第34話 近藤の圧(2)

「は?」


 中村は間抜けな声を出してしまった。

 一瞬、厳つい男が言っている意味がわからなかった。悠馬のことを自分の子供と勘違いしてるんだな、と理解するまで少し時間を要した。

 そして、刀を持ってる頭のおかしな連中に、態度の悪い返答をしてしまったことに気づくのに、もう少し時間を有した。


「あ、すみません。すみません」


 慌てて謝罪した。厳つい男はさほど気にしていない様子だが、目つきの鋭い男は更に目を細くし睨んでいた。


「先生。『は?』ってなんですか、この態度」


 厳つい男は微笑みを引き攣らせ、その顔のまま固まっていた。


「お主、本当に中村半次郎ではないのだな」


 中村は震えながら何度も首肯しゅこうした。


「小僧。お前も坂本龍馬ではないのだな」


 目つきの鋭い男は悠馬の前にしゃがみ、目の高さを同じにして覗き込むように尋ねた。彼なりに優しい声を出したのだろうが目つきが怖いままなので、また悠馬は泣き出した。


「な、な、名前が似てるだけです。ゆ、悠馬っていいます」


 泣きじゃくって喋れない悠馬に変わって、中村が言った。


「下がれ。無礼を許してほしい。わたしから名乗らなければな」


 厳つい男も刀を鞘に納め、悠馬に向かってニッコリと笑った。


「わたしは新撰組局長 近藤勇と申す。お主の名は」


 今度は中村にニコリと笑う。

 中村は、ポカンと口を開けた。


「あのー、コスプレかなんかじゃないです、よね」



 中村は恐る恐る聞くと、今度は近藤がポカンと口を開けた。


「無礼な!近藤先生が名を聞いてるだろ!」


「そう大声を出すな。童が怖がるだろ」


 近藤が宥めた。


「本当に近藤勇...ですか」


「先生に呼び捨てするとは!名を名乗れと言ってるだろ!」


「な、中村嶺二なかむられいじと、言います」


 中村は姿勢を正して答えた。


「な、半次郎ではないだろ。いい加減にその威嚇するのはやめい。はじめ


 一と呼ばれた男は、ムッとした顔でそっぽを向いた。内心納得いかないようだが、近藤には逆らえない様子。


 中村は、あわあわと口を動かしていた。そして、一と呼ばれた男を指差したが、また逆鱗に触れそうなので慌てて手を下げた。


「どうした。嶺二殿」


 近藤はあえて中村の下の名前で呼んだ。彼のことを中村半次郎ではないと理解したことを示しているのだ。


「は、一ってことは、あなたは斎藤一さいとうはじめ......さんですか?」


 自分も呼び捨てにされたと思い、肩がピクッと動いたが、敬称が付いたことで、うむ、と複雑な表情で答えた。


「あなたたちは、本当に、新選組なのですか?」


 近藤は仁王立ちしていた。


「いかにも」


「この!!」


 悠馬は鼻水を啜って、顔をくしゃくしゃにして怒鳴った。慌てて中村が悠馬の口を抑えたが間に合わなかった。斉藤が睨むと、ふげっ、と声を漏らし、また中村の後ろに隠れた。


「ガハハハハッ。小僧、わたしたちは悪者になっているのか」


 近藤は大きい口を開けて豪快に笑った。

 角ばっていてゴツゴツした岩のような顔をしているのに、周りを和ませる優しい顔に見えた。なんとも清々しい笑顔だ。


「悪者でも良い。わたしたちは世に名前を残したか?」


 中村はどう返事をしたらいいのか迷っていると、近藤は隊服の袖を捲り腕を組んで、辺りを見回した。


「立派な建物だ」


 道場の2軒横にある2階建ての住宅を見て、うんうん、と頷いた。車道をみて、うんうん。道場の前に置かれた自転車を触り、ほほう。彼らの横を、チャイルドシートを付けた自転車が通り過ぎた。


「これと、あれは同じ物か?」


 近藤は触っていた自転車と、通り過ぎた自転車を指して言った。


「自転車、のことですか?」


 中村は恐る恐る答えた。


というのか。車輪が2つしかないのに、よく倒れんで進めるのぅ」


 ほんの一時前の緊張感などなく、呑気な会話を続ける近藤を見て、斉藤も、ふんっ、と鼻で笑った。


「なるほど、なるほど」


 近藤は1人納得したように、満足げな笑みを浮かべて頷いている。


「お主たち。この世は暮らしやすいか?」


 またもや難儀な質問。中村は自分の処遇を思い返すと、とても満足いくものではない。むしろ人生をやり直したいくらいだ。でも、近藤が聞いてることは、中村個人に対しての質問でないことはわかった。


はじめも気づいてるだろ。あそこの立て看板にも書いてあった。ここは、わたしたちの暮らしていた現世ではない」


 近藤の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。

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