第33話 近藤の圧(1)

 童は、キーッ、と喉が切り裂かれそうな声をあげていた。

 斉藤は演じて殺気を出した。

 童には悪いが、あの中村半次郎を本気にさせるためだ。薩摩最強の剣豪、示現流の達人、そして薩摩藩士西郷吉之助の右腕と謳われる中村半次郎。1度、剣を交わしてみたい。

『一の太刀を疑わず』『二の太刀要らず』と言われる一撃必殺の示現流をこの目で確かめたい。そのためには手段を選ばない。

 童を斬るつもりはない。寸止めだ。新人隊士たちに稽古をつける時にもそうだ。沖田は寸止めをしない。斉藤は、沖田のように手加減なく新人隊士を打ちのめすようなことはしない。


 新選組は無法者ばかりだ。身分に関係なく、剣を振るいたい輩が集まった。誰が1番の剣豪か、など皆が考えること。だが、本気でやり合ったことはない。稽古中に本気を出すものもいるが、竹刀でだ。粛清以外で、真剣を交えたことはない。隊の規律『私の闘争を許さず』がある。土方の目が怖い。

 だが、誰しもが自分の力量を知りたいのだ。

 自分の力量を測るためには、いかに強い敵を倒したか、で知るしかない。維新を企てる輩を何人倒すか、だ。


 幕末の四大人斬りと言われた中村半次郎なら申し分ない。永倉新八や、同世代の沖田や藤堂を打ち負かすには、なんとしても倒したい相手。子供を人質にとって、ただ殺すのでは意味がない。


 本気を出せ。


 剣を振るう者なら、手を抜いた剣などすぐにバレてしまう。最後の一瞬まで、本気でるつもりでなければならない。斉藤は自分の突きで、童が串刺しになる映像をイメージする。


 チンッ!


 斎藤の刀に火花が散った。斉藤は鬼神丸国重を落とした。

 気づかなかった。遠くにいた近藤が、いつの間にか目の前にいた。


「たわけ!童相手に、なにを殺気だしておる!」


 斉藤には、一瞬何が起こったかわからなかった。

 近藤が斎藤の太刀を防いだのだ。


「こやつは、土佐の坂本ではない!」


 そんなのは見ればわかる。ただのガキなのだ。だが、あの変わった棒遣いは、半次郎ではないのか。


「そして、こやつも人斬りの半次郎ではない。それも、わからんのか!」


「しかし、先生。こやつは俺の剣を躱した。半次郎でなくとも、俺たち新選組の隊服を見ても立ち向かってきてるんですよ!敵には変わりない」


 近藤は溜息を漏らした。

 藤堂といい、永倉や原田といい、新選組には刀を持ったが最後。突っ走ってしまう輩ばかりだ。斉藤はもう少し冷静かと思えば、誰よりも虚栄心が強いのかもしれない。

 剣士にとって虚栄心も必要なのだろうが、大切なのは人を見抜く力だ。それがなければ、誰一人守れない。


はじめよ。わたしはお前に何を教えてきた」


 中村は力の入らない下半身を引き摺り、童の元に近づいた。中村は童を庇うように、自身の体を前にした。童は泣きながら中村の背中に隠れた。

 近藤は虎徹を大事に鞘に納めた。


「こやつの目は、ただ一心に子を守ろうとしている」


 斉藤には険しい目を向け、振り返り中村を方に視線を移した。中村に向けられた目は、優しく、むかし試衛館にいた頃の眼差しだった。

 近藤は刀を構えず、中村に近づいていった。


「先生!」


 斉藤はまだ警戒を緩めていない。無防備な近藤を援護しようと刀を拾い上げ、構えた。


退けえぇぇぇい!!」


 近藤は大声をあげた。

 圧がすごい。近藤は刀を構えずとも、剣圧が尋常ではない。


「中村殿。あなたはただ我が子を守りたいんだよな」


 近藤は優しく微笑む。

 近藤は、我が子たまの顔が浮かび、胸に痛みを感じた。自分には偉そうに斉藤に説教する資格はない。


 中村は口を半開きにしたまま、「は?」と答えた。


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