第37話 和装と洋装
外の世界は想像と違った。自分たちが暮らしていた木造の家屋ではなく、立派な家々が立ち並んでいた。
資料館で新選組が負けたことを知った。徳川の世が終わり、明治政府という新しい政府が日本の舵取りをすることになった。鎖国を貫いてきた幕府が負けた。外国の文化が取り入れられているだろうと想像がつく。
土方は、日本家屋が減り洋館に侵食されている光景を想像していた。だが、目にしたものはそのどちらでもなかった。
「なんだか四角い家ばかりだのう」
土方は、歩道のアスファルトに足を下ろした。草履の足に、ひんやりとした感触が伝わる。土方にはアスファルトがなんなのかわからない。石のように見えるが、砂利道と違い真っ平に伸びているのが不思議でならない。おそらく外国の技術が運ばれてきたのだろう、と感心してその場に座りアスファルトを撫でてみた。
「なにでできているのだ、これは」
指先で撫でてみたり、掌でパンッと叩いてみたり。その行動に何の意味があるのかわからないが、土方の興味はアスファルトに向いていた。
コツコツ、と足音が近づいてきた。藤堂かと振り向くと、そこには黒い服の男が立っていた。金色のボタンに黒い上下は、学生服だった。爪入りの上には幼い顔が乗っている。
「なんだ?小僧」
学生服の少年は、しゃがんでいる土方を見下ろして立っている。土方が立ち上がると、少年は1歩後ろに下がった。
少年は肌が青白く、低い背丈で細い体つき。眉と目が細く、頬が角ばっている。オドオドとした態度だが、目付きは鋭かった。
少年を見て、土方は『背格好は平助のようだが、目付きは斉藤みたいな奴だな』と、まるで新人隊士を見定めるように観察した。
「土方さん」
資料館から出てきた藤堂が近づいてきた。そして、学生服の少年に気付き、警戒した態度をとった。
「土方さんって......まさか。土方歳三?」
少年は鳩が豆鉄砲を食ったように、目をパチクリしていた。
「無礼な!ガキの分際で、土方さんに向かって何と言う!」
刀に触れていないものの、今にも斬りかかりそうな藤堂を土方が
「本物?」
少年は藤堂を警戒しつつも、土方への興味の方が抑えられないようだ。
「いかにも」
土方は嬉しそうに答えた。
「うわぁ、凄え。マジで?触っていい?」
少年はそう言って、土方の返事を待たずに肩や腕を触り感嘆の声をあげた。多少困惑した土方だが、微笑みながら触られていた。いつもなら激怒して刀を剥きそうな土方が、満更でもない顔をしているので、藤堂は戸惑っていた。時には兄として、そして時には上官として慕っていた土方を取られた気分になった。それが嫉妬だということを藤堂自身は気づいていない。
「無礼者!ま、ま、まずは名を名乗れ!」
当たりどころのない怒りにイラつく。
「
岡田少年は土方を触るのをやめ、今度は藤堂の顔をマジマジと見た。
「そのおでこの傷、もしかして藤堂平助?」
またもや呼び捨て。藤堂のイラつきは絶頂に達する。
「何奴!なぜお前はわたしのことを知っている!」
藤堂の額の数は、池田屋事件で付けられたもの。長州や土佐の討幕派が集まる旅籠池田屋を新選組が襲撃した事件。騒ぎが落ち着いた頃を見量って、藤堂が額を守る鉢金を外したところ、隠れていた刺客き付けられた傷。
「お前、さては池田屋の時の生き残りか!」
藤堂が刀を抜こうとしたところ、土方がそれを制する。
「こいつは、池田屋の時はまだ生まれてない」
「池田屋は去年のことじゃないですか。わたしだってこのくらいの時には試衛館に出入りしてました」
土方はヘラヘラ笑って言った。
「いやぁー、こいつはまだ種にもなっておらん」
少々下品な例えをした。
「は?何をいってるんです?」
「まだわからんか?」
「だから、何がでしょう?」
土方はヘラヘラしたまま、人差し指で顳顬を掻いた。
「あのなぁ。ここは、ずーっと先の未来じゃ」
藤堂はポカンと口を開けた。藤堂の予想通りのリアクションに、土方は高らかに笑った。別の場所で近藤と斉藤も、土方と藤堂と同じようなやり取りをしていることは当人たちは知らない。
「うわー、凄え。魁先生だよねぇ。マジかよ。凄え」
今度は藤堂が身体中を触られまくっている。藤堂は口をポカンと開けたまま、触られ続けるしかなくなっていた。
「良かったじゃねえか。お前も後世に名が残って」
「後世?」
藤堂の腑抜けた顔がおかしくてたまらない。笑いながら岡田少年に話しかける。
「小僧。まずは俺たちのこの格好じゃ。これじゃ、この世では目立ってしまうだろ?」
「はい。土方さんは、写真のように洋装の方が似合うと思います」
「そうか。その洋装は、どこに行けば手に入る」
「あ、えっと僕の服だったら......」
岡田少年は、自分の背丈と土方の背丈を見比べた。岡田は身長160センチ以下と、身長の低い藤堂と同じくらいの背丈だ。
「藤堂さんだったら僕の服着れると思いますが......。今から買いに行きましょう!」
今度は敬称で呼ばれたため、藤堂は怒ることができず複雑な顔をしていた。
「お主が用意してくれるのか。かたじけない」
「安いのでよければ......。僕ちょっとバイトしてるので」
「ばいと?」
「ま、まあ仕事みたいな......少しお金を稼いでるので」
「
「まあ、そんな感じです」
岡田少年は説明するのが少々面倒臭かったので、禄の意味がわからなかったが適当に答えた。
「お主の
「な、なりわい?あ、仕事。マックです」
そう答えた瞬間、しまった、と思った。案の定、土方はまた首を傾げている。
「しょ、しょ、食事処......ですかね」
「ほう、飯屋か。少し腹が減ったなぁ。後で、そのまっくぅとやらに連れてってくれ」
「は、はい!」
岡田少年は嬉しそうだった。
それもそのはず、憧れていた新選組隊士が目の前にいるのだ。それも2人も。
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