくあがってくる土方には嫌悪を示したが、言葉とは裏腹に玄関に脱ぎ捨てた草鞋を揃えてやっていた。

 殿方に失礼な態度の女である反面、男性を尊重する古風な仕草から、藤堂は彼女に引き込まれてしまった。


「アンタもあがれば?」


 冷たく言い放つ彼女を、藤堂はぼぉっと眺めていた。その背中を土方が思いっきり叩いた。藤堂は背中を叩かれて我に帰ったようだ。


「あ、はい。すみません」

 ^_^

「ほれ、紀乃殿もあがれとおっしゃってる。なにをぼぉっとしとるのだ」


 藤堂は慌てて草鞋を脱いだ。

 草鞋を揃えようと屈んだところ、同じく草鞋を揃えようと紀乃も屈んだ。藤堂と紀乃の肩がぶつかった。

 頬が赤らんだ藤堂の顔を、紀乃がキッと睨んだ。


 その目を見て、藤堂は島原の紀乃の目を思い出した。

 島原の紀乃は新選組を嫌っていた。紀乃の兄は、新選組に殺されたのだ。斬ったのは、藤堂だった。


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