第35話 夕陽
「
斉藤は静かに頷いた。
頑固者で堅物な近藤だが、素直な性格からか時に柔軟な考えを持つ一面もある。直情的な時もあれば、客観的に物事を捉えることにも長けている。時の流れを読む力は、新選組の中でも優れ、それが局長たる所以である。
近藤の草鞋が、ズルズルと擦れる音だけが響いた。落ちていた中村の自撮り棒を拾い上げた。
「これは武器やそういった類のものではないな。こういったものはわたしたちの時代にはないな。これは何をするための道具だ?」
中村に近寄りながら問いかける。自撮り棒をそっと中村に返した。
「これは、その映像を撮る道具で......この棒の先にスマホ......カメラ?を付けて、こう向けて自分も撮るための棒、というか、カメラってわかります?」
中村はいつものように自撮り棒を使う動きをして説明するのだが、どの程度の単語が通じるのか、またどういう単語に置き換えれば伝わるのかわからなくて、説明がしどろもどろだった。近藤は笑顔のまま「わからん」と答えた。
「かめらとは、写真鏡のことか?」
今度は、中村が首を傾げる番。単語の意味を考えると、多分それがカメラのことだろう。中村は曖昧に頷くと、あっ、と声を上げた。
スマホの画面左上に『LIVE』の文字が点灯していた。録画ではなく、そのまま配信してしまっていた。慌てて中村はスイッチを押し、配信を止めた。ポロンッ、とスマホから音が鳴る。
「なにやら間抜けな音がしたのぅ」
近藤はスマホに興味津々なので、説明せざるを得ない。まずスマホを自撮り棒から取り外した。中村が、仕組みや使い方を説明すると、近藤は目を輝かせて聞いていた。新しいオモチャを見る無邪気な子供の目だ。
中村は近藤にスマホを向けると、近藤は凛々しい顔をし微動だにせず、じっと固まる。
「あの、動いていいですよ」
「なに!写真とやらは撮るのに動いてしまうとブレてしまうのではないか?」
「動画、撮れるんですよ」
「どうが?して、どうがとはなんぞ?」
「そのまま撮れるんです。じゃあ、あの、ちょっと動いてください」
中村に言われた通り、近藤は動いてみた。緊張するのかぎこちなく手足をピンと張って歩いた。ロボットの行進みたいだ。
中村は、今撮った動画を見せた。
「なんじゃ!これは、わたしか?」
「先生。こんなの摩耶化しですよ」
はしゃぐ近藤。斉藤はまだ信用していないらしく、訝しげな目を向けた。
「なんだお前は。こんなものに怖気付いてるのか。肝っ玉が小さい男よのぅ。お前も撮られてみよ」
「嫌ですよ。そんな小さい箱に入るのは嫌です。魂でも吸い取られてるんじゃないですか」
その様子を中村の後ろに隠れて見ていた悠馬が「ビビリ」と斉藤に向かって言った。いつのまにか悠馬は泣き止んでいた。
「なんだと!その、ビビリとは何だ!」
言葉の意味はわからないが、バカにされたことだけは感じとったらしい。斉藤は顳顬に青筋を立てて怒鳴った。
近藤がビビリの意味を問うと、中村は少し考えてから『臆病者』と答えた。
「ガハハハハッ。
近藤にもおちょくられたが逆らえず、斉藤はキッと悠馬を睨んだ。悠馬は舌を出して、中村の後ろに隠れた。
「童!名は悠馬と言ったか。さっきは怖い思いをさせて申し訳ない。うちのビビリを許してもらえんか」
近藤はしゃがんで悠馬と目線を合わせ、斉藤の代わりに頭を下げた。悠馬は鼻の頭に皺を寄せ、「いいよ」とぶっきらぼうに答えた。
近藤は悠馬の頭を撫で、悠馬の胸をトントンと優しく叩いた。
「悠馬殿の方が、肝が据わっておる」
斉藤は舌打ちをして、そっぽを向いた。クールな顔をしているのに、案外幼い。
「さあて、これからどうしようかのう」
近藤は、赤く染まり始めた西の空を見上げていた。
この世界が自分が暮らしていた世ではないと理解した上で、言葉とは裏腹に楽しげな顔をしていた。普通の人間なら混乱しそうなものだが、すっと受け入れてしまうのが近藤の懐の大きさだ。拗ねていた斉藤も、もう笑って受け入れるしかない。
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